第2話 追放の末
数日後、私はキルベキア王国の東南にある国境ゲートをくぐり、隣国であるラルヴァクナ王国の辺境の森を歩いていた。しばらくは舗装されていない平坦な道だったけど、段々と山ではないけど山に近いような斜面のある地形になっていく。
木漏れ日が私の顔を照らし、緑の匂いが鼻をくすぐる。ほのかに香る柑橘系の香りは、このラルヴァクナ辺境付近にのみ生息している花の一種だと思う。
_ラルヴァクナ王国。
長い間キルベキア王国と交友条約を結んでいる、南の方角にある大国。
全部で16の領地に分かれ、人口はキルベキアの2.4倍、国土は4.1倍と、数字だけでも大きな国であることが分かると思う。…まあ、比較対象はキルベキアだけなんだけど。ちなみにキルベキアの領地の数は5。
南に位置する国なだけあって、平均気温が全体的にキルベキアより1~2度高いのも、国土の特徴だろうか。
天馬と天狼は温暖差に適応しやすい聖獣ではあるけど、天竜はめっぽう寒さに弱い。もしかしたら、天竜はラルヴァクナのほうが生きるのに向いている気候かもしれない、などと考えながら、近くに生えている赤い木のみを口に入れる。多分これは苺の一種。美味しくはないけど、普通に食べられる。
「…まあ、もうあの子たちに関わることはないんだけどね。」
聖獣使いという特殊な役割をもって生まれた私は、聖獣以外の生き物や植物の知識も積極的に取り入れるように毎日を過ごしていた。おかげで、聖獣を含む他の動物たちへの対応策や知識も培うことができたし、応用もできるまでになっていた。生かす機会はなかなかないけど。
「…父さんと母さんのお墓参りにも、もういけないんだね。」
キルベキアを追放された私は、二度と入国ができない烙印を押された。もしかしたら、両親のお墓も裏切り者への制裁として壊されているかもしれない。
申し訳ない気持ちもあるし、むかつく気持ちもあるし、怒りの気持ちもあるし、むかむかするし…
「うわあああああ!!絶対戻ってやるものか!!私はラルヴァクナで生きてやる!!」
ここ数週間の出来事を思い出し、溜まっていた鬱憤が一気に膨れ上がり爆発した。
頭をガシガシ掻き、大きな声を出して両手を上げて足を開き威嚇のポーズをする。人がいないことをいいことに、私は1人辺境の森の中で奇行に走る。
「それに私のこと引っ叩いたアンディあの野郎…絶対に許さないからな…!」
私は元婚約者に静かなる怒りを燃やし、あの日叩かれた頬に触れる。痛みも腫れもすっかり引いて、顔はいつもの状態に戻っていた。元同僚であるルイスがすぐに氷嚢を持ってきてくれたおかげでもあるだろう。最後まで私を信じてくれたルイスには、感謝しかない。
(いつか何かの形でお礼をしたい気持ちはあるけど、もう彼とも会わないだろうし。)
ルイスへのお礼を心の中に留め、私は持ってきていた少量の手荷物だけを両手に先を進んだ。
追放が決まってから、全ての財産も没収され、数枚の硬貨だけを渡された。今の私の金銭的財産は、これしかない。宿に泊まれば、数日で底に尽きてしまう。
「早く、仕事を見つけないといけないな。」
この日一日歩いて、森を抜けることはなかった。仮に抜けたとしてもお金が惜しいので、今と変わらない結果になっていたと思うけど。
仕方がないので、私は持ってきていた毛布に包まり野宿することにした。この毛布も、持ってくることができた財産の1つだったりする。
母が昔刺繡を入れてくれた形見のようなものなので、没収されなくて良かったと思う。この毛布はラルヴァクナ産の羊、メーウールの毛を加工して作られたもの。モフモフの触り心地が堪らない。
緊張で脳も目も冴えてしまって眠れそうにないけど、目を閉じないと疲労も回復できない。私は眠るためというより、疲労回復のためにそっと目を閉じた。
◇◇◇
「…私はもうダメかもしれない。」
あれから数日歩き続けたけど、森から出られる気配が全くない。太陽の位置を目安に方角を確かめているけど、確証はない。方位磁石が必要になることを想定していなかったから、もちろん持っていない。
「…疲れた。ちょっと、寝よう。」
まだまだ太陽は真上にあるけど、急な疲労感に苛まれて、私は木の幹にもたれるように横になる。お腹がぐうっと鳴ったけど、食欲はとうの昔になくなった。そういえば、最後に水を飲んだのっていつだっけ。
(…まあ、いいや。)
頭が痛くて、吐き気がして、視界がぐるぐるする。このまま森と一体になって死ぬのも悪くない。土と木の香りが鼻に入り、そんなことを考える。意識が沈んでいくのに、そう時間はかからなかった。
◇◇◇
…ふと、意識が浮上する。もふもふな何かの上に、寝たまま跨るように乗せられている気がする。この匂いは、…狼?私は狼に乗せられて、揺られているのかもしれない。…でも何で?
「おとーちゃん!このお姉ちゃん、起きたかもしれない!」
「何!?本当か!?」
前のほうから女の子の声と男の人の声が聞こえる。何を言っているのかは聞き取れなかった。
…ああ、ダメだ。また意識が遠ざかる。
狼と思われる毛の温かさと体温が、全身に伝わる。この感覚が久しぶりで、懐かしくて、思わず涙が出そうになった。
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