闇を抱く白菊 —天命の盤—

アリスの鏡

序章 血色の凶報

一話 一振りの刃①

「お前の姉は嫁いだ先で、も果たさずに死んだんですって」


 玉蓮ぎょくれんの部屋に押しかけた腹違いの姉妹たちは、薄く笑いながら言った。


「母上がそう仰っていたの。玄済げんさい国の王妃様から、直接、文が届いたのよ。お前に一番に教えてあげようと思って」


「……う、うそだ」


 唇が震えた。叫んだつもりだった。けれど、喉の奥から漏れたのは、自分にさえ聞こえぬほど小さな、しぼんだ音。


 姉は、半月前に真っ赤な婚礼衣装を身にまとい、玄済げんさい国の王太子の元へと嫁いだはず。未来を約束された男の元へと嫁いだはずじゃないか。


 立ち上がろうとした足が、床に縫い付けられたように動かない。指先が冷たく、血の気が引いていく。


「……嘘をつくな!」


「嘘ではないわ。まさか、自分の姉がどこに嫁がされたか、まだ知らなかったの?」


 薄暗い部屋に響き渡る、からからと鈴を転がすような笑い声。


 ぐらりと揺らいだ自分の体を支えるように、玉蓮ぎょくれんはその冷たい石の床に手をついた。床から這い上がる冷気、壁の隙間から吹き込む風。姉と暮らしてきた日々と同様に、それらが体温を奪っていく。


「ただの宮女から生まれ、その母でさえもなくした公主なんて、敵国に贈られるのは当然のこと。野蛮な国でないだけ、感謝しなければ。まあ、残虐な王太子に嫁がされるなど、貧乏くじ極まりないけれど」


 玉蓮ぎょくれんのことを見下ろしながら、まるで石ころを蹴飛ばすように言葉を投げつける。


「お前たちは、わたくしたちとは違うの。牛や馬と同じよ。お前もあと十年経って、十六の頃になれば、きっとどこかに贈られるわ。姉と同じように」


「やめろ!」


 叫びと同時に、体が勝手に動いた。気づけば、玉蓮ぎょくれんは姉妹に向かって突進していた。


 思いきりぶつかったはずなのに、腕を振り上げておろしたはずなのに、姉妹たちはそれさえも高らかに笑い飛ばし、玉蓮ぎょくれんのことを容易たやすく弾き飛ばした。冷たい床に擦れて、ざらりと肌が焼かれるように熱を持つ。


 起きあがろうとしたのに、足にも、腕にも力が入らない。ただ近くなったその床を見つめるだけ。牛や馬。その言葉が頭を駆け巡っていく。そんなものではないと叫べば良いのに、「違う」その一言がどうしても口にできない。


 床から香る砂のにおいが、脳裏に、たった半月前の記憶を鮮明に蘇らせた。

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