第17話:抑止の宣告 - 魔導核の咆哮

 アメリカ、ロスアラモス。核爆弾消失の報は、瞬く間にワシントンへと伝達された。グローブス将軍は、報告を受けた瞬間、血の気が引くのを感じた。彼の目の前で、アダム・フォックスが、まるで魂を抜かれたかのように茫然自失の状態で立ち尽くしている。フォックスの口から、か細く、しかし確かな言葉が漏れた。「……消えた。全てが……一瞬で……」その言葉は、将軍の脳裏に、理解不能な「空白」として刻み込まれた。アメリカが国家の威信と莫大な資源を投じて開発した「究極の兵器」が、一夜にして、まるで幻のように消え失せたのだ。


 ホワイトハウスは、この未曽有の事態に、深い混乱の渦に巻き込まれた。大統領は激昂し、軍部と情報機関に徹底的な調査を命じた。しかし、現場からは「何者かの干渉」という、曖昧で、しかしそれ以外に説明のつかない報告が上がるばかりだった。彼らは、目の前の「理解不能な現実」に、ただ深い困惑と無力感を覚えるしかなかった。世界を支配するはずの力が、突如として、見えざる手によって奪われたのだ。その事実は、アメリカの「絶対的な自信」を根底から揺るがした。


 その頃、日本では、時雨悠真が、田中大将と佐藤外務大臣を前に、静かに語りかけていた。彼の目の前には、ロスアラモスから転移させた核爆弾が、まるで何事もなかったかのように鎮座している。それは、もはや「核爆弾」ではない。時雨の魔力が注ぎ込まれ、その破壊の力が「抑止」へと転換された、「魔導核」と呼ぶべき存在へと変貌を遂げていた。


「これこそが、新たな世界の均衡を保つ力となる。破壊のためではなく、破壊を止めるための力だ」


 時雨の声は、確信に満ちていた。田中大将と佐藤外務大臣は、目の前の「魔導核」から放たれる、奇妙な、しかし圧倒的な「力」の波動を感じ取っていた。それは、核兵器が持つおぞましい波動とは異なり、どこか静かで、しかし揺るぎない存在感を放っていた。彼らの心には、賢者への深い畏敬の念と、この新たな力が世界にもたらすであろう希望が、静かに、しかし確かに芽生え始めていた。鬼塚剛将校もまた、その場に立ち会っていたが、彼の表情からは、以前のような狂信的な勝利への執着は消え失せ、代わりに、深い驚愕と、賢者への複雑な感情が入り混じっていた。


 数日後、日本政府は、全世界に向けて、ある声明を発表した。それは、世界を震撼させる、前代未聞の声明だった。


「我が国は、この度、いかなる国家も持ち得なかった、『究極の抑止力』を手に入れたことをここに宣言する。この力は、いかなる攻撃をも無力化し、いかなる侵略をも許さない。しかし、この力は、決して破壊のために用いられることはない。我々は、この力を、世界の平和と安定のためにのみ運用する。これ以上の無益な争いは、許されない」


 声明は、世界中に衝撃を与えた。特にアメリカでは、この日本の発表が、核爆弾消失の報と結びつき、国民の間に深い動揺と恐怖が広がった。「日本が、我々の核兵器を奪ったのか?」「一体、どうやって?」――疑問と不安が渦巻く中、アメリカ政府は、日本への「未知の力」に対する強い警戒感を抱き始めた。彼らは、日本の声明が、単なる虚勢ではないことを、直感的に理解していた。


 時雨悠真の「魔導核」は、世界に新たな時代をもたらした。それは、核兵器による「恐怖の均衡」とは異なる、「抑止の均衡」の時代だった。日本は、もはや単なる東洋の島国ではない。賢者の導きにより、世界の平和を左右する、新たな「賢者の国」として、その存在感を世界に示したのだ。


 しかし、この「抑止の均衡」は、新たな火種を生む可能性も秘めていた。世界の列強は、日本の持つ「究極の抑止力」の正体を探ろうと、水面下で動き始めるだろう。そして、アダム・フォックスのような天才科学者たちは、その「未知の力」の解明に、再び執念を燃やすに違いない。賢者の選択がもたらした平和は、まだ始まったばかりだった。

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