第6話 秘密の放課後
放課後のチャイムが鳴ると同時に、教室には解放感のある空気が広がった。
「ねえ、愛華、一緒に駅まで歩かない?」
隣の席の結衣が声をかけてくる。
「うん……ごめん、今日はちょっと寄り道してく」
「そっか! じゃあまた明日〜!」
手を振って出ていく友達たちを見送りながら、愛華は机の中から小さなメモを取り出した。
それは昼休み、愛華のロッカーに入っていたもの。
――放課後、中庭で待ってる。進堂。
シンプルな文字なのに、胸がざわつく。
(なんで私、また……)
心の中の問いに答えはないけれど、足は自然と中庭に向かっていた。
夏の光が少しずつ柔らかくなる時間。風が緑の葉を揺らし、蝉の声が遠くで響いている。
ベンチの影に、彼の姿があった。
「来てくれて、ありがと」
そう言って、蒼馬が振り返る。いつも通りの落ち着いた声――でも、どこか嬉しそうに見える。
「……また何か、落としてました?」
冗談めかして言うと、彼はふっと笑った。
「違う。今日は、ちゃんと理由があって」
そう言って、彼はポケットから小さな紙袋を取り出した。
「これ、好きって言ってたやつ。図書室で話してたろ?」
袋の中には、愛華がぽろっと口にしたお気に入りの紅茶のティーバッグが数個入っていた。
「わざわざ……?」
「うん。たまたま店の前通って、見つけたから」
「……ありがとう、ございます」
ぎこちなく頭を下げると、彼が少し表情を曇らせた。
「敬語、やめてよ。前も言ったよね?」
「で、でも……先輩だし」
「俺、愛華のこと“先輩と後輩”って感じで話してるつもりないよ」
その言葉に、胸が静かに波打った。
「……わたし、学校であんまり目立たないし。なんでそんなふうに、してくれるのか……わからない」
正直な気持ちだった。きっと、周りの誰もが疑問に思っていること。
でも、彼はまっすぐに答えた。
「……たぶん、初めてだったんだと思う。誰かの表情とか、声とか、静かな仕草が気になるってことが」
目を逸らさず、穏やかにそう言った。
「“特別だ”って、思ったから。誰に見られようと、関係ないよ」
風が吹いて、髪が揺れる。まるで世界が一瞬止まったかのような静けさ。
「……でも、今はまだ秘密でいたい。愛華が困るのは、嫌だから」
その名前を呼ばれるたびに、胸が熱くなる。
(この気持ちは……もう、気づかないふりなんてできない)
愛華は、小さく頷いた。
「……私も、そう思います」
蒼馬の表情が、少しやわらいだ。
沈みゆく夕日が、2人の影を長く伸ばしていた。まだ何も始まっていない関係。でも、確かに、少しずつ動き始めている。
その足音を、2人だけが知っていた。
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