プロローグ 交わらない世界で(柚木あおい)

※人物紹介のプロローグなので、あとから読んでもOKです。



1.柚木あおい

(6月,高山南中3年)



「あおいッ」

キャプテンから、最後の希望を託すパスを受け取る。(残り6.0秒)


1点ビハインド。負ければ引退。


体育館の天井から降り注ぐ白い光が、汗で濡れた床を照らし、無数の光の粒となって乱反射している。


柚月あおいは、眼前に立ちはだかる、一枚の巨大な壁を睨む。


それは、絶望的なほど広く、高く、そびえ立ち、その瞳は、相手の全ての動きを読み解こうと輝いている。


体育館の全ての音が、遠い世界の出来事のように遠ざかっていく。

仲間たちの悲鳴にも似た声援も、監督の怒号も、ベンチの祈りも、もう何も聞こえない。


しんと静まり返った世界で、聞こえるのは、自分の心臓が警告のように打ち鳴らすドラムの音と、相手の、獲物を狙う獣のような静かな呼吸だけ。


――どうする。いや、私が決める。

――絶対に、通さない。


火花のようにぶつかり合う二つの意志。


永遠に続くような静寂。(残り4.8秒)

その瞬間は、唐突に訪れた。


あおいがボールを胸に抱え込み、重心を低く沈める。(残り3.2秒)

ドンッ!

バッシュが床をこする音ではなく、コート自体が沈むかのような、重い踏み込み。


あおいの全身が、左へと突き進むための一本の槍と化した。


肩、視線、ボールの保持位置、その全てが完璧に「左」を指し示している。


相手の脳裏に、一瞬の火花が散った。(残り2.5秒)


――フェイクか? マジか…どっちだ?!


鉄壁のディフェンスに生じた、ほんの僅かな迷い。


そのコンマ数秒の揺らぎこそ、あおいが待ち望んでいた、こじ開けるべき亀裂。


――今だッ!


左足に溜め込んだ全てのエネルギーを、右足への推進力に変換する。


偽りの左から、真実の右へ。


ディフェンスの重心の逆を突く、完璧なタイミングのクロスオーバー。

(残り2.0秒)


――よし、抜けた!


常人ならば完全に出し抜かれているタイミング。


しかし相手の壁は、傾きかけた体を、鍛え抜かれた体幹と勝利への執念で強引に引き戻し、獣のような本能で床を蹴る。(残り1.7秒)


ユーロステップで宙を舞ったあおいの身体が、ゴールへと最後の軌道を描く。(残り1.2秒)


――届け…!


あおいの指先から、ボールがふわりと放たれる。


勝利への、最後の祈りを乗せて。

(残り0.8秒)


――逃がすかッ!



――

そして、体育館全体を揺るがすように、試合終了を告げるブザーが鳴り響く———







Instagram投稿①

chiiiina₋0415

3年間部活お疲れ!(ウチ関係ないけど)マジ最高の仲間!これからは受験勉強(ダルい…)

#打ち上げ #カラオケ

♡ 115  6月28日

――薄暗いカラオケボックスの中。

ミラーボールの光が乱反射する中、少女たちがマイクを片手に弾けるような笑顔でポーズを決めている。

テーブルの上には、空になったポテトの皿と、色とりどりのドリンクが並んでいる。

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