第5話 超重力×無限回復×賢者の教え

「んぎぎぎぎ……」


 重力が少し強くなっただけで、筋肉への負担は想像以上に大きくなっていた。

 ツバキはその場に倒れ込み、痛む身体を横たえる。そんな彼の前に再びトルモが現れた。


「ツバキ君。特訓用のドリンクを作ってきたぞ」

「特訓用? ありがとうございます。いただきます」


 トルモが差し出したのは、ペットボトルのような容器に入った液体だった。あらかじめ緩められた蓋を開け、一口飲む。

 その瞬間、全身に衝撃が走った。


「身体が、軽くなった……?!」


 思わず目を見開いて、手に持ったペットボトルを凝視した。

 先ほどまでの疲労も痛みも一瞬で消え去ってしまった。まるで魔法にでもかかったかのように。


「え、え? トルモさん?! 俺の体、どうなっちゃったんですか?!」

「ほっほっほ。驚くのも無理はないわ。これはな、君専用に調合したドリンク。その名も“超賢水”じゃ。一滴飲めば疲労も痛みもすべて吹き飛ぶ究極の飲み物よ」

「えぇ?!」


 ツバキの驚嘆の声が、真っ白な空間にこだました。

 どんなインチキ広告よりも怪しい代物。こんなものが本当にあるのか。存在していいのだろうか。

 ツバキは驚きを通り越して困惑すら覚えた。


「それもまた、賢者パワー……ってやつですか?」


 そしてツバキは、考えることをやめた。


「その通りじゃ! ワシにできないことはない!」


 元よりトルモのやることは、自分の想像を遥かに超えてきていた。今更、元いた世界の原理など通用するとは思っていなかった。


「あ」


 ならばと、ツバキはふと思いつく。


「じゃあ……直接魔法で、俺を強くすることって、できるんですか?」

「するかぁ!!」


 即答だった。

 だが、その後に続く言葉は真剣なものだった。


「それでは意味がないのだ。ツバキ君自身の意思と力で鍛え抜くことで、初めて力は生まれる。ワシはあくまで環境を整え、技を伝授するのみじゃ」

「そっか。わかりました……! 俺、ここで鍛えて、絶対に強くなります!」


 ツバキの決意は固まり、それからというもの彼はひたすら修行に明け暮れる日々を送ることとなる。


「それじゃ、頑張って最強を目指すんじゃぞー」


 トルモは重力室を後にした。

 扉をそっと閉め、ゆっくりと地下を歩く。

 薄暗い廊下の中、トルモの顔と瞳は徐々に俯き、そして、低い声で呟いた。


「そうだ……彼は強くあるべきだ。君もそう思うだろう? スクローナよ。世界を救うには……」


 胸に手を当て、わずかに伏せた瞼。その表情は険しく、それでいて虚ろだった。


 ***


 ツバキの修行は、異常としか表現のしようがなかった。

 修行し、体が傷つき疲弊すれば超賢水を飲んで即復活。そしてまた修行。

 そんな毎日を過ごすうちに、いつの間にか彼は、時間を忘れてしまうのであった。


 トルモは賢者を名乗るが、魔法以外にもあらゆる術に精通していた。

 隙のない移動方法に、全身の力の使い方、徒手空拳。などなど、特に戦いに関する術の引き出しは無限だった。


「俺、別に戦うために鍛えてるわけじゃ__」

「何かを守りたいんじゃろう? ならば、持っていて損はないと思うが」

「まぁ。なら、やってみます」


 ツバキの修行は、次第に命を削る訓練へと進化していった。

 トルモはあらゆる“戦いの技術”を叩き込み、特に重力修行には長い年月をかけた。


「ゲホっ……おえっ。水、水……」


 何度も吐きそうになり、時に潰れそうになったり、意識を失うこともあっただろうか。

 超賢水が無ければ、何度命を落としていたか分からない。そうやって無我夢中にもがき続けた結果、百倍もの重力下に耐えられる肉体を手にする。


 そして時は流れ__2021年。修行を始めたあの日から、気がつけば十七年もの年月が流れていたのだ。


 4月9日金曜日の、そんなある日の朝


「行ってきます!」


 ツバキは現在、十七歳になっていた。

 前世の痩せ細った体はどこへやら、服の上からでもわかるほどの筋肉が完成していた。

 そんな少年は今日、とある事情で魔法学校に編入し通うこととなったのだ。

 今日は、その始業式の日だった。

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