丹野明は/を明かしたい
弓葉あずさ
1章 呪いの金魚と転校生
第1話 謎の転校生、あらわる!
「この金魚は呪われてるんだ!」
「鬼がいるんだよ!」
「鬼に食われちまうんだ!」
あたしの教室、五年一組に大きな声がひびいた。
青い顔でさけんだのは、元五年一組――今は六年生の三人組。
三人が指差した先にいるのは、教室の隅っこに置かれた水槽……その中を優雅に泳ぐ二匹の金魚。
金魚の名前はワカコさんとトワコさん。
クラスメイトたちはざわざわと「何言ってんだ?」「金魚? 呪い?」「またあの三人がさわいでるの?」と怪しんでる。
そりゃあそうだよね。
自分たちのクラスで飼ってる金魚が呪われてる――だなんて。
だけどあたしは笑えなかった。
だって――あたしも、鬼を見たから。
騒々しい教室の中、一人冷静な表情でだまっているのは、あたしのクラスメイトの
☆ ☆ ☆
あたし、
勉強も運動もほどほど、身長もクラスで真ん中のザ・平凡な小学生だけど、将来の夢だけはもうハッキリしてる。
その将来の夢というのが――ジャーナリスト!
ジャーナリストって、わかるかな。
あたしもパパに教えてもらったんだけどね。
新聞とか雑誌とか、テレビとかインターネットとか……要するにいろんなメディアに自分が取材した記事を提供する人のこと。
そうやってみんなに真実を伝えるのが使命、ってやつなんだ。
だからあたしも日々気になる事件を探して調べ回っているんだけど、今気になっているのは――ズバリ、謎多き転校生、丹野明くん。
それから、今騒ぎになっている、呪いの金魚騒動。
って言われても、何のことかわからないよね……。
何がどうして、今、こんなことになっているのか。
最初から説明するね。
なんてったって、あたしはジャーナリストのたまごなので!
そう、はじまりは、二日前……クラス替えのあった、新学期のことだったの。
☆ ☆ ☆
四月の新学期がはじまった日。
その日は朝から教室の空気が落ち着かなかった。
始業式が終わった後も、教室では仲のいい子と固まったり、新しい友だちを作ろうと話しかけたり、みんなずっと浮ついてる。
もちろんあたしも例外じゃなくて、こっそり自分のメモ帳をめくりながら、誰に話しかけようか悩んでた。
このメモ帳には今まで同じクラスになった子や、大会に出た子、ほかにも人気者などなど……あたしの耳に入ってきた子の情報が書いてあるんだ。どんな情報が役に立つかわからないからね。
そうやってみんなが新しいクラスに馴染もうとしていたら、
「おはよう、みんな!」
って先生が元気なあいさつと共に入ってきた。
先生の後ろには見たことのない男の子が一緒にいて、みんなの視線が一瞬でその子に集まった。
男の子は――見るからにイケメン!
黒髪はサラサラでクセの一つもないし、メガネからのぞく目元はいかにもクール。
雰囲気ぜんぶがシュッとしてて、どこか大人っぽい。
女子だけじゃなくて男子までその子の雰囲気にのまれて、思わず見入ってしまっている。
「みんな、今日から五年一組だ。よろしくな!」
若い男の先生はニカッとさわやかに笑ってみせた。
管井先生、略してスガセン。
声が大きいのがときどき困るけど、サッパリしてて気持ちのいい先生だ。
スガセンは景気よく男の子の背中を押して教壇の前に立たせた。
「それから、今日から若蔦小学校に転入してきた丹野明くんだ。丹野くんは以前まで東京にいて、北海道に来るのははじめてだそうだ。みんな、仲良くするんだぞー」
「丹野明です。趣味はミステリー小説を読むことです。よろしくお願いします」
見た目にそぐわない、涼やかな声。
でも想像したよりちょっぴり低くて、たしかに男の子なんだなって思わせる。
ミステリー小説を読むなんて頭良さそうだなあ……、って。
「明って、あの、丹野明……⁉」
先生が黒板に書いた名前を見て、思わず立ち上がる。
みんなの視線があたしに向けられる。
し、しまった! つい……!
