memory.02 蕾

 が六歳の頃、故郷が大型の盗賊組織に焼き払われた。村の男……父は殺され、母は盗賊に捕まる前に舌を噛み切って死んだ。


 女と子どもは盗賊に連れられて奴隷にされる。子どもでも男の場合は殺されることもあったが、村の規模が小さかったからか私は奴隷にされることになった。


 盗賊から商人へ受け渡される。周りの奴隷達はどんどん売れていく。男よりも女の方が人気があるため私は売れ残り、商人に仕事を手伝わされながら、街へ連れていかれた。最後の街に辿り着いたのが八歳の頃のこと。


 この街が最後だと奴隷商人は行った。この街ならば男の奴隷でも売れると。売れなかったら……その時は奴隷の何倍も過酷な目に遭うだろうと、商人は笑っていた。


 それを聞いて周りの奴隷達は震え上がり、まだ輸送中だというのに周りへ買ってくれないかとアピールをしていた。


 私はその時、生きる気力を失って座り込んでいた。死んでもいい。故郷は焼け、両親は死んだのだから。数少ない友人も、奴隷となった後に怪我や病気が原因で死んでいた。


 ぼんやりとしていたその時だった。


「三番、出ろ」


 檻が開かれて奴隷達の顔が輝くも、奴隷商人の言葉ですぐに曇る。


 そして、数ヶ月ぶりに呼ばれたせいで自分の番号なまえを忘れていてすぐには動けなかった。


「さっさとしろ!」


 ひゅんと空気が避け、続いてバチンと鞭が床を叩きつける音がする。それでやっと、自分が呼ばれたのだと気づいた。


 周りから羨む視線を突きつけられながら奴隷商人の元へ向かう。そして檻の中から出されると――


「はじめまして。私があなたの主よ」


 ――そこには小さな女の子が立っていた。いや、小さいと言っても多分自分と同年代の女の子だ。


 男を好む貴族か、労働要因として買われるのだと思っていた。しかし、そのどちらでもなさそうな雰囲気に混乱する。

 頭の中がクエスチョンマークで埋め尽くされ、そして更に状況はよく分からないことになった。


「……ってあなた傷だらけじゃない! 待ってて、私魔法は得意なの! すぐに治してあげる!」


 その手が伸びてきて、反射的に体が跳ねる。殴られる時にはこうして体に力を入れないと、骨が折れてしまう。骨が折れても治療などはされず、そのまま捨てられてしまうから。


 けれど、覚悟したような衝撃はやってこなかった。


 その子の手が腕に触れると、暖かな光が発せられる。じんわりと溶けていくような暖かさで……その光が収まると、腕にあった傷は綺麗になくなっていた。


「次はもう片方の手……それからお顔ね」


 同じようにもう片方の手を包まれ、それから頬にぺたりと手をくっつけられる。


 同じように光が出て、顔は見えないけれど痛みは引いて――最後にその子が耳に顔を近づける。


「体の方もやってあげたいけど、ここだとダメってパパに言われたから後でね」


 いきなり囁かれてくすぐったくなるも、それ以上に困惑が頭の中を覆いつくしていた。


 恐らく目の前に居る子は貴族。そして貴族という存在もなんとなく知っていた。

 民から税を取る、横暴で傲慢な存在。人のことを人だと思わない人達。村の人はみんなそう言っていた。


 どうして自分が治されたのか。いや、それ以前に。


「なん、で。おれ、が……?」


 久しぶりに出た声は枯れていて、喉も変になっていた。

 目の前の子はそんな私を心配そうに見て、それから少しだけ顔を赤くした。


「……パパとママには内緒ね」


 それからまた、こそこそ話をするように耳へ顔を近づけてくる。


「あなたに――あなたの魂にひとめぼれしたから」


 ……魂に、ひとめぼれ?

