事件と事故
10月6日 13時42分
俺の頭の中で何か、別の何かが浮かんだ。『白い、男、もう一人の男、歩行者天国、ナイフ』
「変わった」
俺は車を走らせた。ネットカフェ『快傑CLUB・池袋東口2号店』に向かった。受付に行き、警察バッヂを見せ、女性の店員に聞いた。店員はバッヂを見て驚いた表情をした。
「『矢島健太』さんはいますか」
「『矢島』さんは、急に調子が悪いとかで、早退しました」
ネットニュースでは『明石勇馬』の名はまだ出ていないがハイエースとパトカーの衝突事故がすでに報道されている。車よりは電車が速い。俺は東京メトロの丸の内線に乗り、銀座に向かった。9駅が長い。背中がジリジリとする。冷や汗が出る。立って乗車ドアにもたれこみ、ドアウィンドウが鏡のようになって自分の顔を見た。闇の奥にある無表情の自分は悪魔に覗き込まれているみたいだ。銀座駅に着くと、回りの人を掻き分けて駆け足でエスカレーターを登った。それから階段を駆け上り、地上に出た。
「どこだ」
銀座の歩行者天国は平和そのものだ。家族連れや、カップル、外国人観光客で溢れかえっている。
電話のバイブレーションがした。走りながら、俺は出た。
「織田さん?」聞き覚えのある声だ
「はい」
「佐々木です。お久しぶりです」
「佐々木さん、随分お久しぶりです」
「実はある人物から電話があったのですが…………、」
「佐々木さん今、どこに」
「銀座です。歩行者天国です。銀座1丁目に来てくれと言われて、」
「とにかく逃げてください」
俺は走った。銀座1丁目は歩行者天国でも一番人がまばらなはずだ。
居た。男が見えた。光るような白いシャツ、まるで『光抱く扉』のヴェールのようだ。早足で誰かに接触しようとしているようだ。トートバッグを肩にかけている。俺は追いかけた。白いシャツの男は、50代の見覚えのある男に近づこうとしている。俺は急いだ。まさにもう少しで接触しようとした、
その時、
俺はヤツの肩を引っ張った。ヤツはこちらを向いた。
「『矢島健太』だな」
『矢島健太』は素早く、トートバッグからフィールドナイフを取り出した。俺に向けた。慣れた手付き。俺は左手で『矢島』のナイフを握った手首を掴んだ。そのまま、合気道の技の一つで肘のツボを強く押しながら、相手がゆっくりと体の上半身が地面に向かって折り曲がって行く。音も立てずヒレ伏せさせた。周りは誰も気づかない。平和な声や音が鳴り響く。
「殺人未遂および公務執行妨害。逮捕だ」俺はそう言った。
一旦、所轄の築地警察署に連行した。捜査1課の課長が、何事かと聞いてきたが、今は話せないとお茶を濁し、とにかく、あの50代の佐々木という男性の身柄の安全を確保してくれと頼んだ。佐々木は俺の顔に気付きはしない。俺の顔は変わってしまったから。
……………………………………………………
警視庁公安部公安総務課第四公安捜査第8係 取調室
捜査員:坂口(旧姓織田)淳 警部補
容疑者:矢島健太/ネットカフェ『快傑CLUB・池袋東口2号店』アルバイト勤務
坂口「『矢島健太』さん、あなたは『光抱く扉』の信者ですね」
矢島「はい。何か」
坂口「先ほど、14時半頃、中央区銀座歩行者天国銀座1丁目付近で接触しようとしていた方は誰ですか」
矢島「何のことですか」
坂口「あなたがナイフで刺そうとした男性のことです」
矢島「何のことですか」
坂口「『光抱く扉・被害者の会』代表の佐々木勉弁護士ですよね」
矢島「知りません。黙秘します」
……………………………………………………
決行日前日
10月5日 15時22分
「でも、なんで『快傑CLUB・池袋東口2号店』のスタッフの素性を調べるんですか」
とマンボウさんは聞いて来た。
「『快傑CLUB・池袋東口2号店』のWEBサイトを見たんだ。TOPページのヘッダー部分がスライダーになっている」
「ええ、そうですね、5秒おきに横スライドしますね」
マンボウさんと一緒にパソコンのモニターを眺めた。
「この、『アルバイト募集』をクリックしてくれ」
「はい」マンボウさんはTOPスライダーが『アルバイト募集』にスライドすると画面をクリックした。『アルバイト募集』ページに遷移し、若い男性1人と3人の女性が笑顔で、真っ白いキレイなシャツを着ている画像がヘッダーに表示されている。