でもね、あたしがおどろいたのにも理由があるの。
あたしには同い年のイトコが東京にいるんだけど、その子からすごい小学生のウワサを聞いたことがあったんだ。(将来のジャーナリストは、日々情報収集を欠かさないのだ。フフフ)
なんでも文武両道のパーフェクトマンだとか。
不良を百人従えているだとか。
パンダになっただとか。
空を飛んだだとか……。
そんなワケあるかーい! って何度ツッコんでも足りないようなウワサの数々。
勉強も運動もできる子、くらいなら許せるけどね?
不良……も、まあ、数字が盛られていくのはよくあることだろうけどね?
パンダって何?
空飛ぶってもう人間じゃないでしょ?
そんなんだから、あたしも都市伝説みたいなものかなぁってちょっと呆れてたんだけど。
その小学生の名前が――丹野明、だったの。
いや、でも、まさか……ねえ?
「どうした、城田。知り合いか?」
「あっ、い、いえ……」
立ち上がっていたあたしは、しおしおと大人しく席につく。
――き、気になる。
ウワサのこと、確かめたい!
でも……不確かなことをみんなの前で言うのは、あたしのモットーに反する。
好奇心にぐらぐら揺れながらこっそり明くんを見ると、明くんもあたしを見ていた。
その目に、ドキッ。
すべてを見透かされたような気持ちになって、あたしの心臓はうるさくなっていく。
うわ、本当にかっこいいな……。
顔のパーツ一つ一つが整っていて、無表情でいられたら、ちょっと怖いくらい。
見とれてたら、みんなの「なんだ、また舞ちゃんの奇行か」「まあ舞なら仕方ないか」なんて笑い声が聞こえてきた。
気にしないでもらえるのは助かるけど、でもあの、失礼じゃない?
あたしなら仕方ないってどういうこと?
新しいクラスになったばかりなのに、あたしのこと、知れ渡りすぎじゃない?
「それじゃあ丹野は、空いている後ろの席に座ってくれ」
「はい」
うなずいた明くんは、長い足を優雅に動かして席まで歩き、音一つ立てずに座った。
うわ、着席すら洗練されてる……!
――ホームルームも終わった後は、そりゃもう大騒ぎ。
みんなが明くんの席を囲んで質問攻めだった。
「明くんって呼んでいい?」
「いいよ」
「ミステリー小説を読むって言ってたけど、難しい? マンガは読まない?」
「本なら何でも読むよ。辞書でも図鑑でも」
辞書がラインナップに入ってくるの、ダメじゃないけど、ちょっと変わってるな……。
「サッカーは好きか? 好きだったらクラブ入ろうぜ!」
「キライじゃないかな。クラブはまだわからないけど、考えておくよ」
「兄弟いる?」
「ううん、ひとり」
男子の質問にも女子の質問にもスマートに答えていく。
あたしも混ざりたいけど、みんなの前で変なことは聞けないから、必死にガマンしてた。
だけどどうしても気になるからちらちら視線だけ向けていると――明くんは質問に答えながら、机の上のランドセルに手をかけた。鍵部分をひねってフタを開く。
配られた教科書をしまうために中のものを一旦取り出そうとしたみたいだけど――出てきたのは、ケーキの型。
ん?
んん?
銀色の、桶みたいな形の器は……え、スポンジケーキを焼くやつだよね?
学校の教室とケーキの型、しかもそれがランドセルから出てくるという違和感のすごさたるや。
みんなもポカンとあっけにとられて何も言えないでいる。
でもさすがに……さすがにこれをツッコまないのは、ジャーナリストとか抜きにしてもムリだ……!
――ええい!
とうとう立ち上がって明くんに近づいてきたあたしを、みんなが少しホッとしたように見守る。あたしならツッコんでくれると思ってるんだろう。うんうん、任せなさい。みんなが聞けないなら、あたしが聞く!
「明くん、それ何?」
単刀直入に聞くと、明くんはやっぱりスマートに、真面目な顔で言ってのけた。
「ケーキの型だね」
「な、何でそれがランドセルに?」
「最近、ケーキを作るのにハマってるんだ」
へ、へえー……。
「あ、今日はもう帰らないと。明日からまたよろしくね、みんな」
「あ、うん」
「またね……」
状況を飲み込めないあたしたちを置いて、明くんはマイペースにランドセルを背負い、教室を出ていった。
なるほど、なるほど。明くんはケーキ作りにハマってるんだ。ちょっと意外だなぁ。でもケーキを作れるなんてカッコいいなぁ。うんうん。
……いやいやいや。
だからって学校にケーキの型を持ってくる⁉
明くんメモ:
明くんはケーキ作りにハマってる。
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