第5話

「……相原くんって、やっぱり変わったよね」


 その声を聞いた瞬間、心がざわついた。


 ――懐かしい声。けれど、ここ最近は距離を置いていた。


 放課後の図書室。

 静寂の中で本棚を眺めていた俺に、後ろからそう声をかけてきたのは――


 綾瀬あやせこはる。


 黒髪の外ハネボブ。制服の上にカーディガン。

 女子誌の読モをやっている、うちの学校の有名人。

 だけど俺にとっては、それ以前に“幼なじみ”だった。


「……久しぶりだな」


 俺がそう返すと、こはるは少しだけ眉を下げて笑った。


「そうだね。中学のときは、もっとよく喋ってたのにね」


「……あれは、いろいろあって」


「うん。私が勝手に距離取ったの、分かってる。ごめんね」


 突然だった。


 急にクラスで人気者になって、ファッション誌に載り始めて。

 それ以来、彼女は俺を避けるようになっていた。

 理由も言わずに。


「でもさ、私、ずっと見てたんだよ? 相原くんのこと」


「……見てた?」


「朝一番に来て黒板消してたのも、

 クラスのプリントを整理してたのも、

 教室の隅で、黙って図書室の本読んでたのも。

 全部、知ってた」


 ――ああ。やっぱり、この子は。


「他の子が“理想の彼氏”って騒ぎ始めるずっと前から、

 私は相原くんのこと、気づいてたよ」


 


 俺は、返す言葉を失った。


 


「だからさ」


 こはるはすっと俺の手に、何かを握らせた。


「……文化祭の衣装合わせ、手伝ってくれない?モデル代表で。

 “理想の彼氏”って言われてる相原くんにピッタリの衣装、考えてあるから」


「……え?」


「どうせ断れないでしょ? ………昔から、そうだったもんね。

 人のお願い、絶対断らない」


 笑って言うこはるは、どこか寂しげだった。

 まるで、“ずっと言いたかったことを、ようやく言えた”みたいに。


「ちょっとだけ、私にも……参加させてよ。

 この“モテ期騒動”に」


 そう言って、こはるは図書室から軽やかに去っていった。


 残された俺の手の中には――

 彼女の書いた、衣装プランのメモと、スケッチブック。


 表紙には、こう書かれていた。


『理想の彼氏』のファッションコーデ案

 監修:綾瀬こはる(元・幼なじみ)


 


 ……また、面倒なことになりそうだ。


 けれど――


 その胸の奥が、ほんの少しだけ、温かくなっていた。

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