第17話 木を隠すには森の中

 明くんが脅迫状にコールドスプレーを吹きかけると――文字が浮き出てきた!

「え⁉ 何で⁉」

「すごい! 魔法みたいだ!」

 脅迫状は、ほんの少しクセのある文字で「明日のステージをボイコットしろ この脅迫状のことは誰にも言うな さもないと大変な目にあうぞ」と書かれていた。

 カエデくんや紅葉ちゃんの言ったとおりだ……!

「こすると消えるボールペンというのがあるだろ?」

 脅迫状をカエデくんに返した明くんが、淡々と言う。

「脅迫状はそのボールペンで書かれたんだね。あれは本当に消えるわけじゃなくて、熱によってインクが透明になるんだ」

「なるほど……けど、誰がこんな……」

「いませんか。あなたの衣装に脅迫状を自然に忍び込ませ、読んだであろうタイミングで、証拠隠滅として熱で消せる人物。熱は摩擦熱以外でもいいんです。例えば――」

「アイロン……!」

 紅葉ちゃんが手で口を押さえてつぶやいた。

 明くんがうなずく。

 そうか、衣装係の人なら可能なんだ!

「お兄ちゃん! マネージャーさんに連絡して!」

「わ、わかった!」

 カエデくんがスマホを取り出してマネージャーさんに電話をかける。

「どこにいるんですか!」なんて大声が聞こえてきてあたしは思わず身をすくめた。

 ひぇぇ、アイドルって大変だ……。

 その間に明くんはスガセンにコールドスプレーを返していて、なんというか、ちゃっかりしてる。

 ソツがない人って明くんみたいな人のことを言うんだろうなぁ。

 しばらくして、カエデくんが笑顔であたしたちに声をかけてくれた。

「良かった。無事捕まえられたみたい」

「ほんとですか! じゃあステージも問題ないですね!」

 良かったぁ! 無事解決だ!

 ……だけど。

 思わず笑顔になったあたしとちがって、カエデくんと紅葉ちゃんは顔をくもらせた。

「ステージ、実はこの後すぐなんだ……」

「バレずに行ければギリギリ間に合うけど、お兄ちゃん、できる? マネージャーさんは今バタバタしてるし、迎えに来れないんでしょ?」

「……わからない。けど、がんばるよ。ファンや紅葉のために」

「あ、あたしは別にどうでもいいけど!」

 ほほえんだカエデくんはアイドルらしくキラキラしていた。

 それに顔を赤くした紅葉ちゃんは、ツンとソッポを向く。

 けど、何となく、わかる。

 お互い思い合ってるんだ、って。

 家族を巻き込みたくなくてステージをやめようとしたカエデくんと、お兄ちゃんに危害が及ぶのを心配して脅迫状を再現した紅葉ちゃん。

 どっちもお互いが大切なんだ。

 なんか、いいな。

 アイドルなんてぜんぜん詳しくなかったけど、カエデくんのことならあたしも応援できそう。

「――おっと、さっきのコールドスプレーなんだが、保健室の先生に後で……」

 ガラガラと保健室の扉を開きながらスガセンが顔を出した。

 あっ、と思ったときには遅い。

 スガセンは思い切り目を丸くして。

「アイドルの品山カエデ⁉」

 こ、声がっ、声が大きい‼

 離れたところにいた生徒たちが「え? アイドル?」「カエデくん⁉」「ほんとだカエデだ!」「サインほしい!」と騒ぎ始める。

 うわあああまずい!

「に、逃げよう!」

 あたしは紅葉ちゃんとカエデくんの手を引いて走り出した。

 明くんも一緒に後をついてくる。

「まずいまずいまずい! どうしよ! 一旦隠れて……でももう急がないと会場に間に合わないし……!」

「一つ案がある」

 こんなときでも冷静な明くんがマイペースに言う。

 あたしは振り返ることもできないままその案にすがった。

「何⁉ どうしたらいい⁉」

「言ったろ。木を隠すには森の中、とね」

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