赤い頬は 夏の暑さのせい
餅月 響子
ラムネと花火
ひぐらしが鳴いていた。首元に汗がしたたり落ちてくる。ハンカチも持っていない俺は手で汗をよけた。駐輪場にとめていた自転車のサドルが暑かった。今日も猛暑日。着ていた制服も汗臭くなっていないか気になった。
もうすぐ神社でお祭りが始まる。
今日、夏休みの学校で部活に参加していた時、同じ部活の先輩に声をかけられた。
「なぁ、一緒にお祭り行かねぇか?」
「えー、こういうときって彼女と行くんじゃないですか。先輩」
「いたら、お前を誘っていないだろ」
頭の防具を外して小手の上に置く。手ぬぐいで汗をぬぐった。エアコンの無い道場での剣道はサウナより暑い。
「そ、それはそうっすね。たまたま、俺も彼女いないですけどね。でも先輩とは……」
「俺は不満ってことか」
「い、いやいや。ただ、予定があって、お祭りに行けないってことっす」
「ほー。俺の誘いを断るとはねぇ」
「先輩、ガキ大将みたいっすよ」
「いやいや。まぁ、可愛い後輩だ。見逃してやるよ」
「へへへ……しかしまぁ、暑い」
俺は、防具をすべて防具入れ袋に入れた。高校の更衣室の棚に綺麗に並べた。中学の時はこれをいつも持ち歩きしていたが、さすがに高校では保管してくれて助かっていた。
「それじゃ、お先に失礼します」
「お、おう……」
本当はお祭りに行く予定だった。一緒に行くのが彼女だったら嬉しかったが、近所に住む従姉弟のお世話をしてほしいと叔母から頼まれていた。お盆の小遣いをたっぷりくれるという話だったから、断りにくかった。アルバイトだと思ってすぐに返事をした。
「ゆうにいぃ!! 行こう行こう!!」
小学3年生の従弟の
「はいはいはい。外だから、人に迷惑かけるんじゃないぞぉ」
「ゆうにぃもなぁ!」
「何をぉ~」
「私、唯織と一緒に歩きたくない」
小学6年の従妹の
「まぁまぁ。姉弟なんだから、仲良くな。ほら、行くぞ」
「ゆうにぃも大変だね。こんな小学生相手しなくちゃいけないから」
「いやぁ、まぁ、それは、朱稀も含めてってことだよね」
「…………」
「ゆうにぃ。俺、射的したい! 射的! あと、お面も欲しい。それと……」
お祭り会場の駐輪場にようやく着いて、押してきた自転車を止めた。2人は俺の部活が終わるのを見計らって高校の校門前で待っていた。まぁ、夏休みだから誰にも何も言われないからセーフだろう。周りからの目も気になるところだ。
唯織にぐいぐいと腕を引っ張られた。
「わかった。わかった。朱稀も一緒に着いてきて。混んでるから」
「ゆうにぃの隣なら我慢できる」
朱稀はつつつっと俺の隣に移動して、唯織から離れた。唯織は変な歌をうたいながら、テンション高めに歩く。俺は、何だか歩く人皆に注目されて恥ずかしくなる。やめろと声をかけても元気が良すぎる。半ば、諦めた。
「……のど、乾いたなぁ。飲み物買っていい?」
「あ、俺も!」
「私も飲みたい」
通りかかったテントのお店には、たこ焼きと水と氷がたっぷり入ったボックスの中にペットボトルが入っていた。奥の方にはラムネもあった。
「あ、いいもの、発見!」
俺は、咄嗟に奥にあったラムネを取り出した。氷水で腕が冷えて、びしょ濡れた。
「あらあら、行ってくれれば取るのにぃ。それは、120円ね」
店員が俺がとったラムネを拾って、白いタオルで水分をふき取った。ついでに俺の腕も拭いてくれた。優しい人だ。
「唯織と朱稀は?」
「私は、コーラがいい」
「俺は、オレンジで」
「んじゃ、それぞれ1本ずつで」
「はい。ありがとうねぇ。3本で360円ね」
「500円で」
「おつりは140円ね。毎度あり~」
店員のおばちゃんは笑顔で対応していた。俺は、ラムネの蓋を開けようとする。
「あれ、これ、瓶じゃないんだ。ビー玉はあるけど……」
「え、マジで。それ、ビー玉あるの? 俺もそれにすればよかった!!」
「知らないの。飲んだことないのか?」
「唯織は無知だからね」
ボソッと朱稀はつぶやいた。唯織はその言葉にムカッとしていた。
俺は、少し前にラムネの瓶で飲んでいた。それを開ける時、少しだけドキドキする。今はペットボトル仕様になっていて、音が静かだ。瓶との違うのはビー玉を取り出せるか取り出せないか。無理やり取り出そうとして、必死になった記憶がある。今は、蓋をぐるぐるまわせば楽に出せる。便利になったものだ。
「久々に飲んだけど、うまいなぁ!」
「えー、いいなぁ。ビー玉欲しかったぁ」
「洗わないとなぁ。家帰ってからならいいぞ」
「やったぁ」
「ラムネって美味しいの?」
「あ、ああ。コーラほど、甘くないけどな。飲んでみる?」
俺は、軽い気持ちで言った。でも朱稀にとっては結構重い話だったようで、だんだんと頬が赤くなるのが見えた。何か悪いこと言ったかな。女子の気持ちは未だわからないものだ。
「え、うん。飲む! ……美味しいね」
「だろ? コーラもうまいけどな」
「ゆうにぃ!! ほら、やるよぉー」
一足先に射的コーナーに移動する唯織がいた。俺は慌ててラムネを飲み干した。
「今行くって! 全く、せわしないなぁ」
俺は、なんだかんだ言いつつ、3人でお祭りを夢中になって楽しんでいた。高校生になって小学生と遊んでいるのを同級生に見られたらどうしようとヒヤヒヤした。
朱稀の隣で片手にりんご飴を持って、水ヨーヨーをしていると
「あれ。
クラスメイトの女子である
「あ……どうも」
お互い学校とは違う姿を見せていて、緊張している。
「もしかして、彼女?」
少し大人っぽく見えた朱稀が彼女と勘違いしたらしい。俺は慌てて手を振って否定した。
「違うよ。従妹だって。彼女じゃないから」
頬を赤くして答える。なぜか朱稀は少し不機嫌そうな顔をしていた。
「えー、可愛いから。彼女にしてもいいじゃない」
会話したことのない鈴菜が言う。
「……そ、そうだよぉ」
少し不満そうな顔の瑠璃が言った。
「ねぇ、あっち行こうよ」
男子が苦手な星那は別な店の方を指さして言った。
「あ……」
「優唯、じゃあね。また」
「う、うん。また」
瑠璃は少し頬を赤くしていた。きっと夏の暑さがそうさせているんだ。俺も、鏡になったみたいに両頬を赤くする。夜空には大きな打ち上げ花火が上がった。
「ゆうにぃ。花火、見に行こう」
「あ、ああ」
「ゆうにぃ。何か、違う人みたいだったぞ!」
「当たり前だろ。学校の友達なんだから」
「へぇ……」
俺は、2人とともに少しもやっとした気持ちで打ち上げ花火会場へと向かった。
この花火が好きな人と見れたらいいのにと感じるくらい綺麗だった。
赤い頬は 夏の暑さのせい 餅月 響子 @mochippachi
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