第13話「絆の力」


 兄さん——橘蒼悟が俺の前に立ちはだかっている。

 10年前に失踪した優しい兄が、今は「ダークマスター」として黒い翼を率いていた。信じたくない現実だったが、彼の冷酷な表情がそれを物語っている。

「兄さん、なぜこんなことを......」

「もう兄弟ではない」

 蒼悟兄さんの声に、かつての温かさはない。

「俺はダークマスター。お前は俺の敵だ」

 兄さんの周りに複数の能力の光が渦巻く。炎、氷、雷、風、闇——俺と同じコピー能力だが、その威力は俺を遥かに上回っている。

「複合能力発動——エレメンタルストーム」

 兄さんが手を振るうと、様々な属性の攻撃が一斉に俺を襲った。炎の竜巻、氷の槍、雷の嵐——それらが融合して巨大な破壊の嵐となる。

「うわあああ!」

 俺は必死に回避するが、攻撃の範囲が広すぎる。炎が俺の頬を掠め、氷の破片が肩を切り裂いた。

「蒼真!」

 麗華が氷の壁で俺を庇おうとするが、兄さんの攻撃の前では紙のように砕け散る。

「邪魔だ」

 兄さんが麗華に向けて闇の触手を放つ。

「させるか!」

 竜也が雷撃でそれを迎撃するが、兄さんの闇はそれを吸収してしまった。

「小細工を......」

 兄さんが竜也に向けて手を向ける。その瞬間、竜也の体が宙に浮いた。

「ぐあっ......なんだ、これは」

 重力操作——美月先輩と同じ能力だが、その威力は桁違いだった。竜也が壁に叩きつけられる。

「竜也!」

 俺が駆け寄ろうとした時、兄さんの炎が俺の行く手を阻んだ。

「相手は俺だろう、蒼真」

 兄さんが俺の前に立ちはだかる。

「仲間を巻き込むつもりはない。お前と一対一で決着をつけよう」

「一対一だと?」

 俺は息を荒げながら兄さんを見上げる。

「これまでの戦いで分かっただろう。お前では俺に勝てない」

「それでも......」

 俺は立ち上がる。

「それでも俺は諦めない」

 俺の拳が震える。確かに兄さんは強い。今の俺では到底敵わない。だが、それでも——

「桜花を守るんだ!」

 俺が能力を発動しようとした時、祭壇で眠っていた桜花が突然目を覚ました。

「お兄ちゃん......」

 弱々しいが、確かに桜花の声だった。3年ぶりに聞く妹の声に、俺の胸が熱くなる。

「桜花!」

 俺が桜花に駆け寄ろうとした時、蒼悟兄さんが俺を止めた。

「待て」

 兄さんの表情に、一瞬だけ動揺が走った。

「桜花......お前も目を覚ましたのか」

「蒼悟お兄ちゃん......」

 桜花が兄さんを見つめる。その瞳には恐怖ではなく、懐かしさが浮かんでいた。

「どうして......どうして蒼真お兄ちゃんと戦ってるの?」

 桜花の純粋な問いかけに、兄さんの動きが止まった。

「俺たち、家族でしょう?」

 桜花の言葉が、地下神殿に静かに響く。

「家族......」

 兄さんが呟く。その声に、かすかに昔の優しさが戻ったような気がした。

「そうだ、俺たちは家族だった」

 だが、次の瞬間、兄さんの表情が再び冷酷になる。

「だが、もう過去のことだ」

 兄さんが桜花に向けて闇の触手を向ける。

「桜花を人質にすれば、お前も大人しくなるだろう」

「やめろ!」

 俺が桜花の前に飛び出す。闇の触手が俺の胸を貫いた。

「うあああ!」

 激痛が全身を駆け抜ける。だが、桜花は守れた。

「お兄ちゃん!」

 桜花が俺に駆け寄る。その小さな手が俺の傷に触れると、温かい光が広がった。

「これは......」

 治癒能力。桜花にも俺たちと同じ異能力があったのだ。

「お兄ちゃんの痛いの痛いの、飛んでけ」

 桜花の能力で、俺の傷が見る間に癒されていく。

「桜花......お前も......」

「うん。さっき目が覚めた時から、不思議な力を感じるの」

 桜花が微笑む。

「蒼真お兄ちゃんを治したいって思ったら、自然に力が出てきた」

 俺は桜花を抱きしめる。3年間、ずっと待っていた瞬間だった。

「ありがとう、桜花」

「まさか......桜花にも能力が」

 蒼悟兄さんが驚愕する。

「橘家の血筋......俺たち三人とも、同じ力を持っていたのか」

「兄さん」

 俺が立ち上がる。桜花の治癒能力で完全に回復した俺の体に、新たな力が満ちてくるのを感じた。

「桜花の力と俺の力が......共鳴している」

 俺の周りに、これまでとは違う光が現れた。金色に輝く、暖かな光。

