第21話 叡智の地図と、北への扉

ルミナの港町の一角にある、薄暗い倉庫。夜の闇に紛れるようにして、リアム、ティナ、ライナスの三人と、セドリックとその取り巻きたちが、顔を合わせていた。焚火の揺らめく光が、彼らの顔に複雑な影を落としている。

「…さあ、見せろ、リアム。君のその奇妙な魔法で、この地図の封印を解いてみたまえ」

セドリックは、焚火の前に広げられた羊皮紙を指さし、不敵な笑みを浮かべる。その言葉には、リアムに対する嘲笑と、わずかな期待が入り混じっていた。

「…その前に、一つだけ確認させてもらいたい」

リアムは冷静に、セドリックを見据えた。

「何だ? 貴様ごときが、この僕に指図をする気か?」

「炉心を見つけた後、どうするつもりだ?」

リアムの問いに、セドリックは愉快そうに笑った。

「決まっているだろう。僕は炉心の力を手に入れ、この世界の頂点に立つ。邪魔をするなら、たとえ同盟者だろうと容赦はしない」

「…その言葉、忘れるな」

リアムはそう言い放ち、羊皮紙へと視線を戻した。ティナとライナスが、心配そうにリアムを見守っている。

「リアム、本当に大丈夫なのか? あいつ、いつ裏切るかわからないぞ」

「ティナの言う通りだ、リアム。奴は、信用できる相手じゃない」

二人の言葉に、リアムは静かに頷いた。

「分かっている。…でも、北の炉心への道は、この地図にしか残されていない。奴の力を借りるしかない」

リアムは、羊皮紙に手をかざし、目を閉じた。彼の心臓の奥で、『デュアル・コア・シンクロ』の力が、かすかに反応する。羊皮紙に記された古代の文字が、彼の脳裏に、まるで光の線のように浮かび上がってきた。

(…これは…ただの封印じゃない…)

リアムが感じ取ったのは、破壊を拒絶する、強固な魔力の壁ではなかった。それは、魔力を受け入れ、その意味を問う、まるで問いかけのような魔力の流れだった。

「ライナス、この文字の意味を教えてくれ」

リアムが、羊皮紙の一部を指さす。

「これは…『叡智の道を開く者、創造の炎を知る者のみ、その扉を開くべし』…と、書かれている」

ライナスが、丁寧に古代の文字を解読する。

「創造の炎…?」

リアムは、南の炉心で手に入れた『炎の真髄』の力を思い出す。それは、ただ破壊する炎ではなく、すべてを包み込み、そして新たなものを生み出す、慈愛に満ちた炎だった。

(…この地図は、僕の『炎の真髄』の力を求めているのか…?)

セドリックが、しびれを切らしたように口を開く。

「おい、何をぶつぶつ言っている? さっさと封印を破れ」

「…この封印は、力で破壊するものではない。…知恵と、創造の力で開くものだ」

リアムの言葉に、セドリックは嘲笑した。

「ハッ! 馬鹿馬鹿しい。そんなもの、あるわけがないだろう! そんな理屈をこねている暇があったら、さっさと魔法を放て!」

セドリックは、自らの掌に、巨大な魔力の塊を創造し、地図へと向かって放った。しかし、その魔法は、羊皮紙に触れる直前で霧散し、何の痕跡も残さなかった。

「な…なんだと…!?」

セドリックは、信じられない、という表情で固まった。彼の取り巻きたちも、驚愕の表情を浮かべている。

「…言っただろう? 力ずくでは、開けない」

リアムは、静かにセドリックに告げた。そして、彼は再び羊皮紙に手をかざし、目を閉じた。

彼の掌に、優しく、温かい光が灯る。それは、南の炉心で手に入れた『炎の真髄』の、創造の炎だった。

(…『魔力の回路』を、描く…)

リアムは、前世のプログラミング知識を応用し、魔力の流れを、まるで線を描くようにして羊皮紙へと注ぎ込んでいく。それは、セドリックのように一気に魔力を流し込むのではなく、封印の回路一つ一つを丁寧に補修し、繋ぎ合わせていく作業だった。

「…リアム、今の君の魔力は…まるで、羊皮紙そのものと一体になっているようだ」

ライナスが、驚きの表情でつぶやく。

リアムの繊細な魔力の操作は、セドリックの力任せな魔法とは全く違う、まさに『魔力効率化』の究極系だった。

数分後、リアムの額に、うっすらと汗がにじむ。彼の指先に灯る光が、さらに強く輝き、羊皮紙全体を優しく包み込んだ。

そして…

「…開け」

リアムが、静かに呟いた、その瞬間だった。

羊皮紙から、まばゆい光が放たれた。光は、リアムの魔法陣と共鳴し、倉庫の天井を突き破り、夜空へと向かって一直線に伸びていく。それは、まるで、夜空に描かれた巨大な星図のようだった。

「な、なんだ、あれは…!?」

セドリックたちが、あまりの光景に言葉を失っている。

「…あれが、北の炉心へと続く道だ」

ライナスが、興奮した声でつぶやく。

光の柱が、夜空に巨大な魔法陣を形成した。そして、その魔法陣の中心に、まるで星屑で描かれたかのような、ぼんやりとした扉が浮かび上がる。

「…あれが、北への扉か」

リアムが、静かに呟いた。

「おい、リアム! あの扉、どうやって開けるんだ!?」

セドリックが、焦った声で問いかける。

「…もう、開いている。あれは、物理的な扉じゃない。意識を集中させれば、誰でも通れるはずだ」

リアムの言葉に、セドリックは疑いの目を向けた。

「…信用できるか、そんなもの」

「信用できなければ、通らなければいい。僕たちは先に行くぞ」

リアムは、ティナとライナスを連れて、光の扉へと向かって歩き出した。

「待て! くそっ…! なぜ僕が、貴様の後ろを歩かなければならないんだ…!」

セドリックは、悔しそうに歯を食いしばる。しかし、北の炉心への道は、その扉の向こうにしかない。彼はプライドを捨て、リアムたちの後を追うしかなかった。

リアムたちが光の扉をくぐると、彼らの視界は、一瞬にして真っ白に染まった。そして、次に彼らが目を開いた時、そこは、全く違う世界だった。

足元には、一面に広がる、ガラスのように透明な氷の平原。空には、青い星屑が降り注ぎ、周囲の氷の柱を、神秘的な光で照らしている。風はなく、ただ静寂が、世界を支配していた。

「…ここが、北の炉心へと続く道…」

ティナが、感嘆の声をもらす。

「…いや、違う」

ライナスが、震える声で呟く。

「これは、道じゃない…一つの、世界だ…」

リアムは、氷の平原の向こうに、ぼんやりと霞む、巨大な城のような影を見つめていた。それは、この幻想的な世界に、ただ一つだけ存在する、明確な目的地だった。

「…あれが、北の炉心か」

彼らの因縁の対立は、一時的に休戦協定を結んだ。しかし、この幻想的な世界での冒険は、彼らの友情と、そしてそれぞれの思惑を、さらに深く試すことになるだろう。






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