第3話

「――相原くん。少し、話がしたいの」


 次の日の昼休み。

 食堂にも行かず、教室でおにぎりを食べていた俺の前に、彼女は現れた。


 制服の着こなしもきっちり、表情ひとつ崩さず、まっすぐ俺を見つめてくる。


 一之瀬澪いちのせみお

 生徒会長にして、学年トップの才女。

 口数は少ないが、鋭い眼差しと立ち振る舞いに威圧感すらある――俺が苦手とするタイプだった。


「えっと……俺に、何か?」


 箸を持ったまま、思わず姿勢を正す。

 なんか怒られるような気がしてならない。


「単刀直入に言うけど……あなた、今“注目されすぎ”てるわ」


「は、はあ……」


「宮園さんと、仲がいいのね」


「いや、それは……向こうが勝手に……」


「ふぅん」


 一ノ瀬は長い黒髪を一度かきあげると、こちらに身を寄せてきた。


 思わずのけぞる俺。

 彼女の顔が近い。近すぎる。


「……相原くん。あなた、“誰にも流されない人”よね」


「えっ?」


「だから、今の騒ぎにも振り回されずにいる。

 ……私、そういう人を尊敬するの」


 まるで評価シートでも読んでるかのような冷静な口調なのに、なぜか少しだけ照れているようにも見えた。


「今度の生徒会の活動に、あなたを推薦したいと思ってるの。

 少し、お手伝いしてくれない?」


「え、えっと……俺なんかが?」


「“あなたなんか”じゃないわ。“あなただから”頼むのよ」


 真っ直ぐな言葉に、思わず言葉を失った。


 俺の返事を待たずに、彼女はくるりと背を向けて歩き出す。


「詳細は、放課後に会議室で。来てくれると、信じてるわ」


 まるで答えを言い渡すように、静かにそう言って去っていった。


 ……何だ今のは。

 勧誘?任命?それとも……ただの好意?


 わからない。ただ――


「相原くんって、もしかして、すっごいモテる人……?」


 朱莉が隣で、ぽそっと呟いた。


 その目が、少しだけ拗ねていた気がした。


 


 放課後。生徒会室。

 ドアをノックすると、すぐに中から「どうぞ」と声が返る。


 中には一之瀬が一人、机に向かって書類を整理していた。


「……来てくれたのね。ありがとう」


 彼女は手を止めて、俺に正対する。


「今日お願いしたいのは、文化祭での設備調査。

 でも――本音を言うと、それだけじゃない」


「……?」


「あなたに、興味があるの」


 唐突すぎる言葉に、思考が止まった。


「騒がれてる理由、少し分かった気がする。

 あなた、言葉は少ないけれど……人のこと、ちゃんと見てるのね」


「そんなこと、ないよ」


「あるわ。

 ……たとえば、私が今日、少しだけ迷っていたってことも。

 あなたは気づいた。誰も気づかなかったのに」


 たしかに、彼女は今日一日、ずっとペンをくるくると回していた。

 眉間にシワを寄せながら、誰かに声をかけるでもなく。


 俺はただ、「何か悩んでるのかな」と思って見ていただけだったけど。


「やっぱり、あなたって――」


 一之瀬が、ほんのわずかに微笑んだ。


「理想の彼氏、かもしれないわね」


 


 その瞬間、ドアが開いた。


「――ちょっと! それ、どういうこと!?」


 そこに立っていたのは、ギャル代表・朱莉だった。


 俺の平穏な日常は、すでに“非日常”へと突入していた。

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