第2話 そんなに見たいの?

 翌日も、朝から夕方まで蒸し暑い一日となった。

 栄太朗は仕事を終え、さいたま市にある自宅に帰るために電車に乗り込んだ。今日は運が悪いことに、電車に乗り込んだ時間がちょうど帰宅ラッシュのピーク時間に当たってしまい、一駅過ぎるたびに足の踏み場もないほどギュウギュウ詰めになっていった。栄太朗は吊革につかまって何とか足場を確保したが、次々と押し寄せる乗客に挟まれ、次第に息苦しさを感じていった。やがてターミナル駅に到着し、車内にいた乗客の半分が降りて行ったが、すぐさまホームにいた乗客があっという間に車内を埋め尽くしてしまった。

 その時、栄太朗の目の前に、背中を大きく露出させた服を着た二人組の女性が入り込んで来た。まるで姉妹のように色違いのキャミソールを着込み、一人はヘソを出して腰のあたりまで下げたローライズの細身のジーンズを着込み、もう一人は下尻が見えてしまうほど丈の短いホットパンツを穿いていた。左から右から押し寄せる客に体を押されながら、栄太朗は徐々にキャミソールの二人組に近づいていった。気が付けば、栄太朗の目の前には露わになった肩と背中があった。そして、ズボンに擦り着く位の所に、ちらりと見えた下尻があった。

 栄太朗は、吸い寄せられるかのように露わになった背中をじっと見つめていた。胸は高鳴り、ズボンの中の物が次第に硬直していった。

その時、隣にいた女性が栄太朗の視線に気が付いたようで、何かを耳打ちしていた。


「しおんちゃん、後ろの人、さっきからずーっと背中を見てるわよ」

「え、マジで?」


 やがて栄太朗の目の前にいたジーンズを穿いた女性は髪の毛を振り乱し、栄太朗に視線を合わせた。栄太朗は思わず「しまった」と口にしてしまったが、何とかこの場を切り抜けようと、脇を向いて女性の視線を逸らそうとした。


「ちょっとおじさん、何で無視してるのよ。さっきから私たちの背中、ずっと見てたでしょ?」


 今度はホットパンツを穿いた女性が栄太朗の耳元に声をかけた。しかし栄太朗は他人の振りをして、女性の問いかけには全く応じなかった。


「ふーん、逃げようとしても無理だよ。こんなに立っちゃってるのに」


 女性は笑いながら、栄太朗の股間に手を当てた。


「こ、こらっ」

「すごーい、興奮しちゃったの? 私の背中、そんなにセクシー?」


 女性は艶やかな声でそう言いながら、股間の周りをゆっくりと撫でまわし始めた。栄太朗の一物は段々大きくなり、今にも破裂しそうになった。


「や、やめてください。これ以上やると、その……」

「わかるわよ。出ちゃうんでしょ? そんなに我慢できなければ、ここで出しちゃえば?」

「そ、そんなことしたら恥ずかしいし、何よりカミさんに、どこで汚したんだって詰問されるだろうし……」

「そうよね。どこでパンツをこんなに汚したのって問い詰められるわよね」


 女性の股間をさする手は容赦なく、栄太朗は次第に限界が近づいていた。


「もうしません、もうこんなこと絶対しないって約束します! だから、これ以上は……」

「ホント?」

「本当です。信じてください!」


 悶え苦しむ栄太朗を横目に、連れの女性はヘラヘラ笑いながら「しおんちゃん、もっとやってあげたら? すごく気持ちよさそうな顔してるもん」と言って、さらに股間を撫で続けるようけしかけていた。


