第5話 ウサギと猫とかつての同僚

羊たちのご飯は、主に牧草と穀物類。牛も羊も天馬と同じで草食なのには変わりないな、と思いながら私はバケツに草と穀物を詰めていく。


一部の羊の好き嫌いが激しく、私はどうしたものかと頭を悩ませる。牧草だけを食べて、穀物を嫌う子がいるのだった。こういった個体による食の好みは珍しくなく、豆類を好む子もいればトウモロコシばかり食べている子もいた。栄養バランスの偏りは看過できないので、試行錯誤をしてその子にあった適切な食事を見つける。


(と、簡単には言えるけど、これが結構難しく。)


私は小さく唸りながら、棚の上にある資料を取り出して眺める。



「…………アメリアさん。」

「はあい!?」


突然声をかけられて、私は声が裏返り、手にしていた穀物が床にバラバラとこぼれていった。視線の先にいたのは、アレクシスさんだった。


「…こちら終わったので、ウサギと猫たちの様子を見に行きませんか?」


このブランディ牧場には、牛と羊以外の動物もいる。

1つ目はウサギ。数は少ないけど、食用のウサギとして飼育されており、毎回出荷の時に子供たちが泣くのが恒例行事となっている。

2つ目は猫。猫種は不明、おそらくミックスが5~6匹住み着いている。牧場の敷地で室外飼いされている状態であり、元は誰かが捨てていった野良猫だとか。牧場で飼うにあたり、ワクチンや避妊去勢手術をしてあり、その辺りの管理は安心してくれとパスカルさんに言われたのが随分と前。たまに牧草地に入り込み、牛や羊と戯れたりちょっかいをかけている姿が見参される。

カウントして良いのか分からないけど、野鳥の常連も多い。動物たちの体に付いた虫を食べに来たり、餌に入っている豆や穀物を狙ってウロウロしている姿を見かける。


「先に行っていてもらっても良いですか?私もう少し飼料作りの仕事があって!」

「…分かりました。」


そう小さく言い残し、アレクシスさんは扉を閉めた。

ウサギ、猫、もふもふ、吸う!


私はこの後に待ち受けているもふもふの楽園を想像し、胸を高鳴らせながら飼料作りを再開した。


◇◇◇


「ねっこ!ねっこ!うさぎ!ねっこ!」


私は心の中でスキップをしながら、牧場の敷地を歩いていた。アレクシスさんは先にウサギたちの元に行っているはず。私も合流しなくちゃ!



「_見つけましたよ、アメリア・オルコット。」



死角から声をかけられたけど、聞いてすぐに脳が理解し、拒絶を始めた。手に汗が滲み、冷汗が流れる。ゆっくり声のする方に顔を向けると、かつての同僚であるレイモン・フローリーがそこにいた。


「…レイモン。」

「レイモン”さん”と呼んでいただけます?もう貴女は同僚ではありませんので。」

「レイモン”さん”。何の御用ですか?牧場の主であるブランディ夫妻はここにはいませんよ。」


私は冷静を装い、レイモン”さん”に向き直る。相変わらず、私を憎み嫌うこの態度と表情は変わらないらしい。


_レイモン・フローリー

私が聖獣使いとして、キルベキア王国に従事していた時の同僚の1人。平民でありながら聖獣使いであることを理由に、貴族階級を与えられていた私が気に食わなかったのか、トレバー・キルベキアを支持し私の追放に乗り気だった派閥の1人。


「ブランディ夫妻には許可を取ってここに来ましたよ。一応、彼らはここの主ですからね。小さくて汚い辺境の地にあっても牧場の主、ですからね。」


私は込み上げる怒りを抑えながら、レイモンさんの顔を見つめる。今、彼は明らかに私を挑発している。この牧場を貶されるのは堪らないけど、ゆっくり息を吐いて耐える。


「単刀直入に言います、帰ってきていただきたい。いや、帰ってきなさい。」

「…はて?」


は?


は??


は???


「ふっ。嬉しさと驚きで声も出ないようですね。良いでしょう、説明してあげます。」


違うけど?心の底から出た困惑の声だけど?

私の様子を気にも止めないまま、レイモンさんは話を続けた。


私が裏切り者としてキルベキア王国を追放されてからしばらくの間、聖獣たちにノアの実の粉末を混ぜた飼料が与えられ続けた。聖獣使いの私がいなくとも聖獣たちを制御できるようになり、改めて私の嘘と裏切りが立証されたと、王族も大臣もかつての同僚である聖獣舎の職員たちも大喜びだった。


しかし、異変は1か月かけて徐々に起きていった。ノアの実を与えられ続けた聖獣たちが、次々と死んでいったのだった。中には弱りながらも生きている聖獣もいたが、ノアの実の依存性によりノアの実の粉末が入った飼料しか食べなくなる個体も出ていた。

どうやら職員たちは、私が残していったノアの実の解毒薬の存在を知らないらしい。確かに机の引き出しの奥に入れてはきたけど、誰もあの中にある資料を見ていないのかと私は怒りと悲しみが込み上げてきた。私は解毒薬のことを伝えて帰ってもらおうとした時、彼の口から信じられないことを聞いた。


「死んでも数頭だけだと踏んでいたが、予想以上に聖獣が死んでこのままでは繁殖が間に合わない可能性がある。」

「…。」

「死んだ聖獣の代わりに、新しい聖獣を捕まえてこいとの王の命令だ。しかし、我々では野生の聖獣を捕まえることは至難の業。」

「…それで?」

「お前に復職の権利を与えると王からの慈悲だ。」


私は地面に落ちていた猫のフンを鷲掴み、レイモンさんの顔に目掛けて投げた。私は軍手をしているので無傷だから安心してほしい。


「ぶはっ!!アメリア貴様何をしやがる!!」

「何が王からの慈悲だ!しかも聖獣を死なせたらその分野生から補充すればいい?ふざけるな!命を何だと思ってる!!」


私は近くにあった発酵途中の堆肥が入ったバケツを持ち上げ、投げるような動作をして脅す。


「1番の聖獣舎にある机の引き出しの奥に、ノアの実の解毒薬のレシピがある!!それで今いる中毒の子たちを治せ!!私は二度と帰らないと決めた!!来るな、もう二度と来るな!!」


私の脅しに屈したのか、レイモンさんは慌てて逃げ腰で逃げていった。私は彼が牧場から出ていったのを確認してから、手に持っていた堆肥のバケツを元の場所に戻した。


「………はあ。」


聖獣の子たちには申し訳ないけど、これが今私にできる精一杯の抵抗だと思った。私はもうあの国のために働くことはしないと決めたし、自由に生きると決めた。それに、命の恩人であるブランディ一家のためにこの命を燃やすと決めたのだ。


私を不要としたのはお前たちキルベキアの人間だ。掌を返されたところで、私の意思は揺るがない。


「…急募。ウサギ、ねこ、もふもふ。」


私はふらふらとした足取りで、アレクシスさんの待つウサギ小屋に向かった。

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