第4話 明くんを明かしたい

 ――それで、翌日。

 朝から大里くんたちが五年一組まで来て、「この金魚は呪われてるんだ!」ってさけんだ……ってワケ。

 鬼が出たり、のっぺらぼうが出たり(これはあたしだけど)、そりゃあ、呪いかもって思っちゃうよね。

 クラスの子たちはそんなこと知らないから、困惑してるけど……。

 ざわざわしているみんなの前に出てきたのは、それまでだまっていた明くんだった。

「言ったろう。金魚は神聖なんだと」

 明くんの言い方はあいかわらず淡々としていた。

 上級生相手でも、まったく物怖じしていない。

 けっして大きな声じゃないのに、不思議とよく通る。

 大里くんが「何だと!」と気色ばむ。

「神聖なら不思議な力があってもおかしくないかもしれない」

「な、何だよそれ……」

「ぼくは最初からそう言っていたつもりだけど。つまりね、その金魚は呪われているんじゃない。逆だ。――呪うんだよ」

「ひっ……」

「呪われたのは、君たちじゃないのか?」

 シン……

 さっきまでのざわめきがウソのように教室が静まりかえる。

 大里くん、中村くん、小森くんの顔色が真っ青になった。

「きちんと金魚に謝って、これ以上関わらなければ、まだ引き返せると思うけどね」

 そう言って明くんが金魚へ目を向ける。

 ワカコさんもトワコさんも、今のところ気にした風もなくのんびり泳いでる。

 三人がゴクンと喉を鳴らす音が聞こえた。

「や、やばいって。行こうよ、ダイちゃん」

「これ以上呪われたくないっすよ~……」

「ちっ……わかったよ。悪かったな!」

「ごめんなさい!」

「もうしないっす!」

 三人はそれぞれ負け惜しみのように謝りながら、走って教室から出て行っちゃった。

 朝から、まるで嵐みたい。

 みんなも「何だったんだろ?」と不思議そう。

 明くんは……小さく息をついて、席に戻ろうとした。

「ま、待って!」

 あたしはあわてて明くんの服のすそを引いた。

 振り返った明くんが、メガネの奥でほんの少し目を丸くする。

 あ、今のは人間っぽい。

 ……なんて思っちゃうのは失礼かな?

 でも、明くんってば、今までずっと淡々としていたんだもん。

 ときどきロボットみたいだよ。

「舞さん?」

「あ……急にごめん。えっと、まず、これ」

 あたしはポケットからハンカチを取り出した。

 昨日、明くんが渡してくれたやつ。

 ちゃんと洗濯して、ママにアイロンもかけてもらったよ!

 明くんも思い出したみたいで、「ああ」とうなずいた。

「いいって言ったのに」

「そうはいかないよ。ありがとう」

「どういたしまして」

 受け取った明くんは、小さく笑う。

 あんなに大人っぽいのに、笑うとちょっと、かわいい感じ。

 ギャップってやつだ。

 ……って見とれてる場合じゃない!

 明くんには、まだ用件があるんだから。

「……あのね」

 あたしの雰囲気に、何かを感じ取ったのか。

 明くんはだまってあたしを見返した。

 ほんの少し青みがかった、黒い瞳がじっとあたしを見つめてくる。

 その色に吸い込まれそう。

「あたしも昨日、見たの」

「何を?」

「……鬼の絵。それから……水槽の近くに置かれてた、これ」

 あたしは昨日見つけたものを取り出した。

 丸くてつるりとした、まるで鏡みたいなもの。

 でもこれ、多分、鏡じゃなくて。

「明くんが持ってた、ケーキの型……だよね?」

 厳密には、ケーキの型の、底の部分。

 明くんが昨日、工作していたやつだ。

 といっても、何か書かれているようにも見えない、ただの底みたいだけど……。

 でも、さすがに水槽の近くに置いてあるのはおかしいよね? 何か意味……ありそうだよね?