 その言葉がよく分からなかったけれど、その子は伝わったと思ったのか満足そうな……けれど頬を赤くしながらこちらを見ていた。


「あなた、名前は?」

「……三番」

「それは名前じゃなくて番号。名前、ないの? ないなら私が……やっぱりあるのね! 教えて!」


 うーんと悩みかけたその子は、思わず目を見開いてしまった私に名前があることを察した。それから急かすように名前を求めてくる。


「――███」

「███。確か、妖精語で希望って意味ね。良い名前ね。名付けた方は言語学者か精霊使いね」


 そこで自分の名前の由来を初めて知った。当時村に滞在し、色々と助けてくれた旅人が名前の案を出してくれたと聞いてはいたが。

 先程から驚きの連続で、けれど驚きの連続は途切れない。


「私は███・███。ファミリーネームだとパパ達と見分けがつかないから、あなたにはファーストネームで呼ぶことを許すわ」

「……███」

「ええ! ……あ、でも一応様を付けてね。私は気にしないんだけど、周りがうるさいらしいから」


 また後半はぼそぼそと小さな声で、それに頷く。


「███様」

「ええ、完璧ね。███」


 名前を呼んで、それからその子――███様は手を出した。

 意味が分からず首を傾げると、███様は得意げに話してくれた。


「『握手』って挨拶。自分は武器を持っていない、あなたを傷つける意思はなく、友好的にしたい。そういう挨拶よ。私と同じ感じにして、手を握って」

「……てを、にぎる?」


 そんなことしたら不敬で殺されるんじゃないか。貴族は人を人だと思っていないって――


「――こうするの」


 ――けれどそれ以上は考えられず、███様は俺の手を取って握手をした。


「これからよろしくね、███。私の……私だけの執事」

「しつじ?」

「よろしくお願いします、って言うの。こういう時は」

「……よろしくお願いします?」

「ええ! よろしくね、███」


 そうして強引に……最初から選択肢はなかったものの。


 こうして私は、███様と出会ったのだった。


 ◆◆◆


 それから私は███家でたくさんのことを教わった。

 本当にたくさん、村に住んでいた時には考えられないくらいたくさんのこと。


 文字の読み書きから計算方法、この国の成り立ち。貴族という存在。

 それからこの家の歴史と、本当にたくさんのこと。それを学んでいく上で色々な疑問が出てきたものの、聞けばすぐに解消された。


 まず、私は███様専属の執事となった。しかし、本来これほどの家格なら家格が下の貴族の者の中から長男以外の者を執事として雇うらしい。いや、正確には雇ってくれと頼まれるらしい。

 それがどうして私になったのかというと、███様が気に入ったからだと言われた。


 更に、貴族の常識として……私が███様に魔法で傷を癒して貰ったが、それも本来ならありえないこと。というか、貴族と奴隷が握手をすること自体おかしなことだと。


 ███様は自由奔放な性格らしく、家族も貴族の中では大層な変わり者……と、教えてくれた先生は言っていた。家の中では███様の好きにさせていいが、外で他の貴族に同じことをしたら他の貴族に疎まれるから気をつけるようにとも言われた。


 そうして貴族の知識が増え……この家は私の知っている貴族からかけ離れているも、家格は王族に次いで高いことを知った。


 それから、███様と色んなお話をした。

 その中で一番記憶に残っているのは……私がどうして奴隷になったのか███様が知りたいと言って、故郷が盗賊に滅ぼされたことを話した時のことなど。


 それを聞いて、お嬢様はかなり怒っていた。どうしてなのか分からなかったが、お嬢様は真剣な顔で説明してくれた。


 奴隷という存在は、例えば税が五年以上未納の時か……もしくは飢饉などで食べる物がなくなった時などに売られる存在である。家族全員が餓死するくらいなら一人が犠牲となる、そのためのもの。

 村を一つ滅ぼして奴隷にするような非道なことをした上、奴隷商人に引き渡しているとは知らなかったと。


 更に、奴隷の扱いについてもお嬢様は不満そうにしていた。

 奴隷はあくまで人間であり、平民より立場は低いものの国民の一人である。奴隷商人という監督者の怠慢で死なせるのは事故とは呼べない。更に、奴隷商人が奴隷を傷つけるなんて以ての外だと。というかこの国の法だと罰金となるらしい。これが普通だと思っていた。

 

 そして、お嬢様は旦那様方と掛け合って――即座に色々と動いてくれた。

 奴隷の扱いに関しては最近貴族の間でも問題となっていたらしい。だが、奴隷は議論の中でも優先対象とはなっていなかった。奴隷の話をする前に解決する問題の方が多い……という認識の貴族が多かったらしい。


