「each other 」
黒塚多聞
「each other 」
僕と吉田琥珀さんが出会ったのは大学の文芸サークルだった。琥珀さんは同じ学部のひとつ上の先輩で、文学を愛してやまない人だ。特に詩歌への愛の強さには誰も敵わなかった。
当時の僕は内面に深い深い空洞があった。この空洞はあらゆるものを退けた。そのため、僕は子供の頃からずっと満たされない空白を抱えて生きてきた。
この空洞がことばでみたされることになったのは、琥珀さんのおかげだった。
琥珀さんは出会って間もなく僕の空洞を見抜き、車であちこちに連れて行ってくれた。そして、僕の空洞に様々なことばを埋めていった。万葉集から俳句、ウィリアム・ブレイク、谷川俊太郎などをはじめとした国内外の近現代詩、短歌、小説の一節など様々だった。
ことばは空洞の中ですくすくと育ち、最終的には美しい名もなき花を咲かせる大樹となった。
花を咲かせる最後の一押しとなったのは、中澤系歌集『uta 0001 txt.』の中の一首「こんなにも人が好きだよ くらがりに針のようなる光は射して」だった。
僕自身もそれなりに本を読んでいたが、このような現象が起こるとは一切の予想もできなかった。でも、僕の心が満たされたのは確かだ。
空洞が自然豊かな公園のようになった頃、僕は琥珀さんに告白して付き合うこととなった。
僕と琥珀さんは内面の公園で頻繁に過ごした。二人で過ごす時間は心が癒されるひとときだった。ある日は園内を散歩し、またある日はベンチに座って黙々と読書をした。ただそれだけでも僕の生きる縁となった。
僕たちは内面の公園を拡大していった。図書館を置き、美しい湖を置き、コテージを置き、海を置いたりするなど、自分たちのしたいように様々なものを配置していった。材料となるのは言葉だ。
一年が経過した頃には、もはやひとつの「世界」が形成されていたといってもいい。僕たちはその世界を現実の世界以上に愛していた。このまま二人が穏やかに支え合いながら生きていければいいと切実に願っていた。
だが、物事はそれほど上手くは回らないものだと痛感せざるを得なかった。
数年が経過し、僕たちは大学を卒業した。琥珀さんは出版社に就職し、編集者となった。一方、僕は電子機器を製造する企業に勤めることとなった。学生時代のように頻繁に会うことはなくなったが、まめに連絡を取り合っていた。
しかし、さらに数年後、琥珀さんは精神疾患を患い休職し、そのまま行方をくらましてしまった。LINEを送ったり電話をしても何も反応がなかった。僕は彼女を心配しながら日々を過ごした。琥珀さんから生存報告のLINEが届いたのは行方不明になってから半年が経過してからだった。数えきれないほどのやりとりをした後、久しぶりに彼女の声を聞いた。
「とにかくきみが無事でよかった……」
「うん、ごめんね。心配をかけさせてしまって。ところで、きみの公園はまだ残ってる?」
「健在してるよ。僕たち二人の大事な場所だからね。休日は公園のメンテナンスをしてるよ」
「それはよかった。その……きみには話してなかったんだけど、私の内面にも空洞ができてるの。子供の頃からずっとね」
それは初耳だった。
「それで空洞が広がっていってどうにもならなくなって、もう耐えることができないから、自分の生もろとも終わらせようと思ったの」
「きみが生きる方に留まってくれてうれしいよ」
彼女は泣き出した。僕は琥珀さんが泣き止むのを待った。そして僕は彼女をなぐさめつつ、ひとつ提案してみることにした。
「ねえ、学生時代みたいにさ、空洞を二人で別のものに作り替えてみない?」
「でも、きみには仕事があるし……」
「実はさ、作家の仕事が軌道に乗って、ベストセラーの作品も出してるし、会社勤めしなくても十分やっていけるようになったんだ。月々貯金してるし、ボーナスも全額貯金に回してるから大丈夫。きみに会いに行ける時間も確保できるよ」
琥珀さんはしばらく沈黙した後、ありがとうとつぶやいた。
僕は勤め先に退職届を出して、引き継ぎを無事に終えた後に退職した。そして、琥珀さんの部屋に頻繁に通うことになった。そして、琥珀さんの空洞を変容させるべく、二人で材料となる言葉を空洞に撒くことにした。 言葉は一ヶ月もすると透明の立方体となり、地上に現れた。僕たちはその立方体を粘土をこねるかのようにして、様々なものを作った。
僕の内面には公園を作ったので、彼女の内面には惑星を作ることにした。バクテリアが生まれるところから人類が誕生して最終的に現在の文明に到達するまでマイペースで進めた。完成してからは惑星を二人で見て回った。その頃には琥珀さんの病気は寛解し、職場復帰した。
「私のために尽力してくれて本当にありがとう」
「学生の時にきみが僕の空洞を満たしてくれたから当然のことだよ」
「ねえ、これからもお互い支え合っていこうね」
「そうだね」
僕は微笑みながらゆっくりうなずいた。
「each other 」 黒塚多聞 @tamonnkuro
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