原始的への応援コメント
どこを 原点 と定義するか、考えさせられました。
自分は、無 です。
そして無を観測しようとする所作、知を愛し(てしまっ)た結果としての白紙が
シンプル で、
そこに 絵の具 を塗っ(てしまっ)たのが
シンプルを超越したナニカ かなぁ。
自分の中では、言葉は既にシンプルを超越したナニカ、に相当かもでした。
言葉も紙とインク、光の動き、或いは空気の振動にしかすぎず、人間は その 無 を 無意識かつ律動的に観測てしまっている。
やはり、原点は 無 ですかねぇ。
あくまで個人の感想です(^^;;
作者からの返信
μεράκι(めらき)さん。コメントありがとうございます。
なるほど、「原点」を考えるならば「無」であり「渾沌」であり、人によっては「神」かもしれませんね。
私の考察としては、人間の活動基準として「ゼロ」以外の何かを求めるとすれば、「言葉」が最小単位かな、と考えた次第です。その外を基準にするよりは、もっとも人間らしい特長だと思いますので。
おっしゃる段階のイメージ、とてもよく分かります。
原始的への応援コメント
うーん……今回は、私としてはラストに少し賛同しかねます。
言葉というのは「生まれたときからなじみのもの」というよりは、生まれた後で修得していくものなのではないか……? と、しこりのように胸に残ってしまいました。
私なら、「言葉」よりも「身体」とかせめて「声」にするでしょうか。
考え方は、人それぞれだと思いますが。
たまにはこうして考えを交換してみるのも良いかなと思い書かせていただきました。
作者からの返信
藤堂こゆさん。コメントありがとうございます。
異なる意見も大歓迎です。私としては、自分が追い詰められたとき、最後に頼れるものは何か、について考えたつもりです。つまり「無人島アイテム」の話なので、いろんな意見があって当然だと思います。
「身体」はきっと加齢とともに頼りにならなくなるでしょう。「声」という答えは予想外でハッとさせられました。
原始的への応援コメント
シンプルで強力が故に、
翻弄されてしまうことも多いのですよねー w
書き手としては、踊らされるよりも
踊らせたい限りなのですが。
作者からの返信
Ashさん。いつもありがとうございます。
チャップリンのように、道化に徹するのも一つの生き方として、カッコイイですね。