第4話 ドレスと現代ダンジョンと
東京からロサンゼルスを経由し数時間。砂漠の中にぽっかりと浮かぶようなその街に降り立ち、ボクは飛行機の座席で丸まった背をぐぐっと伸ばした。
「わあ……でっか!」
日本と比べると海外の建物はなんでも大きいものだけど、さすがはエンターテイメントの聖地ラスベガス。スケールが違う。それに控えめに言って、世界観がバグってる。巨大なスフィンクスにエッフェル塔、某映画で見たことある大噴水、古代ローマの宮殿──まるで世界中の有名建造物がここに転移してきたみたいな有様だった。
「ホテルの上にジェットコースターまである。すごいや」
でもそのめちゃくちゃさに、秋用カーディガンの下でボクの心が沸き立った。それぞれが主張し合うように天へと伸びた、豪華ホテルの数々。そのすべてが「遊んでいってよ!」って手招きしているみたいに見える。このために鬼スケジュールをこなしてきた身としては、久々の自由を目の前にしてワクワクが抑えられないってものだよね。
(お仕事をしても自由時間があるようにセッティングしたんだし。楽しもうっと!)
「んー、ちょうどいい気温ね。夜はかなり冷え込むけどユノちゃん、準備はばっちり?」
「もっちろん。でも現地っぽい服も欲しいなって。あとで買いにいかない?」
「行く行くぅ♡ でもまずはホテルに荷物置きにいきましょ」
いつもの仕事服よりも派手目なシャツの腰をくねらせ、マネージャーがトランクを引っ張っていく。ボクの分は逞しい小脇に抱えられていた。タクシーが並ぶロータリーへ向かおうとしたところで、ボクたちの元へ静かに白塗りのリムジンが寄ってくる。
「ようこそお二人サン、歓喜と誘惑の街ラスベガスへ!」
「ベケットさん!」
スモークガラスの窓から顔を覗かせたのは、ベケット氏だった。同時に後方に停車したもう一台から白スーツの男たちが音もなく出てきて、ボクらに一礼してから荷物を速やかにトランクへ積み込みはじめる。
ツヤツヤのドアの奥に広がる後部座席へ乗り込むと、マネージャーが黄色い声を上げた。
「ありがとうございますぅ♡ わざわざお迎えにいらしてくださるなんて、恐縮ですわ」
「アッハ、待ちきれなくって!」
「このまま撮影ですか? ボクなら大丈夫です」
ボクの申し出を、ベケット氏はオイルで固めたプラチナブロンド頭を振って否定する。続いて日本人より幅広な顎が動いて、ニッといたずらっぽい笑みを浮かべた。
「まさか、まさかきのタネ!
そのクセのある日本語、ベガスでも貫く感じなんだね。ボクとしては英語での会話も楽しみにしていたけど、日本語勉強中の人なら
「ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えて」
「夜までは自由に街を楽しんでくだサイ。ホテルでくつろぐもヨシ、ショッピングもヨシ。必要なら、ガイドやボディガードも手配できマスよ」
なんだかハリウッド俳優みたいな待遇だ。でも堅苦しいのはイヤだなと思った瞬間には、もうマネージャーがソツなく断ってくれていた。さすがしごできマネ。
そうこうしている間に、リムジンは見上げるような高さのあるホテルの前に停まった。元いた世界のドラゴンよりでかい。夢があるのかないのかわかんない例えだけど。いやそれよりこれ、よくガイドブックの表紙を飾ってるホテルじゃ!?
