第1話-5.太陽のパス

「ねぇあおい、私、女子だけでラグビー部、作りたいんだ」



「……は?」

あおいの思考が、一瞬停止する。

ラグビー。日本でワールドカップをやった時に、父からルールを教えてもらいながらテレビで見たことがある。何となく面白かったのは、おそらくその試合で日本が勝ったからだ。ただ、15人が密集してボールを奪い合う、コンタクトスポーツの中でも特に過酷な競技であることぐらいはわかる。

それを、女子が? この、サッカー部すら作れなかった学校で?


「待って。本気で言ってるの?」

レイナは、あおいの困惑などお構いなしに言葉を続ける。その声には、確かな熱がこもっていた。


「ラグビー。ガチで。この清陵学園で。女子だけで。オーストラリアではね、女子ラグビーって普通なんだよ。私もやってたの。スクラムハーフとかウイングとか、ポジションもいろいろあってさ。マジで、最高に楽しかった」

彼女は、本当に楽しかった記憶を反芻するように、一瞬だけ目を細めた。


「日本でも、できるって信じてる。だから、この学校で、始めたいの」

ようやく、あおいは言葉を絞り出した。


「……正気? バスケだって、ぶつかればアザだらけになるのに。ラグビーなんて、比べ物にならないでしょ。そもそも、どうやって人を集めるの。教えてくれる先生は?」

矢継ぎ早に現実的な疑問をぶつけるあおいに、レイナは嬉しそうに笑った。


「確かにバスケよりハードかも、接触プレーばかりだし。でも、それだけじゃない。大丈夫、あおいなら絶対ハマるって」


「いやいやいやいやいや……ちょっと待ってよ」

あおいの混乱をよそに、レイナは続ける。


「一人目になってよ、あおい」

その笑顔は、あの頃の、日焼けした顔でセミを追いかけていた頃の彼女と、少しも変わっていなかった。

ただ、その瞳の奥に宿る光だけが、あおいの知らない、強くて、熱いものに変わっていた。


その夜、あおいは自室のベッドに倒れ込み、スマホの画面を何となしに眺めてた。レイナの誘い文句が、耳の奥で何度も再生される。

「女子ラグビー部、作りたいんだ」

その言葉の熱が、彼女の心を掴んで離さない。きっと痛いだろうし、何より怖いだろう。泥と汗にまみれるなんて、考えたこともなかった。

第一、部活などそう簡単に作れるものではない。頭では分かっているのに、あの太陽みたいな笑顔と、瞳の奥に宿る揺るぎない光が、あおいの理性を焼き尽くそうとしていた。



翌日、あおいはまるで何かに導かれるように、放課後の校舎裏へと足を運んでいた。忘れられたような芝生の空き地。その入り口の木陰からそっと中を覗くと、1人でボールを高く蹴り上げ、それをジャンピングキャッチするレイナの姿があった。


――レイナ、本気なんだ。

あおいの目に映るレイナの、無邪気にボールを追いかける表情は、全く屈託のない、純粋に楽しむそれだった。


帰り道、並んで歩く影が長く伸びる中、あおいはふと、ずっと気になっていたことを聞いてみた。

「ねえ。なんで私?ラグビー部の一人目。経験があるわけでもないのに」

レイナは少し考えてから、夕焼けに照らされた頬を隠すように、照れたように言った。


「それは、あおいが、あおいだからだよ。」


「え……?」


「覚えてる? クラス対抗のミニバス大会。あおい、男子をごぼう抜きにして、シュート決めたじゃん。あのとき、“絶対に負けたくない”って顔してたの、すっごく印象的だったんだよね」

レイナの言葉に、体育館の熱気と床が軋む音が、鮮やかに蘇る。


そうだ。相手は、隣のクラスで一番背の高い男子だった。何度仕掛けても、体でブロックされてボールを奪われる。悔しくて、泣きそうだった。周りからは「もう無理だよ」という声も聞こえた。でも、ここで諦めるのだけは絶対に嫌だった。

最後のワンプレー。

フェイクで相手の重心をずらし、必死で体をねじ込んで抜き去った。ゴールネットが揺れる音と、体育館に響く歓声。

そうだ、あおいはいつだってそうだった。できないことがあると、悔しくてたまらなくなる。できるようになるまで、何度でも立ち向かわないと気が済まない。バスケの楽しさを見失いかけていた自分の中にも、この「負けず嫌い」な魂だけは、まだ燻っていたんだ。


――まさか、そんな大昔のことを、レイナがずっと覚えていてくれたなんて。

「だから、また一緒に走りたかったんだ。今のあおいと」

その言葉が、あおいの心の真ん中に、すとんと落ちた。


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