第3話 祖父が泣いた日

 高校三年の冬、僕は第一志望の地元の国立大学に合格した。その時の両親の反応は、高校受験の時と変わらず、「よかったね」の一言だけだった。両親の声はどこか他人事のように聞こえた。喜びを感じているのか、そうでないのか、僕には分からなかった。ただ僕も、この時にはすでに、両親には過度な期待をしていなかったので、特に嫌な気持ちになることもなかった。


 祖父母に電話すると、二人とも涙を流して喜んでくれた。


「さすがはわしの孫だ。お前はわしの自慢の孫だ!」


 祖父は、まるで自分のことのように、何度もそう言って喜んでくれた。祖父母は、この喜びを誰かに伝えたくて仕方がなかったのだろう。親戚中に僕の合格を自慢して回っていたことを、後から聞いた。


 もしかしたら、両親は、僕が一人で生きていける、自立した人間になることを望んでいたのかもしれない。でも、祖父母は、僕が幸せになること、そして、それを心から喜んでくれる存在だったのだと思う。



 大学では、今まで通り勉強もそこそこに頑張りつつ、いわゆる飲みサークル的なサークルにも入り、遊び回ってもいた。夜中に友達と車で走り回ったり、酔いつぶれて家に帰るなど、祖父母にはたくさん心配をかけたものだ。


 大学卒業後はそのまま大学院へ進み、そして僕は東京のそこそこ有名な企業へ就職した。


 就職が決まり、上京することが決まった時、祖父母は心から喜んでくれたが、同時に遠く離れて暮らすことを心配していた。


「辛いことがあったら、いつでも帰っておいで」


 祖母はそう言って、僕を抱きしめてくれた。祖父は何も言わず、ただ黙って僕の肩を叩いた。

 当時は、『もう二十歳を越えたいい大人なのに、いつまでも子供扱いして』、と思ったりもしたが、一方で、祖母の優しい言葉と、背中を押してくれたのであろう祖父の、その温かい手の感触が、僕にはとても大事な宝物のように感じられてもいた。



 社会人になり、初めての一人暮らしに戸惑いつつも、就職して初めてもらった給料で、僕は祖父に服を、祖母には財布を買って送った。祖母からは、何度も何度も「ありがとう」という電話がかかってきた。祖父は、恥ずかしそうにしながらも、その服を着て近所を散歩していると聞いた。


 社会人になって数年後、僕は祖父母を東京へ招いた。東京タワーや浅草など、ベタな観光地を案内した。人混みを慣れない足取りで歩く祖父母の姿を見て、どこか申し訳ない気持ちになったが、二人はとても楽しそうだった。


「こんなところで暮らしてるなんて、お前も立派になったな」


 祖父は、少し気恥ずかしそうにしながらも、誇らしげにそう言った。その言葉が、今でも僕の心に残っている。


 それから何年かして、僕は妻と結婚した。祖父母は、誰よりも喜んでくれた。


 結婚式の日、祖父は泣きながら祝い金を差し出してくれた。


「少なくてすまない……」


 そう言って、祖父は泣きながら頭を下げた。その時の祖父の悔しそうな顔を、僕は今でも鮮明に覚えている。実は、僕が父方の祖父からかなり多めの祝い金をもらっていたことを、この祖父は知っていたのだ。僕を育ててくれた母方の祖父は、父方の祖父と比較して、少ない祝い金しか準備できなかったことを申し訳なく思っていたのだろう。


 そんなこと、気にする必要なんてないのに……。


 母方の祖父が僕を育てるために、退職後もずっと貯金を切り崩してくれていたことを、僕は知っているのだから。

 その時の祖父の顔を思い出すと、今でも胸が締め付けられる。


 結婚して二年後、息子が生まれた。祖父母は、小さな命を抱くのが怖いのか、こわごわと息子を抱っこしてくれた。その姿を見て、僕はふと、小学生の時に祖母に言った言葉を思い出していた。


「僕に子どもができたら、僕みたいにおじいさん、おばあさんに預けるから、それまでは死んだらあかんよ!」


 祖母は、僕の言葉を覚えていてくれただろうか。

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