第2話「隠された力の片鱗」


「全員、無事か?」


 俺の声に、生徒たちがおずおずと顔を上げた。先ほどまで俺を見下していた連中が、今は恐る恐る俺を見つめている。


「蒼真...君?」


 麗華が震え声で呼びかけてくる。その美しい顔には困惑の色が浮かんでいた。


「大丈夫だ。もう敵はいない」


 俺は振り返らずに答えた。振り返れば、きっと今の表情を見破られてしまう。


 実際のところ、俺は内心で焦っていた。


(やりすぎた...)


 敵を瞬殺してしまったのは明らかに不自然だ。無能力者が、Sランクの竜也ですら苦戦した相手を一瞬で片付けるなんて。


「おい、待てよ」


 背後から竜也の声が響いた。肩で息をしながら、血の滲んだ唇を拭っている。


「お前、今何をした?俺にも見えなかった」


「偶然だ」


「偶然だと?ふざけるな!」


 竜也が雷を纏いながら近づいてくる。その瞳には怒りと困惑が入り混じっていた。


「俺が全力で戦っても歯が立たなかった相手を、お前が一瞬で...そんなことがあるわけない!」


 周囲の生徒たちがざわめき始める。確かに竜也の言う通りだ。説明がつかない。


「竜也君、落ち着いて」


 麗華が仲裁に入ろうとした、その時だった。


「あら、あら。随分と派手にやったのね」


 突然、校舎の屋上から声が降ってきた。見上げると、そこには一人の女性が立っている。


 月島美月先輩だった。


「美月先輩?」


 麗華が驚く。美月先輩は軽やかに屋上から飛び降り、まるで羽毛のようにふわりと着地した。未来視と合わせて、彼女は軽微な重力操作も可能なのだ。


「みんな、お疲れさま。特に橘君」


 美月先輩の視線が俺に向けられる。その瞳には、他の誰とも違う光が宿っていた。


「先輩、一体どういうことですか?蒼真君が突然...」


「ふふ、それは橘君に聞いてみたら?」


 美月先輩が意味深な笑みを浮かべる。俺は内心で舌打ちした。この人は何かを知っている。


「俺は何もしていない。たまたま敵が勝手に倒れただけだ」


「たまたま、ね」


 美月先輩が小首を傾げる。


「でも不思議よね。あの『黒い翼』の戦闘員が、何の前触れもなく全員失神するなんて」


「黒い翼?」


 竜也が眉をひそめる。


「知らないの?最近、各地の異能力者学園を襲撃している謎の組織よ。優秀な生徒を狙って誘拐を繰り返している」


 美月先輩の表情が急に真剣になった。


「今回の襲撃も、きっと誰かを狙ってのことでしょうね。おそらく...」


 その視線が、麗華に向けられる。


「私を?」


「氷雪操作のSランク能力者。生徒会副会長で成績優秀。狙われる理由は十分にある」


 麗華の顔が青ざめる。確かに彼女は学園でも屈指の実力者だ。


「でも、なぜ橘君が咄嗟に庇ったのかしら?」


 また俺に視線が戻ってくる。


「それも...偶然だ」


「偶然が多いのね、橘君は」


 美月先輩の言葉に、俺は何も答えられなかった。


 その時、校舎の向こうから教師陣が駆けつけてきた。


「みんな、大丈夫か!?」


「すぐに保健室に!怪我人はいるか?」


 騒然とする中、美月先輩が俺の耳元に近づいてきた。


「放課後、屋上で待ってる。話があるの」


 そう小声で告げると、彼女は何事もなかったかのように教師陣の方へ歩いて行った。


 俺はため息をついた。どうやら逃げ切れそうにない。


---


 その日の授業は、襲撃事件の影響で全て中止になった。生徒たちは早帰りとなったが、俺だけは約束通り屋上に向かった。


 夕日が校舎を赤く染める中、美月先輩は既にそこにいた。


「来てくれたのね」


「話って何ですか?」


 俺は警戒心を隠さずに尋ねる。美月先輩はくすりと笑った。


「そんなに身構えなくても大丈夫よ。私はあなたの敵じゃない」


「...」


「橘蒼真。十七歳。入学時の能力測定で『測定不能』と判定され、無能力者の烙印を押された」


 美月先輩が俺のプロフィールを淡々と読み上げる。


「でも、それは嘘よね?」


 核心を突かれた。俺は何も答えない。


「私の能力は未来視。数秒先の未来が見える」


 美月先輩が振り返る。


「今日の襲撃の時、私は見たの。あなたが能力を使う数秒前の未来を」


「...何を見たって?」


「あなたの周りに、七色の光が渦巻いていた。それも、とてつもなく強大な」


 俺の心臓が跳ね上がる。


「まさか...」


「あなたの能力は、能力をコピーすることでしょう?」


 図星だった。美月先輩の未来視は、俺の正体を完全に見抜いていた。


「なぜ隠すの?そんなに素晴らしい能力なのに」


「...過去に、この力で大切な人を傷つけたことがある」


 俺は重い口を開いた。


「だから二度と使わないと決めた。それなのに今日は...」


「白銀さんを守るために使った」


 美月先輩が俺の言葉を継ぐ。


「素敵じゃない。力は使い方次第よ」


「でも...」


「あなたは優しすぎる。でもね、橘君」


 美月先輩が一歩近づく。


「これから先、もっと大きな戦いが待っている。今日の襲撃は、まだ序の口よ」


「序の口?」


「『黒い翼』の本当の目的は、まだ分からない。でも一つだけ確実なのは」


 美月先輩の表情が曇る。


「彼らは必ず戻ってくる。そして次は、もっと強力な戦力で」


 俺の背筋に冷たいものが走る。


「その時、あなたは見ているだけでいいの?仲間が傷つけられても?」


「...」


「考えてみて。あなたの力は、みんなを守るためにあるんじゃないかしら」


 美月先輩がそう言い残して、屋上から去って行く。


 一人残された俺は、夕日を見つめながら考えていた。


 確かに俺の力は危険だ。制御を間違えば、再び大切な人を傷つけてしまうかもしれない。


 でも今日、麗華の危機を目の当たりにした時、俺の体は自然に動いていた。


(守りたい...)


 その気持ちは、嘘じゃない。


 翌日から、俺の学園生活は大きく変わることになる。そして俺自身も、少しずつ変わっていくのだった。


 夕日が完全に沈み、星空が広がり始める。


 俺は立ち上がり、静かに屋上を後にした。


 明日からは、もう昨日までの俺じゃない。


 それだけは、確かだった。

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