「申し訳ナイロン袋なのデスが、私これからチョーットだけ仕事の予定ありまして。フロントにこれを渡して、部屋に荷物を運んでもらってくだサイ」
ベケット氏がマネージャーに渡したのは、一枚の名刺。さすがはトガったクリエイター、なんと隅には本物らしい白い羽毛──しかも金粉がまぶされている──が接着されていてフワフワしている。そういえば四天王のヤツらの中にはひとりド真面目サラリーマンがいるけど、アイツならきっとしかめ面をするだろうなと考えてしまって、ボクはひとり笑いを堪えた。
「承知しましたわ。先ほどのお言葉から、夜はこちらに戻っていたほうがよろしいのですね?」
「さすがデス、オマネサン。そうですね、二十時には一階のラウンジへ来てもらえマスか? もちろん、とびきりドレスアップして──ね」
「まあ! それって、もしかして」
期待した声を上げるマネージャーにうなずき、ベケット氏はボクを見た。薄灰色の瞳がキラリと輝く。
「もちろん、この街で体験するべきモノのひとつデスよ」
*
カジノ──それは大人のテーマパークだ。テーブルやスロットの中を血流のように巡る、チップやコイン。それらに運命を託せば、日頃大事にしている節度なんてものはあっという間にぶっ飛んでしまう。今からボクが挑もうとしているのはまさに、そんな危険極まる現代のダンジョンだ。
とかなんとか言ってみたけど、それは映画用に脚色されてるハナシ。実際にはカジノはしっかりとした法と秩序に守られていて、観光客が安心して過ごせる空間になってる。ホテルによってはカジュアルな装いで入店することもできるし、ぶっとい葉巻を咥えていない一般家庭のお父さんたちだって楽しく賭け事に興じている場なんだ。
けど、ボクが乗り込む先は少し違っていたりする。
「きゃーっ、ユノちゃん素敵! どう見てもスーパーセレブだわ」
「あはっ、ありがと」
色白の肩が目を惹く、オフショルダーのイブニングドレス。もちろんカラーはレッドだけど、場所に合わせてちょっとクラシックなボルドー寄りだ。高級なサテン生地の後ろを長く流したハイローのフリル裾に、シャンデリアの光をキラキラ反射するビジューがさりげなく並ぶ。自慢のストロベリーレッドの髪は片側を編み込みつつ、ゆるく巻いて華奢な肩へとたっぷり流しておいた。
「アタシはどお?」
「うん、えーと……強そう」
「ありがとぉ♡」
ちなみにマネージャーの『海外セレブロックオン!攻めコーデ』は解説要素が多すぎるから割愛するね。とりあえず言えるのは、この人が近くにいれば変なのには絡まれないだろうってことかな。
このホテル併設のカジノは高級も高級、ラスベガスの中でもトップクラスの煌めきを放つ場所だ。ここにはさすがに、柄Tシャツに短パンのお父さんじゃ入れない。ぴしっとしたスーツやタキシードの男たちに、ボディラインを惜しげなく見せつけるドレス姿の美女たちがひしめいていた。やっぱ映画じゃん、なにこれ。
「ンフフ、燃えるわねェ! いよいよベガスに来たってカンジじゃなーい?」
「マネージャーって、賭け事とか好きなの?」
「ババ抜きは強いわよん」
「だめじゃん」
ツッコミつつも、ボクだって偉そうに言える立場じゃない。こんな激かわ華やかビジュアルのボクだけど、日本暮らしが長いからすっかり『慎ましき淑女』ってヤツが板についている。お金を賭けての勝負事なんて、もちろんやったこともない──なんならさっきこっそり、カジノでの振る舞い方やチップの種類についてスマホで検索したくらいだ。
ドレスの胸元を押さえて深呼吸をし、ボクは努めてクールに言った。
「なにもここでひと山当てようってわけじゃないんだからね、ボクたち。あくまでもレジャー程度に楽しんでいこう」
「わかってるわよぉ。アタシが狙うのはそもそもお金じゃないし──って、あ! 噂をすれば!」
白スーツのボディガードたちを引き連れてやってきたのは、今夜も一段と眩しいホワイトコーデに身を包んだベケット氏だった。シックな装いの男たちが多いからとても目立つ。見つけやすくていいかもしれないけど。
「オーゥ、まさにパーペキ! エレガントですネ、ふたりとも!」
たぶん死語かなにかだ。やっぱり間違った日本語教材を摑まされたんだなと心中で哀れみつつ、ボクは女神の微笑みを浮かべた。今日は『ユノっち』じゃなくて、ラグジュアリーな雰囲気を従えるオトナな『星城ユノ』さんって路線でいく。緊張なんかしてないぞ、絶対。
「失礼デスが……ユノさんはおカオが少しヤングゥに見えるので、メンドーなやりとりが発生しないよう、こちらを見える位置につけてくだサイ」
「あ、はい! ありがとうございます」
「ベケットさんはこのホテルに出資されているのヨ。その関係者証ってワケね」
