三度目の正直

仁木一青

第1話

「いいが撮れたから楽しみにしとけよ」


 そう言ってきたのは、大学時代の先輩だった。

 今は廃墟探索系のYouTuberをやっている。


 今回のは少なくとも百万再生は確実だと自慢げに言った。とんでもない動画が撮れたらしい。


 題材は、九州の某廃村の探索。

 険しい山道を延々と登った先にあるその集落は、四十数年前に村人たちが一晩で姿を消し、残されたのは空っぽの家々だけになったという。

 理由は諸説あるらしいが、誰も確かなことは知らない。ネットでも噂止まりの存在だった。


 先輩の動画がアップされるのを待ち、すぐに再生した。

 夜の山道を歩く先輩たち。懐中電灯の光が揺れて、湿った草の匂いまで伝わってきそうな、臨場感のある映像だった。さすが先輩だ。よく撮れている。


 異変が起きたのは突然だった。


 画面が、真っ白になった。


 照明の不具合かと思ったが、それにしては光源がどこにもない。

 まるでモニターの向こう側から「こちら」に向かって、白い光をぶつけられているような感覚だった。


 音声もおかしい。

 最初はノイズ混じりの声が聞こえていたが、それがだんだん歪んでいった。

 水の中で誰かがしゃべっているようなくぐもった音に変わる。言葉になっていない。

 それでも、何かがしゃべっているのは分かった。聞いていて、胸が締めつけられるような感覚になる。


 目がくらみ耳が変になりそうで、動画の視聴をやめざるを得なかった。


 動画のアップロードに問題があったのかと思い、先輩に連絡すると意外そうな声が返ってきた。


「いや、普通に見れてるぞ」


 ところが、おかしいのは俺だけではなかった。

 動画のコメント欄には「画面がまぶしくて見えない」「音がぐちゃぐちゃに歪んでる」と、視聴不能を訴える声が大量についていた。

 結局、その廃村回はどうやってもまともに再生できず、お蔵入りになった。


 数日後、先輩からまた連絡があった。


「あれ、惜しいから漫画にしてくれないか? 村のお堂で見つけた物とかさ、記録に残しておきたいんだ」


 俺は趣味でホラー漫画を描いていたので、これまでも動画の出来事を短編としてまとめたことがある。

 編集前の動画データを送ってくれたが、やはりというべきか、肝心な部分は真っ白な光で塗りつぶされたようになっていた。


 探索時のメモと資料を送ってくれと言うと、先輩は「そんなものはない」と高らかに笑った。


「もう忘れたか? 俺は一度見たものは忘れない。全部頭に入ってるから、メモも資料もないぞ」


 そういえば大学時代から、授業で板書を取らないことで有名だったのを思い出した。


 「安心しろ。映ってないところは口で説明する。完璧にな」


 先輩の説明は豪語しただけあって、聞いているだけで引き込まれる面白さだった。詳細で確かにこれだけで漫画を作れる内容だった。


 完成した漫画をネットにアップすると、すぐに反応があった。


 しかしそれは感想ではなく、不具合を訴えるクレームだった。


「本当に漫画、公開されてる?」

「廃村に入ったあたりから真っ白なコマしかない」

「途中から何も見えなくなるんだけど? 作者はちゃんとチェックしろよ」

 そんなコメントばかりだった。


 当然、俺にはちゃんと読めている。

 だが、読者には廃村探索以降のページがすべて真っ白に見えていたということだ。


 先輩に会って仔細しさいを報告すると、彼はお手上げのポーズをした。


「こりゃ、もうどうにもならんかもしれんな!」


 無念そうに漫画の公開はあきらめると言った。


「映像がダメ、漫画もダメってなると、あとは何だ? 俺の冒険を表現する媒体は何がある? 演劇か? ああ、ラジオドラマって手もあるか。悩みどころだな」


 規定通りとはいかなかったが、一応ギャラは払ってくれた。だから、もうこの話は終わりだと俺は思った。


 ……なのに、どういうわけか、俺はその話を久しぶりに会った後輩にしてしまった。


 彼はWEBメディアで記事を書いていて、怪談系のコンテンツにもくわしい。


「じゃあ、今度は俺が記事にしてみますよ」

 後輩は挑戦的な笑みを見せた。


 その場で先輩にお伺いを立ててみた。


「記事? テキストメディアか……」


 電話口の向こうで、数秒の沈黙があった。

 映像畑出身の先輩にとって、文章という手段はすっかり抜け落ちていたらしい。


 重ねて頼むと、

「よし、許す! ただし、絶対おもしろい記事にしろよ」

 GOサインが出た。


 原稿のデータを取りに戻ろうとすると、後輩は「すぐに話してください」と言う。


「どうせ漫画にするときに全部覚えてしまったでしょ」と指摘された。そのとおりだったので、その場で話しはじめた。


 けれど、俺は妙な居心地の悪さを覚えていった。

 熱心にメモを取っている後輩はなんとも思わないようだが、俺にはまるで墓を暴いているような背徳感があった。


 声に出すたびに、あの廃村の静寂が蘇ってくる。先輩から聞いた話なのに、まるで自分がその場にいたかのような鮮明さで脳裏に浮かび上がる。


 そして、その静寂の奥から、何かがこちらを見ているような気配を感じるのだ。


「……あの村で見たものを本当に人に教えていいのかな」


 思わず気弱につぶやいた俺の言葉に、後輩は一瞬だけ考えこんだようだったが、結局軽く受け流した。


「大丈夫ですよ。動画や漫画と違って、文字なら問題ないでしょう」


 どこか釈然としないまま、俺は後輩に押し流されるように取材を終えた。


「三度目の正直ですね」


 後輩は取材メモを閉じながら、冗談めかしてそう言った。

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