英雄に託された力の使い道

Gai

第1話  英雄、見参

「はぁ、はぁ、はぁ、クソ!! クソ!!! クソッ!!!! なんで、俺がっ!!!」


ある青年は森の中で、とあるモンスターに追い詰められていた。


明らかに人間とは違う体、見た目を持つモンスターの名は……リザードマンウォーリアー。

鱗や牙、二つの角など、ドラゴンらしい外観を持つ人型のモンスター。


体は青年の二倍以上はあり、装備している武器を振り回したところで、傷一つ付けることは出来ない。


(こ、こんな、ところで、こんなところで俺の人生は、終わるのかよっ!!!!!)


勝てないことは解っている。

おそらく、逃げ切れないであろうことも解っている。


それでも……青年は諦めずに走った。

生きる者としての本能が、何もしないまま殺される、食われるという未来を許さなかった。


しかし、現実とは残酷である。


「がっ!? っ!!!!」


青年は躓き、思いっきり顔面から転倒。

顔が痛い……どころではない。


直ぐそこにリザードマンウォーリアーが迫っているのに、転んだりすれば確実に追いつかれてしまう。


「あ、あぁ……」


残酷な現実通り、もうどうしようもないという瞬間は訪れる。


振り下ろされる刃を見て、自分はこのまま死ぬのだと確信する。


(ダメだ、なんも……思い浮かばない)


死の淵に立ったというのにもかかわらず、走馬灯が頭を過ぎることはなく、もっと頑張っていれば良かったなどの後悔の念……自分をこんな目に合わせた、パーティーメンバーに対する恨みつらみすら思い浮かばず、ただ頭が真っ白になる。


「ギバっ!!!!!!??????」


「…………え」


だが、残酷な現実にも、奇跡というのは起こりうる。


青年とリザードマンウォーリアーの間に黄色い閃光が現れ、光り輝くロングソードを振り上げ、一閃。


一撃……たった一撃で、突如現れた男は、リザードマンウォーリアーという怪物を瞬殺した。


「ふぅーーー、間に合って良かった。大丈夫かい」


「は、はい……ありがとう、ございます…………あ、あなたは、いったい」


「僕は、セイル・レセーブだよ」


血まみれでありながらも、爽やかな笑みを浮かべる青年の名はセイル・レセーブ。


青年と同じ冒険者という職業で活動しながら……現代の英雄と呼ばれし、その名の通りの英雄だった。







(せ、セイル・レセーブ……マジ、か……あの現代の、英雄が……なんで、こんなところに)


先程までリザードマンウォーリアーに追いかけられていた青年の名はヴァニス。


彼は自分が絶対に敵わないモンスター、リザードマンウォーリアーが瞬殺された事よりも、同じ職……冒険者という職業に就いていながらも、雲の上と呼ばれる存在のセイル・レセーブが目の前にいるという事実が信じられなかった。


だが、直後にヴァニスはある事に気付いた。


「せ、セイルさん、その傷」


血まみれになっているセイル。

ヴァニスはその血が返り血ではなく、セイル自身の血も混ざっている事に気付いた。


「ん? あぁ、少し前にモンスターと戦っていてね」


「っ、あ、あの、これをっ!!!!」


ヴァニスは咄嗟にポーションという液体を渡した。

傷口にかける、もしくは直接飲むことで傷を癒すことが出来る。

質によっては失った四肢を再生することも出来るが……ヴァニスが渡した物は、ただ深すぎない傷口を癒す程度のもの。


「……ありがとう」


数秒ほど考え込むも、セイルは笑みを浮かべて有難くポーションを受け取った。


傷が全快することはなかったが、それでも止血することは出来た。


「ふぅ~~~、助かったよ。ところで、えっと」


「あっ、お、俺はヴァ、ヴァニスです!!!!」


「ありがとう、ヴァニス君。それで、ここが何処なのか教えてもらっても良いかな」


「は、はい。ここはナッシルの近くにある森です」


「ナッシル………………そうか」


少し、ほんの少し残念そうな表情を浮かべながらも、セイルはリザードマンウォーリアーの素材を共に解体することを提案した。


冒険者というのは冒険者ギルドという組織に属する者であり、ギルドに寄せられる依頼を達成することで得られるお金。

そこに加えて、モンスターの死体を解体して得られる素材を売却することで得られるお金。


それらによって生計を組み立ている。


「素材は全て君に渡すよ」


「い、いや、そんなわけにはいきませんよ。俺は、何も出来なくて……討伐したのは、セイルさんですから」


基本的にモンスターの死体所有権は、最後に攻撃を与えて討伐した者が得る。


今回の場合、ヴァニスはリザードマンウォーリアーという強敵を相手にただ逃げ回ることしか出来ず、死体の所有権に口を挟むことなど出来るわけがなかった。


とはいえ、セイルとしても偶然ヴァニスを助けられたことで、リザードマンウォーリアーの死体を欲する理由もなく……売却出来る素材の保管問題で、ひとまずセイルが預かることになった。


「ふぅーーー…………なぁ、ヴァニス君。良かったら、少し僕と話さないかい」


「は、はい。喜んで」


何故街に戻ってからではなく?

という疑問はあるが、とりあえず無事に生き延びることが出来た。

セイルという圧倒的な強者が傍にいれば、森の中でのんびり話していても問題無いと思い、英雄からの提案に喜んで乗るのだった。

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