ベケット氏に渡されたのは、昼間に見た名刺についていたのと同じ白い羽だった。小さなピンがついていたから、ブローチみたいに胸元に留める。このおかげか、ガードマンがいる入り口でも何も質問されずに済んだ。
(ふう。日本じゃウリになっているこの童顔だけど、こういう場所だと少し困っちゃうよね)
心中でそんなぼやきを落としたボクだったけれど、目の前に広がった光景にすぐに釘付けになった。ふかふかの絨毯の上を闊歩するのは例外なく、セレブばかり。彼らの間を縫うように歩くのはサーバーたちで、たしかドリンク提供は無料なんだっけ。それでもチップは渡さなきゃならないのは知ってたから、昼間の買い物で小銭は用意済みだ。
「ほんとに、カジノだあ……」
豪華なシャンデリアから、ホテルのロビーよりも少し落とされたドラマチックな照明が降り注ぐ。その光景は、まさに『非日常』。日本と同じで全面禁煙みたいだけど、高級な香水や化粧品などのたくさんの匂いがした。じゃらじゃらとチップがテーブルに散らばる音や、スロットが回る機械音、互いの腹を探るような社交的な会話が飛び交っている。そして当然、あらゆる言語のミックスジュースだ。
「ユノちゃん、アタシはベケットさんとチップ交換に行くけどどうする?」
「あ、いや……ボクはもうちょっと、様子を見てみるよ」
「ンフッ、慎重よね。だからこそのトップ声優なワケだけど」
皮肉じゃなく純粋な賞賛を残して、上機嫌なマネージャーが両替機っぽいものへと向かっていく。ベケット氏が色々なゲーム場を解説してあげていた。ボクはクラッチバッグをしっかりと抱えたまま、人の往来の邪魔にならない場所まで下がる。この熱気に慣れるまで、少し空気になっておこう。
「キミ、カジノははじめてかい?」
「わっ!」
少し訛りの強い英語で話しかけられ、ボクは飛び上がった。いけない、いきなりクールな仮面が剥がれた。声の主は、カクテルを手に持ったチャコールスーツのおじさん。わあ、嫌な予感。
英語モードに頭を切り替えて、気のない返事をしておく。
「はあ、まあ……」
「なるほど、巣穴から出てきた子うさぎみたいに緊張してるワケだ。どうだい、よかったら僕のプレイを見学するっていうのは。勉強になるよ?」
「いえ、ゲームにはそんなに、興味が」
というか、お前に興味ない。日本でもないし、これくらいピシャッと返してもいいかな。でも万が一ベケット氏に迷惑がかかってもいけないし、ここは『淑女』を通さなきゃね。
ツンとしてその場から動かないボクを眺め、おじさんはカエルみたいに大きな口をにまりとさらに横に広げる。
「つれないなあ、でもそこもかわいいね。それにどこか気品もある。女優さんかな、なにか作品に出てる? 僕は映画業界にもコネがあって」
「! ち、ちょっと──」
目を合わさないようにと意識しすぎたばかりに、急に距離を詰められたことへの対処が遅れる。他の客からはあまり目に入らないような壁側で、ボクの細い身体は横綱みたいな男の影に易々と隠されてしまった。しまった、これじゃマネージャーからも見つけてもらえない。
おじさんの酒臭い息とキツい香水の匂いに、ボクのドレスの背が冷たくなる。
(ああ……こういうの、ほんとやだ)
かつてのボクは、知らぬ者のいない『勇者』だった。重い剣を羽のように扱い、複雑な魔術を難なく習得し、誰もがボクを見て『頼りにしています、勇者様!』なんて言ってしまうほどの強者。それが今や、ねっとりとした視線を受けて身を硬くするだけしかできない、ただの──
ただの──……。
「──失礼。その女性は、俺の連れだ」
「!」
大柄なおじさんの頭上から音もなく落ちる、さらに深い漆黒の影。異様に重くなった空気を感じたらしいおじさんが青ざめて固まると同時、ボクは見た。影の中に並んだ、満月のように爛々と光る黄金の瞳を。
こいつが誰か、知っている。見慣れた黒い髪に、本当は同じ色のはずの切れ長の瞳。だけどボクは知っているようで知らない『その姿』をしたダークスーツの男を見上げ、唖然と口を開けた。
「……ぜ」
いつもよりも高い位置にある、相変わらず涼しげな細面。
ただしそれは以前は毎週見ていた、ようやく高校を卒業したばかりの男の子のものではなくて。
「善太あああ!?」
「久しいな。ユノよ」
クールな仮面なんかつけてられるか。
だってボクに微笑んでいたのは、誰がどう見ても立派な──『オトナ』の男、だったんだから。
***
近況ノート(キャラクターデザイン画つき:ユノ):
https://kakuyomu.jp/users/fumitobun/news/16818792438224466774
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