「何か」
「この男を見てくれ」
その4人の若者たちの真ん中に男性が一人いる。左手を折り曲げて、胸の辺りでガッツポーズをとっている。
「あ」とマンボウさんは息を殺した。
「この拳の握り方。人差し指と中指の第二関節を折っている、そう丁度、ピースサインの2本の指を折り曲げる感じにしている」
「
「そうこの『
「『光抱く扉』なんですね」
「この店全体かどうかはわからない、しかし、少なくともこの男は間違いない。この男から洗ってみてくれないか」
「承知しました」
……………………………………………………
10月6日 13時35分
マンボウさんから電話が来た。
「坂口さん面白いことが色々わかりました」とマンボウさん
「悪いが前置きはいい」
「あのサイトでガッツポーズを取っていたのは『矢島健太』26歳。『光抱く扉』の信者です。東京帝政大学の理科一類工学部理学部薬学部卒業のインテリですね。教団の幹部候補だったらしいのですが、『おひさままるしぇ』の運営を巡って派閥闘争に巻き込まれ、幹部候補から脱落して今はアルバイト暮らしで生計を立てているようですね。坂口さん一番面白いのはこれからです。『矢島健太』と『明石勇馬』の父親『明石健一郎』が接点があるんです」
「どういうことだ」
「『明石勇馬』の父親『明石健一郎』も『光抱く扉』の熱狂的な信者です。『明石健一郎』は『明石勇馬』が生まれる前から熱心に『教団』に心酔し、借金をしてまでも多額の献金をしています。挙げ句の果ては家を売り、一家は破産しました。家族はバラバラになり、父親は暴力で子供に『教団』の退会を許さなかった。『明石勇馬』は逃げたんです。『明石勇馬』は教団を憎んでいます」
「それで」
「『明石健一郎』は『矢島健太』とヨガセミナーで何度も会っています。教団サイトの画像にも出ています。『明石健一郎』は『矢島健太』を我が子のように可愛がっていたらしいです。ご丁寧にブログにも書いてあります。それに、」
「それに」
「『明石健一郎』も『矢島健太』も幹部候補から外された経験があるという共通点があるんです」
「もしかして」
「坂口さんが私と同じ考えならば、3年前の『あの事件』とすごく似てると思いませんか?『明石健一郎』はITエンジニアの経歴があります。逃げた息子をネットを使って探している形跡があります。『明石勇馬』の『4ちゃんねる➕』のスレッドも閲覧済みですし『ピグ民』が『明石勇馬』だと見抜いてますね、それから、」
「それから」
「私はあの『4ちゃんねる➕』のスレッドから『明石勇馬』が本当に無差別殺人を起こすという確証があるのか、どうもイマイチ分かりませんでした」
「それで」
「実は『明石健一郎』が『明石勇馬』を無差別殺人を誘発していたようなんです。スレッドを遡ると『マッカーシー』というハンドルネームが登場し、矢鱈と『明石勇馬』に無差別殺人を推奨しているんですよ、やり方とか、その類のサイトのURLを紹介したり、『マッカーシー』は『明石健一郎』です」
「それで」
「あたりをつけて『Vanish chat』を調べてみました」
「海外『chat』アプリでやり取りの履歴が残らず消えるやつか、最近矢鱈、犯罪に使われている。マンボウさん追えたのか」
「大したことじゃないですよ。所詮人間が作ったしょーもないアプリです。『Vanish chat』にいましたよ『マッカーシー』と『ピグ民』が。
10月6日の銀座歩行者天国で無差別殺人を起こす。詳細なやり取りがありました。『斎藤司』もその中にいました」
「『明石健一郎』は息子の『明石勇馬』に無差別殺人を確実に起こすように仕立て上げた」
「『教団』の幹部候補だった男です。『Vanish chat』の履歴を見ると言葉巧みにうまく自分の息子を無差別殺人の実行犯に仕立て上げてますね」
「『矢島健太』がネットカフェにいた理由は」
「『矢島健太』はネットカフェで『斎藤司』が外に情報が漏らしていないか監視していたようです。『明石健一郎』は用心深い男で、どうも『斎藤司』をイマイチ信用していなかった。『斎藤』は実際、あの通りヘタレなヤツでしたからね。『明石健一郎』もなかなかのモンです」
