しからごの物語

啓太

第1話 山で生まれた精霊

 ぼくが生まれたのは、夏から秋に変わる頃。山の頂上に差していた厳しい太陽の光もようやく和らいできて、林や洞窟の奥で暑さをしのいでいた動物たちが元気にまた遊びにやってくる。そんな頃に山のてっぺんで生まれた。


 豆粒ほどの小さな光が空から降りてきて、消えたり現れたりを繰り返して少しずつ大きくなっていって、やがて人間の子どものような姿になったらしい。その時には小鳥だった、話好きの鳥たちが教えてくれた。


 ぼくは誰かに「きみは精霊なんだよ」とか、特に教えてもらったわけではない。でも、なぜか自分自身について、人間たちとも山の生き物たちとも違う力があることを物心ついた時には知っていて、それが当たり前だった。

 

 食べたり飲んだりはできるけれど、別にしなくても生きてはいけること。怪我をしたら痛みはあるけれど、いつの間にか傷も残らず元通りになること。それから、少しの間なら別の生き物に姿を変えることができること。

 

 そしてもちろん「いちばん大きな力」のことも、ぼくは知っている。


 生まれたばかりのぼくは一人で遠くに行くことができなかったけれど、シカやクマの背中に乗せてもらったり、トンビやタカの翼で運んでもらったりして、山のいろんな場所に遊びに連れていってもらった。


 なん千年も昔から山を見守っていたという大木。ひとくち飲んだだけで、疲れが全部なくなりそうなほど美味しい水が流れる川。その年によって、咲いた時の色が違う不思議な花が集まった丘。どの場所もぼくのお気に入りだ。


 だから、やがて、ぼくが一人でたくさん歩けるようになってからも、山の仲間たちと遊びに出かけることが、ぼくの楽しみになり、日常になっていった。今ではもう、この山で知らない場所はきっとないだろう。


 ただ、山の麓に近いところには人間たちが山菜や木の実をよく採りにやってくる。そのため、山のみんなはその辺りには近づかないようにしていた。「お互いにそっとしておくのがルールだからね」とぼくには教えてくれている。


 それでも、ちょっと見るだけならと、僕はときどき小ねずみに姿を変えて、遠くの草木に隠れて、こっそりと人間を眺めていた。最初は仲間たちも少し心配をしていたが、今はぼくの「報告」が楽しみになっているようだ。


 そんなある日。木々の間をくぐりながら、また山を降りていると、にぎやかな声が聴こえてきた。いつも聞いていた人間の声とは違う、軽やかで弾むような声。そう、ちょうどぼくと同じくらいの人間の子どもたちの声だった。


 ぼくは急いで小ねずみに姿を変え、草むらの陰からそっとのぞく。すると、四人の子どもたちが川辺で楽しそうに遊んでいるのが見えた。男の子が二人、女の子も二人。ぼくはもう少しだけ近くで見たくて草むらを前進した。


 大きな水しぶきをあげ、勢いよく泳ぐ男の子。その水しぶきで服が濡れ、文句を言っている女の子。丸い石を集め、満足そうにうんうんと頷いている男の子。その隣で手を叩きながらにこにこ笑う、他の子よりも少し幼い女の子。


 精霊であるぼくと見た目の変わらない人間の子どもたちを、ぼくはただ、じーっと見つめていた。すると、胸の奥の方から何かあたたかいものが、じんわりと湧き上がってきて、思わずつぶやいてしまった。


「……いいなぁ」


 四人で遊んでいる様子を見ているだけでも笑顔になる。それじゃあ、もし、その中に混ざれたら、ぼくはどんな顔になるんだろう。その光景を思い浮かべて、ぼくはすごく幸せで、それから少しだけ寂しい気持ちになった。


 ぼくは日が傾いて四人が帰っていくまでずっと、その姿を見守っていた。



つづく

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