 ふぅん、と明くんはつぶやいた。

 なんだかその「ふぅん」は、感心しているみたいな「ふぅん」だった。

「おいで」

「え?」

 明くんに手を引かれて、あたしはつまずきそうになりながらついていく。

 明くんはカーテンの裏にあたしを引っ張り込んだ。

 くるんと二人一緒に包まれる。

 って、だわぁぁぁ!

 ち、近すぎない⁉

 もうほとんどくっつきそうなんですけど!

 あたしは内心ドキドキのバクバク、グルグルなのに、明くんはすまし顔。

 どうなってんだ、明くんの心臓は!

「あの三人には、ああは言ったけどね」

 明くんは声をひそめて、ペンライトを取り出した。

 何でペンライトなんか持って……いや、ケーキの型よりは違和感ないか。

「不思議というのはね、ぼくらが到達していないだけなんだ」

「え?」

「明かすよ」

 ふんわり、どこかやわらかい声でそう言った明くんが、カチリとペンライトをつける。

 その光をケーキの型に当てると――反射して、カーテンに鬼の絵が浮かんだ!

 カーテンに包まれてうす暗くなった空間で、鬼の絵がゆらゆら波打つ。

 昨日見たのと同じやつ!

「底板は鏡みたいになってるだろう? それを利用したんだ。線が見えないギリギリの強さで絵を描くと、その部分が両側から少しヘコむ。一見何も変わらないように見えるけどね。これに光を当てると、そのヘコんだ部分に光が集まって、反射して……」

「絵が映し出されるんだ!」

「そう」

 カチリ、とペンライトの光が消える。

 すると鬼の絵も一緒に消えちゃった。

 昨日と同じだ。

 やっぱりこれは、明くんが仕込んだことなんだ。

 大里くんたちからワカコさんとトワコさんを守るために。

 誰にもバレないように、三人が夜に忍び込むことまで見通して……。

 すごい。

 明くんって、何者なの?

 明くんが手をはなして、あたしはカーテンから解放される。

 包まれてうす暗かったから、電気がついてる教室は、ちょっとまぶしい。

 ふうっ。ききき緊張した!

 みんな金魚の方を気にしていて、あたしたちのカーテン会議は誰にも見られてはいない……はず。

 ホッとするあたしの横で、明くんは淡々とペンライトをしまい直した。

「不思議なことには必ず理由や原因があるんだ。ぼくらが気づいていないだけでね。気づかなかったり、わからないから不思議だと思うだけで、本当は不思議なことなんてないんだよ」

 なんだかナゾナゾみたいな言葉だった。

 だけどその言葉は、真実を追いかけたいあたしの胸に深くしみこんだ。

 不思議なことには、必ず理由や原因がある……。

 わからないから不思議なだけで、本当は不思議なことなんてない……。 

「明くんなら、なんでもわかっちゃいそうだね」

「まさか。ぼくにもまだまだわからないことは多いよ。だからこそ『わからない』で終わらせず、知りたいと思うけどね」

 あっさりと言ってのけた明くんは、ケーキの底板をツルリとなでる。

「とりわけ今気になるのは……」

「え、何? 何?」

「ぼくは金魚が神聖に見えるように天使を描いたつもりだったんだけど。どこから鬼が出てきたんだろう。本当に金魚にはそういう力があるのかもしれないな……調べてみたいね」

「……あはは」

 明くんは心底不思議そうに、大真面目に考え込んでいたけど。

 多分、それ、明くんの画力の問題だと思う……。


 不思議だらけの転校生、丹野明くん。

 でも、調べていけば、彼にも不思議はなくなるのかな? 本当に?

 あたし――すごく気になる。

 ジャーナリスト魂が、ウズウズ、止まらないよ。

 彼の正体を、明かしたい!


 明くんメモ:

 明くんは、絵がちょっぴり苦手。

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