匂いを描くという冒険 ― 嗅覚がひらく物語の扉

青月 日日

第1話 はじめに ― なぜ「匂い」なのか

 いつも通りChatGPTと作っています。ハルシネーション検証していません。フィクションです。エッセイ風なのでこのジャンルにしています。


本文


 物語というものは、昔から「見えるもの」と「聞こえるもの」に偏ってきた。目に浮かぶ風景、耳に残る台詞、あるいは視覚的なアクションや音のリズム。映像や音声と密接に結びついた物語表現において、それはある意味で当然のことなのかもしれない。


 だが、ふと立ち止まって考えると、人が現実に生きている日々はもっと雑多で、もっと曖昧で、もっと多層的な感覚に満ちている。とりわけ、ある一瞬の記憶を唐突に引き戻すのは、音や映像ではなく、なにげなく鼻に届いた「匂い」だったりする。土の匂い、洗いたてのシャツ、誰かの髪、焼けたパンの香り。そういったものが、言葉よりも先に、過去と現在をつなぐことがある。


 なぜ自分が「匂い」に注目したのか。

 それは、物語の中で最も描かれていない感覚だったからだ。

 未開拓というより、「描きづらい」領域。だからこそ、そこに挑む価値があると思った。


 私は50代で、職業はSE。日々は構造や再現性の中で動いている。プログラムを書くように、論理と手続きの積み重ねで問題を解決していく世界。その分、創作ではまったく反対のことをしてみたくなった。形にならないもの、数値化できないもの、うまく言葉にできないもの。そういうものを、自分の言葉で一度だけ形にしてみたい。そう思ったとき、匂いが浮かんだ。


 創作のきっかけは、週末に台所で立ったときだった。

 家族のためにとうもろこしを茹でながら、ふいに鼻の奥をくすぐる甘い香りに、目の前の景色が変わった気がした。それはどこか懐かしく、同時に現在の空間をまるごと包みこむような存在感をもっていた。食べ物がうまそうに感じる前に、香っていた。

 その「匂いから始まる物語」を描いてみたいと思った。


 そうして生まれたのが、詩的散文集『鼻をくすぐる』だ。

 とうもろこし、スタミナチャーハン、ステーキ、ホットケーキ──どれも特別ではない。だが、匂いに注目すると、それぞれの料理が放つ記憶や気配が違って見えてきた。誰かのために作る料理という行為が、どれほど匂いに満ちているかを描くことで、日常のなかにある物語の輪郭がぼんやりと立ち上がってくる気がした。


 もちろん、これは始まりに過ぎない。匂いを描くことは思った以上に難しかった。

 そもそも日本語は、視覚や聴覚の語彙に比べて、嗅覚にまつわる語彙が少ない。では、どう描くか。料理という題材を選んだことに意味があったのか。嗅覚を中心にすえることで物語の構造はどう変わるのか──その答えは、次章以降にゆだねたい。


 だが一つだけ確信していることがある。

 嗅覚は、物語の未来にとって、きっと「手つかずの鉱脈」だということだ。

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