第22話 氷の回廊と、星の唄

リアムたちが光の扉をくぐり抜けると、そこは時間が止まったかのような、静謐な世界だった。足元にはガラスのように透明な氷の平原が広がり、空には青い星屑が静かに降り注いでいる。その星屑は、周囲に乱立する巨大な氷の柱を、神秘的な光で照らし出していた。風の音も、水の流れる音もなく、ただ絶対的な静寂が彼らを包み込む。

「な…なんだ、ここは…?」

セドリックが、震える声で呟いた。彼の取り巻きたちも、あまりの光景に言葉を失い、恐怖に染まった表情で周囲を見回している。

「…すごい…こんな世界があったなんて…」

ティナが、その神秘的な美しさに息をのんだ。彼女の手に握られた剣の切っ先が、星屑の光を反射して煌めいている。

「…道じゃない、世界だ…ライナスの言った通りだ」

リアムは、氷の平原の向こうに霞む、巨大な城のような影を見つめていた。それが、彼らが目指す『北の炉心』であることは、もはや疑う余地もなかった。

「おい、リアム! あの城にどうやって行くんだ!?」

セドリックが、焦燥に駆られたようにリアムに問いかける。

「…わからない。…でも、この世界は、ただの景色じゃない」

リアムは、氷の平原に手をかざし、目を閉じた。『デュアル・コア・シンクロ』の力で、この世界の魔力の流れを読み取る。すると、彼の脳裏に、氷の平原の表面に刻まれた、微細な魔法陣のパターンが浮かび上がってきた。それは、彼が『炎の真髄』で古代の地図の封印を解いた時と同じ、知恵と創造を求める問いかけだった。

「…セドリック、焦るな。この世界は、力で突破する場所じゃない」

リアムの言葉に、セドリックは激昂した。

「うるさい! またその馬鹿げた理屈か! 僕は、北の炉心へと続く道を、僕自身の力で切り開いてみせる!」

セドリックは、周囲の氷の柱の一つに向かって、最大威力の魔法インフェルノ・フレアを放った。彼の掌から放たれた燃え盛る火球は、氷の柱に激突し、爆音を轟かせた。

しかし…

「な…なんだと…!?」

セドリックは、信じられないという表情で固まった。彼の放った魔法は、氷の柱に何の傷もつけることなく、逆にその熱を吸収され、氷の柱をより大きく、より強固なものに変えてしまったのだ。

「…言っただろう? この世界は、力で突破する場所じゃない」

リアムは、呆れたようにセドリックに告げた。

「くそっ…! なぜだ!? なぜ僕の魔法が効かないんだ!」

セドリックは、屈辱に顔を歪ませた。彼の取り巻きたちも、その圧倒的な無力感を前に、ただ立ち尽くすしかなかった。

「…私たちは先に行くぞ」

リアムはそう言い放ち、ティナとライナスを連れて、氷の平原を歩き始めた。セドリックは、悔しそうにリアムの背中を睨みつけるが、何も言うことはできなかった。

リアムたちは、氷の平原の奥へと進んでいく。リアムは、氷の表面に浮かび上がる微細な魔法陣のパターンを解析し、ライナスはそのパターンが古代の文字とどのように結びついているのかを解読する。そして、ティナが、二人の知的な作業の間に、警戒を怠ることなく周囲を監視していた。

数分後、彼らは氷の平原の中心に辿り着いた。そこには、一つの巨大な氷の壁が立ちはだかっていた。氷の壁は、何本もの氷の柱で囲まれており、その中央には、星屑で描かれたかのような、一つの模様が浮かび上がっている。

「…リアム、これは…」

ライナスが、息をのんで呟いた。

「…『星の唄』だ…」

リアムは、その模様が、彼が古代の地図から感じ取った魔力の流れと酷似していることに気づいた。それは、ただの模様ではなく、魔法陣が奏でる一つの『音色』だった。

「『星の唄』…?」

ティナが、不思議そうに問いかける。

「これは、この世界を創り上げた古代の魔術師たちが、魔力の流れを可視化するために使った、特殊な詠唱術だ。この魔法陣は、特定の魔力の音色を奏でなければ、決して開かない」

