剣王の妻は〜剣王を目指す男と恋する乙女たち

@AM-T80

第1話

 この世界に生まれ落ちた理由を考えた。答えは出せなかった。神様でさえこの問いには答えてくれない。きっとそんな高尚なものは初めから無いのだろう。

 だけどただ1つ、俺がこの老人と出会った理由は分かる。


「マイセル。儂の悲願を、お前に託す…。お前は必ず…」


 俺は絶対…。


 剣王に。






10年後 地方都市ミンス 東部ギルド内


「はぁ…」


「ちょっとリリ。ため息なら休憩室でやってよ」


「ため息ぐらい許してよエナ。しょうがないじゃん…」


 ギルドの受付嬢になって3年。初めの頃はかっこいい冒険者とお付き合いできたらなーとか、『魔女』様や『賢者』様に会えたらなーとか思ってた。でもそんなことは一度も無かった。ナンパされるとしても低ランクで群れてイキってる奴らか40後半のおっさんにしか声をかけられない。王都に行こうにもお金も学もない。どうしたもんかな〜…。


「ほらシャキッとして。腐っても受付嬢でしょ?」


「あたしはまだピチピチの20歳です〜。どうせ彼氏持ちにこの悩みは理解できないよ」


「あんたの理想が高すぎるんでしょ。イケメンの冒険者で『人間国宝』並に強い人なんて、無理に決まってるでしょ」


「人の理想に文句言わないでよ。あくまで理想なんだから…」


「はいはい。書類片付けてくるから、こっちは頼んだわよ」


「ほ〜い」


 書類の束を持ってエナは奥の部屋に行った。

 受付を任されたが、まだ1人もお客さんは来ていない。あと30分はこのままだろう。


「はぁ〜〜…暇だなー」


 そんな感じで机に頬杖をついてぼーっとしていると、急に扉が強く開かれた。その音に少しびっくりして、急いで背筋を伸ばす。


(こんな早くに人が来るなんて珍しい)


 入り口を見ると、私より頭ひとつ分くらい背が高くフードを被った人が、真っ直ぐあたしの方に歩いてきた。

 背に剣を携えたその人は、あたしの目の前に来てこう言った。


「剣王には、どうすればなれる?」


「……はい?」


「剣王だ、なるにはどうすればいいか分かるか?」


 え〜、剣王ってどうすればなれるんだろう…。というか剣王って、あの『剣王』だよね?

 んーーーー…。


「すいません、少々お待ちください」


 そうしてあたしは奥の事務室に駆け込んだ。


「エレンさーーん!!!」


「んだよ、朝っぱらからうっせーな…」


 一番奥の机で煙草を吸いながら紙とにらめっこしてるのがエレンさん。ここのギルドで一番偉い。


「あの、いま『剣王』になりたいって人が来たんですけど…『剣王』ってどうやってなるんですか?」


「剣王ぅ?剣王って、あの『剣王』か?」


「多分…」


「…そいつ、強そうか?」


「エレンさんと一緒にしないでよ。あたしそういうの分かんないから」


「あっそ…ライセンス持ってなきゃ冒険者んなるよう勧めとけ」


「了解でっす。あ、結局『剣王』ってどうすればなれるんですか?」


「…剣使って部門1位・総合5位以内。話はそれからだ」


「ミンスで?」


「国でだ」


「…無理くない?」


「無理かどうかはそいつ次第だ。『人間国宝』には、半端な強さじゃ500年かかってもなれない。あいつらは化け物だからな…。早く行け」


「あっ、はい」


 そしてあたしは受付に戻ってその人に説明した。


「という訳なので、ライセンスをお持ちでなければまずは冒険者になることをお勧めします」


「分かった。冒険者にはどうすればなれる?」


「こちらでライセンスを発行しますので、こちらに名前のご記入の後試験を受けていただきます。試験は始めに魔力測定があり、その後戦闘試験があります。戦闘試験にはパーティーで臨むことも可能ですが、お1人でよろしいですか?」


「……」


 あたしが質問してもその人は何も言わず、羽ペンを持って名前を記入する紙を見つめたまま動かない。


「…あの」


「…けない」


「え?」


「字が書けない」


 こういう人が全くいないわけではない。でもここ地方都市ミンスには十分な学校があるからこういう人は珍しい。逆にもっと田舎のギルドになるとこういう人の方が多くなるという。


「では私が書きますので、お名前を教えてください」


「マイセル」


「はい、ありがとうございます。お次は、こちらの魔測板に手を置いてください」


 魔測板とは、対象の魔力量を測るための物。これに手を置くと、手の上に白い球体が出てくる。その大きさによって魔力量がD〜Sにランク分けされる。


「…」

「…」


 おかしい、一向に球体が出てこない。

 ついに壊れたかな?ずーっと前から使ってるからな〜…。買い替えるにしても高いんだよなこれ…。


「すいません、いま別のを持ってきますので…」


(と言っても、昨日までそんな気配無かったはずなんだけどな〜…)


 そう思って自分でも手を置いて試してみると…。


 ブォン


 手の上に拳くらいの大きさの白い球が出てきた。


「…ん?」


 あれ、壊れてない?…ということは。


「すいません、もう一度手を置いてもらえますか?」


 マイセルという人がもう一度魔測板に手を置く。


「…」


「…はい、ありがとうございます」


 やっぱり、この人魔力が無い!

