研究者エリノア・フォーセット 双子月の謎に迫る

西しまこ

一章 結婚しない人生を選びます!

第1話 そろそろ結婚しようか

「エリノア。そろそろ結婚しようか」

「は? しないけど?」


 エリノアが眉間に皺を寄せながら答えると、フランツは照れたように言った。

「プロポーズなのに指輪がないの、怒っているの? 指輪は一緒に見に行こうと思ってたんだよ。好みがあるからさ」

「そうじゃなくて。あたし、結婚なんて、考えてない」

「え? だって。女の子は結婚するものだろう?」

 フランツは金色の髪を揺らしながら、不思議そうな顔で言う。

「どうして?」

 エリノアがそう言って首を傾けると、ハニーブラウンの髪がふわふわと揺れた。


「どうしてって。……そういうものじゃないか。エリノア、十八歳だろう? 十六歳になったらすぐに結婚する女の子も多いけど……エリノアが学園の後期課程も通いたいって言うから、俺、待っていてあげたんだよ?」

 フランツはにっこりと笑う。

「ちょっと待って!」

 強い口調で言いながら、エリノアは自分の手を握ろうとしたフランツの手を払った。


「エリノア?」

「フランツ。あたしたち、そもそもそういう仲じゃないでしょう? ただの幼なじみじゃない」

「でも、花祭りも星祭りも一緒に行ったじゃないか」

「う。それはそうね……でも」

「でも、じゃなくて。春の花祭りも秋の星祭りも、恋人同士で行くもので、ずっと一緒に行っているよ?」

「あれはだって。小さい頃は家族ぐるみで一緒に行っていて。……自然になんとなく二人になっただけじゃない?」

 エリノアは唇を尖らせ、フランツを見上げるようにした。


「俺はつきあっていると思っていたんだけど?」

「告白、されてない」

「そうか、ごめんね。告白を待っていたんだね。好きだよ、エリノア」

「いや、そうじゃない! ……あたし、フランツのことは好きだよ」

「うん。だから結婚しよう?」

「でもだから、そういう好きじゃないのよ」

「好きに種類なんてないよ」

「あるの! 花祭りも星祭りも、確かに一緒に行ったよ。でも、行ったけど、花祭りの花アクセサリー、もらってないし、星祭りの灯篭流しも一緒にしていないもん」

 どうだとばかりに言うエリノアに、フランツは涼し気な顔で答える。


「ああ、それはエリノアが要らないって言うから」

「男の人の魔力で花に色をつける花アクセサリーも、二人の魔力でつけた灯りをつけて流す灯篭流しも、恋人たちの行事だからやらなかったのよ! フランツとは幼なじみの友だちだけど、恋人じゃないって思っていたから」

「……そうなの?」

「そうなの!」

「じゃあ、今すぐ恋人同士になろうよ。だって、俺たち、仲良しじゃないか」

「それは友だちとしてで」

「それに、俺たちの両親も結婚すると思っているよ。俺、エリノアに早くプロポーズしろって、ずっと言われ続けていたんだよね」

「あー、うん。それはなんとなく、感じてはいた」



 この世界――千年続いたラグシア王国では、十代後半で結婚をするのが一般的である。

 貴族社会では家同士で結婚が決められることがほとんどだ。しかし、エリノアやフランツのような平民であっても、家同士の話し合いで結婚が決められてしまうこともとても多い。平均寿命は五十代後半で、早く子どもを持つことが王国の発展になると、推奨されているからだ。ゆえに、エリノアとフランツの両親が、年も近くて仲のいい二人と結婚させようと思っていたとしても、特別変なことではない。



(変、というより、普通の考えよね。それから、フランツもそう。あたしの卒業を待ってプロポーズしてくれたのは、むしろ、あたしのことを思いやってのことで、フランツの優しい人柄がよく分かるのよね)



 ラグシア王国には貴族が通う王立学園がある。十三歳から十五歳までを前期課程とし、十六歳から十八歳までを後期課程としている。貴族の子は学園に入るまでは家庭教師について勉強をしている。平民の子は、親やきょうだいに簡単な読み書きや計算を教えてもらうだけで、家事や家業を手伝っている場合が多く、平民用の学校は存在しない。

 しかし、活版印刷が発明され書物が出版されるようになった二百年前くらいから、書物を使って自力で勉強する平民が出てきた。そして、平民であっても優秀な成績で試験に合格すれば、特待生として王立学園で学べるようになったのだ。

 かくて、王立学園で学ぶことで仕事に幅が出来るという理由から、独学で王立学園に入学する平民が一定数出現した。エリノアはその一人だった。



(とは言え、もちろん数は多くない。それに、平民女子の数は絶対的に少ない)

 エリノアは溜め息をついた。

(王立学園に入学しても、貴族であっても、女子は前期課程を終えたら結婚する子がほとんど。だから、フランツが、後期課程まで学びたいというあたしを待っていてくれたのは、もしかしたら奇跡みたいなことかもしれない。だけど)


 エリノアはフランツを見た。

 フランツはエリノアの視線を感じると、実に善良そうな笑顔を見せた。


(ああもう! フランツがいい人なのは分かっているの! でも、「つきあおう」とか「結婚しよう」とか言われていないのに、「あたし、結婚はしないわ」って言うのは変じゃない? 外堀から埋められている感じはしていて、でも誰にもはっきり言われなくて断りようがなかったというか)


「エリノア、指輪を見に行こうよ」

 フランツは頬を染めてエリノアの手を取ろうとする。


(フランツが嫌な人ならよかったのに。――でも)

 エリノアは意を決して、フランツをまっすぐに見た。


「あたし、結婚する気、ないの。誰とも」

「じゃあ、どうやって生活する気なんだい? 俺、ちゃんと養ってあげられると思うよ?」

 フランツは不思議そうに首をかしげる。

「う」

 エリノアは答えに詰まった。


(分かってる。この世界では、女性が一人で生きて行くのはとても難しい)

(だけど、あたし、結婚しないって決めているの)



(エリノア・フォーセット。それが今のあたしの名前だ――でも、あたしには前世の記憶がある)

(あたしの意識はエリノア。前世の記憶を引き継いで今のあたしがあるわけじゃない。前世の記憶はまだらにしかない)



(だけど、前世での強い感情に引きずられている部分がある――)



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