「フフフ、どうしようかな……」


女性はしばらく考えたが、やがて微笑みながら栄太朗の目を見て問いかけた。


「ねえ。もっと、もーっと私の背中を見たい?」

「いや、その、そんなことをしたらまずいですから……」

「ウソは言わないで、自分に正直になってよ。見たいんでしょ? ねえ、どうなの?」

「はい……本当は……」

「どうしようかなぁ? 私、次の駅で降りるから、一緒に来てくれるかな?」

「それって……痴漢行為で告発するってこと、ですか?」

「違うって。私、次の駅で乗り換えるの。その後、一緒に私の家まで来ない?」

「……いいんですか?」

「いいよ」

「……じゃあ、カミさんにばれないように、ほんのちょっとだけお邪魔してすぐ帰ります」

「ハハハハ。奥さんには妙に気を遣ってるのね。私の肌は遠慮なくジロジロ見ていた癖にさ」


 女性は栄太郎の股間を撫でるのをやめると、出口のドアの前に向かい、そこで連れの女性に手を振っていた。


「じゃあね、未由みゆ。今日はこの人と楽しく過ごすからさ」

「はいはい。せいぜい楽しく遊んでね」


 連れの女性は呆れながらも、片手を振って二人を見送っていた。


「ところであなた、名前は?」

「初瀬……栄太朗といいます」

「私は谷村たにむらしおん。よろしくね」


しおんはそう言うと、長いまつげのついた細長い目で目配せし、そのまま改札の外へと早足で歩いていった。


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ」

「もう、何モタモタしてんのよ。早く私の背中を見たいんでしょ?」


 しおんは苛つきながら、地下鉄への乗り換えの改札で腰に手を当てながら立っていた。栄太朗は慌ててしおんの所にたどり着くと、しおんはサンダルの音を立てながら、栄太朗を先導するかのように歩きだした。


 二人は地下鉄大江戸線の清澄白河きよすみしらかわ駅で下車した。しおんの自宅は、駅からほど近い所に建つ十二階建てのマンションだった。エレベーターで一気に十階にまで登ると、真正面には黄昏の空に輝く東京スカイツリーと高層ビル群が見えてきた。


「さ、入って。私の部屋に案内するね」


 しおんは手招きし、奥の部屋へと入っていった。部屋はピンクやオレンジ色のインテリアに囲まれ、いつも畳の部屋に暮らしている栄太朗は思わずめまいをしそうになった。

 するとしおんはタンスを開け、「これ、見てごらん」と指さした。そこには所狭しとたくさんのキャミソールが納められていた。


「これ全部……キャミソールですか?」

「そうだよ。すごいでしょ? 私、キャミソールが大好きなんだ。この時期になると、ちょっとでも暑くなるとキャミソールで外出してるんだ」

「すごいですね」

「フフフ、ねえ、私のキャミソールコレクション、見てみる?」 


 しおんはタンスから一枚ずつキャミソールを取り出した。その数はあまりにも多く、一枚、また一枚と並べられ、あっという間に床を埋め尽くしてしまった。しおんがキャミソールを一枚ずつ床の上に置くたびに、栄太朗は興奮が止まらなくなった。


「ねえ、さっきから目が洋服に釘付けになってない?」

「え? ち、違いますよ。何を言い出すんですか」

「でも、私が床に服を置くたびにじーっと見てるもん」

「……」


 栄太朗はそのまま黙りこくってしまった。しおんはニヤニヤしながら栄太朗の顔を見つめていた。


「好きなんでしょ? こういう背中が露出するデザインの洋服が」

「ま、まあ、その……」

「着てみようか?」

「いいんですか?」

「いいよ。遠慮しないで」


 しおんは何枚かのキャミソールを手にすると、隣の部屋に入っていった。栄太朗は胸の高鳴りを押さえつつも、しおんが出てくるのを今か今かと待っていた。そして数分後、しおんは背中で紐をクロスさせたデザインのキャミソールで登場した。


「どう、このデザイン。大人可愛いでしょ?」

「まあ、そうですね……」

「次はもっと栄太朗さんが喜びそうなものを着てみようかな」


 しおんはそそくさと隣の部屋に戻っていった。そしてまた数分後、髪をアップにまとめ、うなじを見せたしおんが登場した。今度は首の後ろで紐を結び、背中が半分以上開いている大胆なデザインのキャミソールだった。


「アハハ、栄太朗さん、また膨らんでるよ」


しおんは股間を指さしながら、大笑いしていた。


「じゃあ、もっと刺激強いのを着てみようかな」

「え? ちょ、ちょっと待ってください!」


 しおんはまた隣の部屋にかけこんでいった。栄太朗の股間の膨らみは電車から降りてやっと収まったはずなのに、しおんのキャミソール姿を見て、ふたたび傍目からも分かるほどに大きく膨らんでいた。


「ねえ、これはどうかな?」


 しおんは再び違うキャミソールに着替えてきた。今度は紐の無いベアトップで、胸の谷間を惜しげもなく露わにしていた。


「どう? 背中もこーんなに開いてるの」


 しおんは背中を向けると、半分程度まで開いた背中を栄太朗の目の前で見せつけた。栄太朗は一気に興奮が高まり、冷静さを失っていた。

 次の瞬間、栄太朗はしおんに飛び掛かり、勢いのまま床の上にしおんを押し倒していた。


「やだ、何するの!」


 しおんは、栄太朗の下敷きになった状態で必死の形相で叫んだ。しかし、栄太朗はしおんから手を離さず、抱きしめたまま顔を露わになった胸の谷間に押し付けていた。

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