「これは......」

 蒼悟兄さんも困惑している。

「創造の力か」

「創造?」

「コピーではない。全くの新しい能力を創り出す力だ」

 兄さんの解説を聞きながら、俺は新たな力を実感していた。これまでのコピー能力とは次元が違う。まさに無から有を生み出す力。

「だが、まだ完全ではない」

 兄さんが再び戦闘態勢に入る。

「その程度の力では、俺には勝てん」

 兄さんが再び複合攻撃を仕掛けてくる。だが、今度は違った。俺の新たな力が、兄さんの攻撃を全て無効化している。

「何......」

 兄さんが困惑する。

「俺の攻撃が効いていない」

「創造の力は、全ての能力を無に帰す」

 俺自身も驚いていた。この力は、攻撃というより防御に特化しているようだった。

「なら、これはどうだ」

 兄さんが最後の切り札を切る。

「究極能力——時空破壊」

 周囲の空間が歪み始めた。現実そのものが崩壊していく恐ろしい技。

「みんな、危険だ!」

 竜也と麗華が俺たちの元に駆け寄る。

「蒼真、どうするんだ?」

「分からない......でも」

 俺は桜花の手を握る。

「みんなで力を合わせれば、きっと」

 桜花が俺の手を握り返す。その瞬間、麗華も竜也も俺たちの輪に加わった。

「私たちも一緒よ」

 麗華が微笑む。

「仲間でしょう?」

「ああ、俺たちは仲間だ」

 竜也も頷く。

 四人の力が一つになる。俺の創造の力、桜花の治癒の力、麗華の氷の力、竜也の雷の力——それらが融合して、新たな奇跡を生み出した。

「絆の力——ハーモニックフィールド」

 四人の力が作り出した光の障壁が、兄さんの時空破壊を完全に防いだ。

「まさか......四人の力を合わせて俺の技を」

 兄さんの表情に、初めて焦りが浮かんだ。

「兄さん」

 俺が一歩前に出る。

「力だけが全てじゃない」

「何?」

「大切なのは、その力を何のために使うかだ」

 俺が兄さんを見つめる。

「俺は仲間を守るために戦っている。でも兄さんは?」

 兄さんの動きが止まった。

「俺は......俺は......」

 兄さんの表情に迷いが生まれる。

「力を求めて......強くなりたくて......」

 兄さんの声が震える。

「だが、何のために強くなりたかったのか......もう思い出せない」

 兄さんの周りを覆っていた闇のオーラが、少しずつ薄れていく。

「兄さん」

 桜花が兄さんに歩み寄る。

「一緒に帰ろう。三人で」

 桜花の小さな手が、兄さんの大きな手を握る。

「桜花......」

 兄さんの目に涙が浮かんだ。

「俺は......俺はなんてことを......」

 兄さんが膝をつく。10年間封じ込めていた感情が、一気に溢れ出したようだった。

「家族を......傷つけるところだった」

 兄さんの涙が床に落ちる。

「許してくれ......蒼真、桜花......」

 俺も兄さんの前に跪いた。

「兄さん」

 俺が兄さんの肩に手を置く。

「俺たち、家族だから」

 三人で抱き合った。10年ぶりの、本当の家族の時間。

「感動的だな」

 突然、地下神殿に新たな声が響いた。拍手の音と共に、影から現れたのは——

「黒崎......」

 俺が振り返ると、そこには黒崎がいた。だが、その表情は今まで見たことがないほど邪悪だった。

「実は、蒼悟は俺の操り人形に過ぎなかった」

 黒崎が不敵に笑う。

「洗脳の術で、10年間俺の意のままに動かしていたのだ」

「なんだと......」

 蒼悟兄さんが驚愕する。

「俺が......操られていた?」

「そうだ。お前の記憶も、感情も、全て俺が作り上げた偽物だ」

 黒崎の周りに、これまでとは桁違いの力のオーラが現れた。

「では、本当の絶望を教えてやろう」

 黒崎の真の力——それは俺たち全員の想像を遥かに超えていた。

「みんな、逃げるんだ!」

 俺が叫んだが、もう遅い。黒崎の力が俺たちを包み込んでいく。

 だが、その時——

「絶対に......絶対に仲間は渡さない!」

 俺の中で何かが弾けた。創造の力が新たな段階に到達する。

「これは......」

 俺の体が金色の光に包まれる。

 本当の戦いは、これからだった。

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