第6話「世界が変わった日」


「おはよう、蒼真」


 翌朝、教室に入った瞬間に竜也が声をかけてきた。昨日までとは明らかに違う、親しみやすい口調だった。


「おはよう、竜也」


 俺も自然に返す。昨日の決闘で、俺たちの関係は完全に変わっていた。


「昨日はすごかったな。俺の雷をあっさりと...」


「お前の雷が優秀だったからだ。コピーしがいがあった」


 俺の言葉に、竜也が苦笑する。


「負け惜しみに聞こえるぞ」


「事実だ」


 そんな俺たちの会話を、クラスメイトたちが遠巻きに見ている。昨日の出来事は生徒会メンバーによって箝口令が敷かれているが、それでも何かあったことは感じ取られていた。


「おはよう、蒼真君」


 教室の入り口から、麗華の声が響いた。


 クラス中の視線が一斉に麗華に、そして俺に注がれる。


「おはよう、白銀さん」


 俺が返事をすると、麗華が俺の席に近づいてきた。


「昨日は...驚いたわ」


「そうですね」


 麗華の瞳には、昨日とは明らかに違う光が宿っていた。好奇心と、少しの畏敬の念。


「あなたの能力、本当にすごいのね」


「...まあ」


 俺は曖昧に答える。まだ詳しく説明する気にはなれなかった。


「べ、別に感心してるわけじゃないからね!」


 突然、麗華の頬が赤くなる。


「ただ、隠していたことに驚いただけよ!」


 明らかなツンデレ発言に、俺は困惑する。


「白銀さん?」


「な、何でもないわ!」


 麗華が慌てて自分の席に戻る。その様子を見て、竜也が眉をひそめた。


「おい、蒼真」


「何だ?」


「麗華の様子がおかしくないか?」


「おかしいって?」


「いつもあんなキャラだったか?」


 確かに竜也の指摘は的確だった。昨日までの麗華は、もっとクールで上品だった。


「まあ、昨日のことで動揺してるんだろう」


「動揺...」


 竜也が何かを考え込んでいる。


 その時、ホームルームのチャイムが鳴った。


「みんな、席について」


 担任の田中先生が入ってくる。


「今日は特別な発表がある」


 教室が静まり返る。


「橘君、前に出てくれ」


 俺の心臓が跳ね上がった。まさか昨日のことが...


「大丈夫よ」


 美月先輩が教室の後ろから入ってきた。


「みんな、橘君の能力が判明したの」


 クラス中がざわめく。


「判明って...測定不能だったじゃないですか」


 クラスメイトの一人が声を上げる。


「測定器の誤作動だったの。昨日、再測定を行った結果」


 美月先輩が俺を見る。


「橘君はSランクの能力者だった」


 教室が爆発的にざわめいた。


「Sランク!?」


「嘘でしょ?」


「あの橘が?」


 俺は美月先輩に目配せされて、前に出た。


「みんな、今まで隠していてごめん」


 俺は深く頭を下げる。


「俺の能力は『能力複製』。他人の能力をコピーできる」


「コピー?」


「すげぇ!」


「それって最強じゃん!」


 クラスメイトたちの反応が一変する。昨日までの蔑みの視線が、憧れと羨望に変わった。


「でも、なぜ隠していたんですか?」


 一人の女子生徒が手を上げる。


「...個人的な理由があった」


 俺は詳しくは答えなかった。


「でも、もう隠すつもりはない。これからはみんなと一緒に頑張りたい」


 拍手が起こった。昨日まで俺を馬鹿にしていた連中が、今は熱心に拍手している。


(人って、こんなに簡単に変わるものなのか...)