 魔力無しで冒険者は、無理だよなぁ…。


「あの、マイセルさん、魔力が無いみたいなんですけど…」


「知っている」


「…?」


「魔力が無ければ冒険者になれないのか?」


「あぁいえ、そういう訳ではありませんが…」


 ん〜、魔力無しで冒険者になった人の前例が無いことはないけど…まあでも、戦闘試験やってからでもいっか。危なそうなら止めればいいし。


「分かりました。それでは戦闘試験の会場へ案内します。エナーー!!!!受付代わってーー!!!!」


 エナに受付をぶん投げて、あたしはマイセルさんを戦闘試験の会場に案内する。

 会場は地下にあって、半径50mの円形闘技場のこと。


「今からここでゴブリン5体と戦ってもらいます。危なそうなら止めますが…」


「制限時間は?」


「…いえ、特にありませんけど」


「そうか」


「…ではこの階段を降りてフィールドの真ん中に立ってください。奥の檻からゴブリンが出てきます」


「あぁ」


 あたしの説明を聞いたのか聞いてないのか、マイセルさんは軽い返事をしてフィールドの中心に向かった。

 そういやずっとフード被ったままだけど、どんな顔してんのかな?イケメンだったらいいなー。ちょっと頬に傷があったり…。今どき無いか。


「今からだな」


 エレンさんが見物に来たのかあたしの隣に座る。


「…エレンさん、戦闘試験に制限時間設けましょうよ」


「なんで?」


「だってこの前、2人で挑んでグダグダと2時間続いた挙句、倒せずに不合格になった奴らいたんですよ!本人たちは満足気に帰っていきましたけど、2時間もクソ低レベルな戦闘見せられたあたしはイライラしっぱなしでしたからね。地面の蟻眺めてた方がまだマシですよ!」


「そんなこと言ったって仕方ないだろ。そういうルールなんだから」


「…はぁ、そうですかいっ」


 話してる内にマイセルさんが中央に着いたようなので、奥の檻を開ける。ゴゴゴッ…という重い音と共に鉄格子が上がっていく。

 そして中からは棍棒を持った鋭い眼光のゴブリンが5体出てくる。


「なかなか強そうなやつだが、実力はいかほどかな?」


「早く終わってくれればそれでいいですよ…」


 ゴブリンどもはマイセルさんとの距離をジリジリ詰めていく。それに対してマイセルさんはとても落ち着いた様子で、ゆっくりと剣を抜いた。


「っ!」


 その瞬間、エレンさんが身震いしたように感じた。

 気のせいと思い視線を戻したら、あたしは人生で初めてのものを目にした。


 ダンッ


 マイセルさんはまず一太刀で一番手前のゴブリンの頭を刎ね飛ばした。ジャンプして、宙に舞ったゴブリンの頭を蹴り飛ばして一番遠くのゴブリンにぶつける。当てられたゴブリンはその衝撃で倒れ込む。

 次に、着地と同時にゴブリンの1体を縦に両断する。後ろから1体飛びかかるが、回し蹴りを加えて対処する。

 そうして最初倒れ込んでいたゴブリンが立ち上がる頃、走って向かってくるゴブリン・回し蹴りをくらったゴブリン・倒れ込んでいたゴブリンが一直線に並ぶ。

 あたしの目が捉えられたのはその最初と最後だけ…。マイセルさんが剣を構えて踏み込んだと思ったら、一番後方の倒れ込んでたゴブリンの後ろに立っていた。マイセルさんのフードが取れたことに気付くとほぼ同時に、3体のゴブリンの頭が落ちていることにも気付いた。

 ここに至るまで、10秒足らずである。


「魔力無しでこれほどか…。なかなか良いな、アイツ」


 良い?良いなんてレベルじゃないでしょ。イケメンで、頬に傷があって、とんでもなく強い人。ただのあたしの理想だったのが、いまそこにいるんだよ!?

 一瞬で理解した。今までの20年と少しの恋とは無縁な人生は取るに足らないものでしかなかったんだ。でも、もうそんなことはどうでもいい。

 だって…あたしの人生、いま始まった。

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