「『明石健一郎』と『矢島健太』は、『明石勇馬』の無差別殺人を利用しようとしている」
「そうです3年前の『あの事件』を模倣しているのなら、『その日、その時間に、銀座の歩行者天国に殺したい誰か』を誘き寄せているかもしれません」
「殺したい誰かって誰だ」
「それはまだ分かりませんが、いずれにせよ『明石勇馬』の無差別殺人にかこつけて『光抱く扉』は何の関与もなく教団にとって邪魔者を消せる。というわけです」
「多分それを土産に二人は教団幹部になれる」
「おお〜宗教はコワイですね〜」
……………………………………………………
10月6日 18時30分
警視庁新宿警察署
捜査1課 課長 大岡将吾 警視正 記者会見(抜粋)
「本日、墨田区業平4丁目で発生した事故についてお伝えいたします。
本日、午後13時半頃、墨田区業平4丁目にて被疑者Aを追跡途中、被疑者Aの車両を塞ぐべく待機していたパトカー、えーこれは4台配備していましたが、その1台に衝突。被疑者Aは現在、重体で意識がありません。警察官1名負傷。えー負傷の警察官に関しては軽傷であります。
被疑者Aに関しては我々新宿警察署が以前より内偵調査していた人物であり、本日10月6日、中央区銀座、歩行者天国に車両ごと侵入し、無差別殺人を行う予定という内容であります。本日、千葉県警との合同捜査を行い家宅捜索の結果、Aの部屋より、殺傷能力の高い『改造拳銃』、作りかけの『時限装置付き爆弾』、が発見。また直筆による被疑者Aの犯行を示唆した内容なども含んだ、父親宛の『遺書』も発見されており、無差別殺人事件がかなり高い確率で起きたのであろうと推測されます。さらに被疑者Aのパソコンを押収。パソコンには犯行計画の詳細ファイル、犯行に使用されたルートの画像マップ、殺人、無差別殺人、無差別テロに関するサイト閲覧の履歴など現状わかっているだけでも被疑者Aが、本日、無差別殺人を決行するにあたる証拠となるものが複数発見されております。
さらに、えー、Aが乗車していた車両の助手席のトートバッグの中から、包丁、アウトドア用のブッチャーナイフ、ハンマーが発見されており被疑者Aの計画によれば、銀座歩行者天国に車両で侵入し、複数の人間を跳ね飛ばした後、車両から降り、殺傷能力の高い凶器を使用し、身近な人間をさらに殺害する計画を実行しようとした形跡が明らかに見られます。
我々警察は市民の安全を守るべく、内偵を進め、調査、追跡し、逮捕すべく今回の結果に至りました。被疑者は先ほどご報告いたしましたが、重体のため、事情聴取ができない状態ではあります。また進捗があり次第、ご報告いたします。以上。」
…………………………………………………
10月4日 11時22分
俺はマンボウさんとチャンリーにある仕込みを頼んだ。
『明石』の部屋から殺傷能力の高い『改造拳銃』、作りかけの『時限装置付き爆弾』、直筆による父親宛の『遺書』、さらにパソコンから『無差別殺人』に関する内容のデータが発見されるだろう。パソコンのデータ内容はマンボウさんが作った。一連もブツを作ったのはあの目つきの悪い男、名前は『ベンジー』だ。彼は発達障害がある『ギフテッド』だ。一度見たものは正確に作れる。時間を掛ければけるほどより質の高い『ほぼ本物』を作れる。『明石勇馬』の筆跡を入手し、『遺書』を作らせた。『改造拳銃』ならニューナンブM60、SAKURA M360J、SIG P220、ベレッタ 92FS、グロック19などなど、作れないものはない、銃の知識も豊富であの銃は所轄のどこそこが採用しているとか、SIT、SATが採用しているとか俺よりも詳しい。しかし本人は全く興味は無いようだ。『時限装置付き爆弾』はオマケで作ってくれた。昔、自分をいじめたヤツの家を片っ端から爆破してやろうと企てた頃に得た知識らしいが、どうやら未遂に終わったらしい。今なら戦争好きな独裁者の国を『吹っ飛ばせる』くらいの爆弾は余裕で作れるだとか。おすすめされたが、断った。外事が喜ぶかもしれないが。そしてその仕込みをチャンリーが見事にしてくれた。
続く。
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