 俺は複雑な気持ちだった。


「それじゃあ、授業を始めるぞ」


 田中先生が授業の準備を始める。俺は席に戻った。


「すげぇな、蒼真」


 隣の席の男子が話しかけてくる。昨日まで一言も話したことがなかった。


「Sランクかよ。俺なんてCランクなのに」


「ランクなんて関係ないよ」


 俺は適当に返事をする。


「今度、能力見せてくれよ!」


「機会があったらな」


 こんな調子で、一日中クラスメイトたちに囲まれ続けた。


---


 昼休み、俺は一人で屋上にいた。


 急に変わった周囲の態度に、正直疲れていた。


「逃げてきたの?」


 振り返ると、美月先輩が立っていた。


「まあ、そんなところです」


「大変でしょうね。一日で世界が変わったみたい」


 美月先輩が隣に座る。


「昨日までは無能力者として蔑まれて、今日はSランクとして崇められる」


「皮肉なものですね」


「でも、これが現実よ。人は肩書きでしか人を見ない」


 美月先輩の言葉が胸に刺さる。


「白銀さんも、変わりましたね」


「あら、気づいてた?」


「ツンデレキャラになってました」


 美月先輩が笑う。


「あの子、動揺してるのよ」


「動揺?」


「今まで『無能力者』として同情していた相手が、実は自分より強かった」


 なるほど、そういうことか。


「それに、あの子はプライドが高いから、素直に認められないの」


「認めるって?」


「あなたに興味を持ってることを」


 俺の心臓が跳ね上がる。


「興味って...」


「恋愛的な意味でよ」


 美月先輩がにっこり笑う。


「でも、神崎君も黙ってないわよ」


「竜也が?」


「あの子、白銀さんのことが好きなの。でも告白する勇気がない」


「そうなんですか」


「あなたが現れて、焦ってるのよ」


 美月先輩が意味深に笑う。


「三角関係の始まりね」


「俺は別に...」


「嘘つき。あなたも白銀さんのことが気になってるでしょう?」


 またしても図星だった。


「まあ、青春ね。でも」


 美月先輩の表情が真剣になる。


「恋愛ごっこをしてる場合じゃないかもしれない」


「どういう意味ですか?」


「『黒い翼』よ。昨日の襲撃は、まだ序の口」


 美月先輩の未来視が何かを捉えているのか。


「近いうちに、もっと大きな襲撃がある」


「いつですか?」


「分からない。でも確実に来る」


 美月先輩が立ち上がる。


「その時、あなたの力が必要になる」


「分かりました」


「でも、一人で戦う必要はない。神崎君も、白銀さんも、みんなあなたの仲間よ」


 美月先輩が微笑む。


「力を合わせれば、きっと勝てる」


 俺は頷いた。


 その時、屋上の扉が開いた。


「蒼真君、ここにいたのね」


 麗華が現れる。


「白銀さん」


「ちょっと、話があるの」


 麗華が恥ずかしそうに俺を見る。


「私は失礼するわ」


 美月先輩がウインクして去って行く。


「何ですか?」


 俺が尋ねると、麗華が顔を赤らめた。


「あの...今度、お茶でもしない?」


「お茶?」


「あなたのこと、もっと知りたいの」


 麗華の真摯な眼差しに、俺の心が動く。


「いいですね」


「本当?」


「ええ。俺も白銀さんと話したいことがある」


 麗華が嬉しそうに微笑む。


「じゃあ、今度の休日に」


「約束ですね」


 二人で約束を交わす。


 その時、廊下から竜也の声が聞こえてきた。


「麗華!どこにいるんだ!」


 麗華の顔が青ざめる。


「竜也君...」


「隠れてた方がいいですか?」


 俺が提案すると、麗華が首を振る。


「いえ、大丈夫」


 屋上の扉が開き、竜也が現れる。


 俺と麗華を見て、竜也の表情が曇った。


「何してるんだ、二人で」


「ちょっと話を...」


 麗華が答えかけた時、俺が前に出た。


「俺が呼び出したんだ」


「お前が?」


「昨日のお礼を言いたくて」


 嘘だった。だが、麗華を庇いたかった。


「お礼?」


「俺の正体がバレた時、フォローしてくれただろう」


 竜也が困惑する。


「そんなことしてないぞ」


「気を使ってくれたんだ。ありがとう」


 俺が頭を下げると、竜也が照れたように頬を掻く。


「べ、別に...当然だろう」


 麗華が安堵の表情を浮かべる。


「それじゃあ、俺たちは戻ろう」


 俺が提案すると、三人で屋上を後にした。


 だが、歩きながら竜也が俺を見つめているのを感じる。


 きっと俺の嘘に気づいている。


 それでも何も言わないのは、竜也なりの優しさだろう。


 午後の授業が始まる。


 俺の新しい学園生活が、本格的に動き出していた。


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