 そして、奴隷の問題は███家が最初に提言したものだったらしく……私を雇った理由の一つに、実態を知りたかったというものもあったらしい。


 どうして奴隷の問題を提言したのか旦那様に聞くと、『貴族と平民に関する課題を提言する貴族は多い。けれど、奴隷に目を向ける人は私が知る限り居なかった。一人くらい居た方が国王陛下の、そして国のためになると考えたからだ』とおっしゃっていた。


 それから数ヶ月も経たないうちに、治安維持の強化から奴隷商人達への監査など様々なことが起こる。あまりのテンポの早さに改めてこの家の権力が凄まじいことを知った。


 その頃には私も知識をつけ始めていて、この家は確かに変……貴族らしくない家だと思った。


 奴隷らしい扱いもされない。ご飯も……本来なら使用人達の後に食べるはずなのに、███様が一緒に食べたいからと隣の席につかされる。一人だけ優遇は出来ないからと、客人が居ない限りは使用人も含めてみんなで一緒に食べることになった。


 あと、旦那様に私を今すぐ元の身分には戻せないとも話があった。一人だけ例外を作る訳にはいかず、『盗賊に攫われて奴隷になった人』を全て解放するとなると、これまで盗賊に潰された村や攫われた人達を探さねばならない。途方もない時間がかかってしまうし、奴隷も全員が全員解放を望む訳ではない。そういった理由から、会議の場では全員に却下されたと。


 ……それで頭を下げられた時は驚いて心臓が止まるかと思った。更に、旦那様は奴隷制度をよく思っていないと聞かされて更に驚いた。その理由はそもそもの税の徴収が重いことや、飢饉の対策は貴族がやるべきだと思っているからだと。私としては奴隷として買われた後、決して悪い待遇だけではない……むしろ飢饉で死ぬよりはずっといいと村で教わっていたので、かなり驚いた。


 それから旦那様は私に一つ約束した。奴隷は自分が買い上げられた分の金額の十倍の額分働けば奴隷から解放される。……これも初めて知ったことなのだが、旦那様はこの制度を使って私が二十になる頃には自由になれるようにしておくと。他に行くところがないので、その後もここで働くのなら雇うとおっしゃっていた。


 それも――私が想像以上にお嬢様に気に入られたから、という理由があるだろう。


◆◆◆


「……ふわぁ。んはよぅ」

「おはようございます、お嬢様」

「んにゅう……着替え、お願い」

「かしこまりました」


 お嬢様の朝は私に任されることとなった。本来着替えはメイドの仕事だが、お嬢様は嫌だと駄々を捏ねて旦那様は笑って了承していた。


 着替えが終わると、お嬢様はまだ眠いのかぼーっとした後に私へ微笑む。


「ありがとう、███」

「執事の務めです」

「そこは素直に受け取ってよ。もう私達が普通の貴族じゃないって分かってるんだし、今は誰も見ていない」

「……ですが」


 さすがにお礼を受け取るのは使用人……特に今は奴隷の身分であることを思えば、出来ない。

 そんな私にお嬢様はイタズラをする時の顔で笑った。


「それなら貴族らしくするわ。――貴族のお礼を受け取らないなんて不敬。だから、受け取って」


 それはめちゃくちゃな理屈。そもそも貴族は使用人にお礼を言わないというのに。

 けれど、気づけば私は笑ってしまっていた。


「……分かりました」

「じゃあもう一回。いつもありがとう、███。……言葉のお礼を受け取る時は、どういたしましてって言うのよ」

「……どう、いたしまして」

「ええ! 完璧!」


 嬉しそうにお嬢様は笑って、それだけじゃ足りなくなったのか抱きついてくる。スキンシップが多く、最初は困惑していたが今は少しずつ慣れてきていた。


「これからもお願いね。私が大人になってもずーっと」

「さ、さすがにそれはいかがなものかと……」

「ダメ。断らせないから」

「わ、わか、分かりました。分かりましたから、お嬢様。そろそろ離れてください」


 ぎゅうっとぬいぐるみにするように強く抱きしめられ、そう返してしまう。


 するとやっと離れてくれて、お嬢様は笑った。


「それじゃあこれからもよろしくね!」

「……分かりました、 ███様」


 その笑顔は子どもながらに魅力的なもの。まだ蕾ながらに、将来は多くの男を魅了するだろうなと確信出来るほど。


 そしてその日が――お嬢様に勝てる日は来ないのだろうと、理解させられた日でもあった。

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