第2話 愛の匂いに包まれて 女の子side


「これ、洗濯しといて」


無造作に手渡された青いユニフォーム。

大好きなあいつの匂いがする。


(こっそり持ち帰ろうかな。だって、もう使わないし。記念に取っておくタイプじゃないし)


受け取ったそれを、今日だけは、洗いたくなかった。

ちらり見遣ると、マネージャーと楽しそうに喋っている。

ユニフォームを握り締めて思った。


(引退試合で負けたのに、悔しくないの??めっちゃ幸せそう。好きって言えたら、変わってたのかな。私の方が、ずっとずっと近くにいたのに……)


言い訳したってしょうがない。でも、彼女なんて作らないと思ってた。

三年間、後輩、先輩、同級生問わずモテてたけど、全部断ってたから。


一年早く卒業する幼馴染は、彼女と同じ大学に進学する。

あいつの隣で笑う、高瀬たかせ先輩が羨ましい。

美人で、成績は学年トップ、おまけに運動神経も抜群で、性格まで良い。

敵う所が一つもないから、潔く諦めた。


でも、あいつのユニフォームだけは譲りたくなかった。

それで、一年前、洗濯係を願い出ると、先輩は、びっくりした顔で私を見つめて言った。


「えっ、全員分を洗いたい!?一人で!?うちの部、洗濯機が壊れてるから大変よ?手伝うわ」


「一人で大丈夫です」


 先輩の顔を見られなくて、俯いて言った。親切な言葉が煩わしく思えた。


(私って、性格悪いな……こんな邪魔しても、何の意味もないのに。先輩は、もっと近くで、あいつの匂いを知ってるのに)


 想像したら虚しくなって、その日の放課後、行き付けの美容院に連絡を入れずに行った。ちょうど空いていたから、すぐに切って貰えた。


(髪の長さが同じとか嫌だし)

 

 ばっさり切って、ショートカットにしたら、先輩は、「かわいい!深鈴みすずちゃん、ショートも似合うねえ」と笑顔で言ってくれたけど、あいつは顔をしかめた。


「何で切ったんだよ、俺、長い方が好なのに」


 すく一房ひとふさが無くなったせいか、頭をぐしゃぐしゃに撫でられた。


「ちょっと、止めてよ!」


 抗議の声を上げたら、「ボサボサじゃん!」と笑われた。


尚瑠輝なるきがしたんでしょ!」


 その日、髪を洗わなかった私は、きっと重症だ。


 バスケ部の引退試合が終わって、明日から受け取る匂いもない。

 最後のユニフォームは、学校じゃなくて自宅で、手洗いじゃなく洗濯機で、洗濯した。

 あいつの匂いを吹っ切る為に、お気に入りの柔軟剤を使った。

 

「はい、これ」


 翌朝、わざわざ登校前に自宅へ持って行ったのに、あいつは、顔をしかめて受け取った。

 それだけではなく、ユニフォームを鷲掴みにして鼻に近付けると、匂いを嗅いで、「くせえ」と呟いた。


「は!?柔軟剤の香りに文句があるの!?」


 思わず食って掛かった瞬間、あいつの匂いに包まれた。


「え!?」


抱き締められているのだと理解した時、柔らかな声が落ちてきた。


「柔軟剤なんかで消すなよ。おまえの匂いが、俺の明日だ。未来もずっと一緒にいてくれ。好きだよ」


 耳元で囁かれた四文字が、奇跡の言葉に思えた。



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たった四分の曲が、短編小説の一冊に思える かつおぶし @love1june6

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