ライナスが、興奮した声で解説する。

「魔力の音色…?」

「そうだ。リアム、君の『魔力効率化』の技術は、この『星の唄』と親和性が高いはずだ。君の魔力の流れは、まるで、完璧な和音を奏でるオーケストラのようだ」

ライナスの言葉に、リアムは静かに頷いた。セドリックのような力任せな魔力ではなく、無駄のない、洗練された魔力の流れこそが、この魔法陣を解き明かす鍵なのだ。

リアムは、氷の壁に手をかざし、目を閉じた。彼の心臓の奥で、『デュアル・コア・シンクロ』の力が、再び高まっていく。彼は、この世界の魔力の流れを繊細に感じ取り、彼の体内に宿る魔力を、その流れと共鳴させるように、ゆっくりと動かしていく。

(…『魔力の回路』を、描く…)

彼の掌から、透明な魔力の光が放たれた。その光は、氷の壁に描かれた『星の唄』の模様に触れると、まるで音叉が共鳴するように、美しく輝きを増していく。

「…リアム、その調子だ! もっと繊細に、もっと優しく…」

ライナスが、リアムに助言を与える。

リアムは、ライナスの言葉に従い、魔力の流れをさらに微調整していく。それは、まるで、ガラス細工を扱うような、神経を研ぎ澄ます作業だった。

その時だった。

「…チッ、手間のかかる奴らだ。僕がさっさと片付けてやろう」

背後から、セドリックの声が聞こえてきた。彼らは、リアムたちの後を追って、ここまでやってきたようだった。

「セドリック、やめろ! この魔法陣は、力で破壊するもんじゃない!」

ライナスが、慌てて警告する。

「黙れ、落ちこぼれが! 僕の邪魔をするな!」

セドリックは、ライナスの言葉に耳を貸さず、氷の壁に向かって、再び巨大な魔力の塊を創造した。

「ティナ!」

リアムは、ティナに指示を出す。

「任せて!」

ティナは、セドリックの魔法が発動する直前に、素早く彼の背後へと回り込み、彼の掌に握られた魔力の塊を、剣で切り裂いた。

「な…何をっ…!?」

セドリックは、自分の魔法が寸前で霧散したことに驚愕する。

「セドリック、邪魔をするなら、たとえ同盟者だろうと容赦はしない。そう言ったのは、君だ」

リアムは、セドリックを冷たい視線で見据え、そう告げた。セドリックは、悔しそうに唇を噛みしめるが、リアムたちの真剣な雰囲気に、それ以上口出しすることはできなかった。

リアムは、再び集中を再開する。彼の掌から放たれる魔力の光は、さらに強く、さらに繊細になっていく。そして、氷の壁に描かれた『星の唄』の模様が、まるで一つの歌を奏でるかのように、美しい光を放ち始めた。

「…成功だ…!」

ライナスが、歓喜の声を上げる。

氷の壁は、音もなく、左右に開いていく。その奥には、さらに奥へと続く、透き通った氷の回廊が広がっていた。回廊の壁には、無数の古代の魔法陣が刻まれており、その中心には、さらに大きな、光り輝く扉が、彼らを待ち受けているようだった。

「…行くぞ」

リアムは、ティナとライナスを連れて、氷の回廊へと足を踏み入れた。

セドリックは、開かれた扉を前に、愕然とした表情で立ち尽くす。彼のプライドは、リアムの前に、再び砕け散った。

「…くそっ…! なぜだ…! なぜ僕ではなく、あのような落ちこぼれに…!」

セドリックは、拳を強く握りしめ、憎悪に満ちた目で、リアムたちの遠ざかる背中を見つめる。彼の心の中で、リアムに対する敵意は、より深いものへと変わっていた。






⭐︎お礼・お願い⭐︎ おもしろいと思っていただけましたら ★評価とフォローをお願いします!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る