闇を抱く白菊 —天命の盤—
アリスの鏡
序章 血色の凶報
一話 一振りの刃①
「お前の姉は嫁いだ先で、お役目も果たさずに死んだんですって」
「母上がそう仰っていたの。
「……う、うそだ」
唇が震えた。叫んだつもりだった。けれど、喉の奥から漏れたのは、自分にさえ聞こえぬほど小さな、しぼんだ音。
姉は、半月前に真っ赤な婚礼衣装を身にまとい、
立ち上がろうとした足が、床に縫い付けられたように動かない。指先が冷たく、血の気が引いていく。
「……嘘をつくな!」
「嘘ではないわ。まさか、自分の姉がどこに嫁がされたか、まだ知らなかったの?」
薄暗い部屋に響き渡る、からからと鈴を転がすような笑い声。
ぐらりと揺らいだ自分の体を支えるように、
「ただの宮女から生まれ、その母でさえもなくした公主なんて、敵国に贈られるのは当然のこと。野蛮な国でないだけ、感謝しなければ。まあ、残虐な王太子に嫁がされるなど、貧乏くじ極まりないけれど」
「お前たちは、わたくしたちとは違うの。牛や馬と同じよ。お前もあと十年経って、十六の頃になれば、きっとどこかに贈られるわ。姉と同じように」
「やめろ!」
叫びと同時に、体が勝手に動いた。気づけば、
思いきりぶつかったはずなのに、腕を振り上げておろしたはずなのに、姉妹たちはそれさえも高らかに笑い飛ばし、
起きあがろうとしたのに、足にも、腕にも力が入らない。ただ近くなったその床を見つめるだけ。牛や馬。その言葉が頭を駆け巡っていく。そんなものではないと叫べば良いのに、「違う」その一言がどうしても口にできない。
床から香る砂のにおいが、脳裏に、たった半月前の記憶を鮮明に蘇らせた。
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