7ボタン はじける!リフトアクション
今日も今日とて、馴染みのゲーセンに来ている。
変わらぬ筐体の配置に、いつもの電子音と空気感。
違うとすれば、面倒な頼み事をされているということくらいで、少しうんざりしていた。
それは、梢と笑心歌のおつかいである。
どのみち来るつもりではあったが、最近は誰かのために来ることが増えた。
笑心歌の弟が、今日登場するフィギュアが欲しいようで、梢からは、″すぱいだまん″の新しいフィギュアをお願いされた。
梢は、部活があるから良いとしても、デートだから行けないという笑心歌の理由は、納得し難かった。
「何が『頼れるのはわくたんしかいないのー』だよ」
「彼氏から取ってもらえよ…」
全く悪びれることのないお願いも、それを断れない自分も、思い返すと腹が立つ。
気づけば、ダンッ、ダンッと押されるボタンが、いつの間にか大きい音を響かせていた。
どれだけ上手い人だって苦戦したり、すんなり取れないことだってあるし、そもそも、フィギュア1個を千円で取れれば御の字なのだ。
何度もプレゼントする余裕などない。
そろそろ費用請求しないといけない、きっと都合の良い男になってきている。
そして、なにより、笑心歌さん、彼氏いたんですね…。
彼氏は、同じ学年の
成績も良く、運動もできて、高身長、おまけにイケメンというこの世の不平等さを体現した、いけすかない人間。
お似合いといえば、確かにそうかもしれない。
どうにもならない不条理を背中に携えて、降りかかったタスクをこなす。
一刻も早く、囚われた彼女の元へ駆けつけなければならない。
「待ってろよ…」
ようやく出会えた彼女は、水着姿で…もし、助けることができたなら、うん、今年は一緒に海に行こう。
そんな妄想を巡らせながら、冷静にタイミングを合わせる。
その指先は、師の意識も乗っているように滑らかに動いていた。
「──また誰かを助けてるのかい?」
彼女の吐息混じりの声が鼓膜を震わせる。
単調な電子音もざわめきも消え、彼女の声だけが鮮明に響いて浸透する。
ずっと探していた旋律に、ようやく触れることができた感覚。
隣には、あの時、焦がれた君がいた。
その再会は、あまりに突然で、吹き込まれた声に反応できない。
「ふーん、こういうのが良いんだ」
慌てて、首を振り否定する。
恥じることは何もしていないが、何故だか気まずい。
どうして、よりにもよって、このタイミングなのか。
平静を装い、返す。
「今日は、何か取りに来たのか?」
「…ううん、ずっと君を探してたんだ」
予想だにしない回答に耳を疑う。
…俺を探していた?
そうか、君もあの日以来、俺を探してくれていたんだ。
気恥ずかしさは消え去り、多幸感が脳内を支配して、彼女の口元に期待する。
すると、君は、当然のように俺の腕を掴み、前へと歩きだす。
思わずバランスを崩すほど強引に、だけど、優しい力で。
「行こう!」
その声が響いた瞬間、この世界は二人だけのものになった。
君となら、どこへだって行ける。
地の果てだとしても、どこでも着いていこう。
そんなことを考えているうちに、辿り着いた先は、大きなウサギのぬいぐるみの前。
「これ、取れる?」
…結局、俺はただのクレゲ要員だった。
星のように輝く瞳に肩を落としていたが、自分を納得させるしかなかった。
結局、俺は彼女にとって、ただの便利な道具でしかない。
そんな残酷な現実が胸を貫く。
設定は、やはり確率機ではあったが、一度操作してみると、前にお金を注ぎ込んだ人がいたのか、すでに上限に到達していた。
力の入ったアームは、ウサギのぬいぐるみをしっかりキャッチして、だらだらと獲得口へ運ぶ。
傍目に映る彼女は、驚いている。
「やっぱり、すごいね」
彼女にぎゅっと抱きしめられたぬいぐるみの顔が、勝ち誇ったような表情をしていて、非常に憎たらしい。
「まぁ、誰かがお金を注ぎ込んでくれたみたいだな」
「なんか悪いことしちゃったね」
「クレゲは、そういうもんだ」
確率に達したことを見抜く術もあるが、こればかりは仕方ない。
「他に何か欲しい物あるか?」
「ううん、私はもういいかな。それよりも君が取りたい物はないの?」
「いいのか?」
「もちろん!見てるだけで楽しいから」
そんなことを言われたのは初めてで、隣にいる誰かを意識しながらプレイするのも、これまでに経験したことのない環境だった。
自分でもわかるくらいアームの操作はぎこちない。
しばらくすると、
「喉乾いたねー」
彼女は、ぽつりと呟く。
「何か飲むか?」
「この前のリベンジする?」
思い出したかのように、不敵に笑う。
手にじっとり汗が滲んで震えてしまう。
ここで取れれば、きっと何かが変わる──。
ガコンッ!
自販機から取り出した缶ジュースを手渡す。
「…また取れなかったね」
「傷をえぐるのはやめてください」
「でも、一汗かいた後の一杯は効くねー!」
弾ける笑顔は、どんな光よりも眩しくて、目を逸らすことはできない。
「親父くさいな」
「なによー」
不満そうに膨れている。
「今更だけど、名前聞いてもいいか?」
「…
「天城枠太です。趣味はクレーンゲームです。」
「趣味はもう知ってるよ」
彼女が名前を名乗るのを一瞬躊躇った気がしたが、クスッと笑うその顔を見ていると、小さな気がかりも、どうでも良くなる。
「枠太君は学校、どこなの?」
「暮華高校」
「学校楽しい?私はほとんど、行ったことないけど」
伏し目がちな瞳に、彼女の陰を見た気がした。
「まぁ普通だな」
「君と一緒の学校だったらよかったのに。転校しちゃおうかなー」
ふざけて話すその声には、ほんの少し本音が混ざっていた。
「そんな簡単に転校できないだろ」
「だよねー」
冷たい風が二人の間を別つように吹いて、曇り空とアスファルトが湿った匂いを連れてくる。
「雨降りそうだし、帰ろっか」
彼女は空を見上げ寂しそうに言う。
「連絡先、教えてくれ!」
「…うん、いいよ」
スマホを取り出す。
細い指が画面を滑っていくのを、息を呑んで見つめてしまっている。
差し出された画面を読み取るだけなのに、手元がもたついて、横から覗き込む彼女の視線が、さらに狂わせる。
ようやく連絡先の交換を終えた。
夢のような瞬間なのに、スマホに映った自分の顔は、目を背けたいほど、にやけていて殴りたい。
「じゃあ、またね」
手を振って遠ざかる彼女を夢心地で見送る。
その笑顔は、ずるいくらいに愛らしい。
これからの日々が、鮮やかに色づいていく予感がした。
……そう、彼女の隣にあの男が歩み寄るまでは。
帰り際、彼女はスーツを着た少し年上の男性と待ち合わせをしていた。
ぬいぐるみを彼に預け、並んだ影は人混みに溶けていく。
不意に見える笑顔がとても羨ましい。
君にも彼氏がいた。
その現実に、胸が張り裂けそうで、ちぎれそうで、足元がふらつく。
世界から音が消えていった。
それでも、スマホに浮かぶ彼女の名前が、道を鮮やかに照らしてくれている。
黒い雲が空を覆い、雨粒がぽつぽつと落ち始める。
冷たい風を切って駆け出す。
右手のスマホを握りしめて。
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