【完結】ボクと魔王と、クロスハート!
文遠ぶん
第1話 元勇者と元魔王と
***
こちらのお話はスピンオフ作品です。おさらい程度に前作の内容は語られますが、基本的に読了済みの方へ向けての作品となります。
☆本編はこちら:
拙者と推しと、ラブソング。
https://kakuyomu.jp/works/16818093089333102153
※番外編『笑った赤鬼』までの内容を含みます。
本編未読の方には1話からネタバレ万歳の内容となりますのでご注意ください。
どちらも楽しんでいただけましたら幸いです。
***
「はい、オッケー! 今日の収録はここまでです、お疲れ様でした」
「おつかれさまでーすっ!」
現場の誰よりもよく伸びる声で元気な挨拶をして、ボクは自慢の笑顔を咲かせた。主人公──あ、アニメの中のボクのことね──のお相手役の声を担当している
「
「あっ、ごめんねー。もう行くトコ決めててさ」
「最近よく外行ってますよね。お気に入りの店とかあるんすか? いいなあ、オレもそういうとこ見つけたいと思っててー」
今の時代、声優のおシゴトは防音室の中に留まらない。我らが『フォースターズ・プロ』が売り出し中の彼も、そのままトーク番組の収録に飛び込めそうなくらい髪をびしっとセットしていた。服は私服のはずだけど、同じく気合いが入っている。ほとんどのフリーの女子ならきっと、嬉しくなりそうな『お誘い』だけど。
「そんな隠れた名店とかじゃないよ。フツーの居酒屋さんのランチ」
お気に入りの赤いパーカーを羽織って、長いしっぽのようなストロベリーレッドの髪をフードの上に跳ね上げる。ふわっと漂ったベリー系の香りに、後輩くんの顔がだらしなく緩むのが見えた。その顔で次の現場、行かないようにね。
「またまたー。絶対やばいパスタとか、オシャレなワンプレートでしょ」
「あはっ!」
オレもエグいランチ写真撮りたいな、なんて言ってくる前にボクは赤いキャップを被った。子犬みたいな犬歯をニッと覗かせ、別れの挨拶をつきつけてやる。
「ただの味噌カツ定食だよ。お手頃プライス、六百八十円のね」
*
いくつか電車を乗り継いでボクが降り立ったのは、とある飲屋街。本来は夜が本番の街だけど、中にはランチ営業をしているお店もある。少し歩けば近場にオフィス街もあるから、昼食を探すサラリーマンやOLさんたちの姿がちらほら。でもまだ少し昼本番には早いから、ボクはのんびりと目的地を目指して歩く。
雲ひとつないステージ。その
(暑くなってきたなあ。上着、薄いのにしなきゃ。サングラスも買って……)
海外生まれのお母さん譲りの蒼い目や白い肌は、日差しや暑さに弱い。この国の夏はとにかく大変だ。湿度が高くて髪もくるんくるんになるし。まあそうなってもボクの髪は猫っ毛が自慢だから、あんまり嘆くことはないんだけど。でも今日はちょっとだけ、前髪のセットが上手くいかなかったのが気になる。
「おお、ユノ」
「!」
落ち着き払った、低い声。ボクは前髪をいじっていた手をそのままに、とある店の前に立っている声の主を見た。
「よく来たな。ちょうど開店であるぞ」
風情ある筆文字で『いっしき』と綴られた、歴史深い紺色の暖簾。それを肩に担いだ背の高い青年が、ボクに笑いかけていた。一般的な店員さんの接客スマイルにしちゃ無表情だけど、コイツなりに全力で歓迎してるってことはボクにはわかる。だからポケットに突っ込んでいた手をひとつ出して、ぼそりと挨拶を返してやった。
「う、うん……。なんか、まだ慣れないなあ」
「何だ」
「ランチタイムから、お前がいること」
「もう高校生ではないからな」
黒Tに黒パンツ、締まった腰に巻かれた紺の前掛け。髪もさらさらの直毛で目鼻立ちも整っているけど、十八にしては飾り気のない部類だ。どこを歩いても目立つボクとは違う、影のようにひっそりとした出立ち。本人が言うように、ようやく高校生という肩書きをおろしたばかりの、この居酒屋の一人息子。
ただの居酒屋店員にして──広大な魔界を恐怖で統べし、悪名高き元魔王だ。
「いやボクが厨二病なんじゃないからね!? 事実を言っただけだから!」
「誰向けのメタ解説をしておるのだ」
外の撮影だったらカメラが回ってそうな位置を睨んでそう言ったボクに、善太は無表情で首を傾げた。今の発言から分かるように、コイツはクールな見かけに反してヲタクだ。それを言うなら声優であるボクだってそうかもしれないけど、まあそれはお仕事でもあるからさ。
え、コイツは何のヲタクかって? えーと、それは。
「ところでユノよ。日曜のラジオ、良かったぞ。罰ゲームでそなたの語尾が『にゃ』付きになった数分間など、耳が溶けるかと思うたわ」
「そ、そりゃよかったね……」
うん、見てのとおり。コイツはボクの──『星城ユノ』の、筋金入りヲタだ。ラジオ宛のリクエストでやたらマニアックな内容のものは、全部コイツが送り主なんだと思ってる。
「あれ夜のオンエアだったでしょ。お店出てたんじゃないの?」
「片耳イヤフォンで一秒欠かさずチェック済みだ。傍目にはスタッフ連絡用に見えるので問題はなかろう」
大繁盛の店で忙しく立ち回りつつも片耳で推し活とは、さすが元魔族。たまに『四天王』たちの飲み会に混ぜてもらってもボクはすぐ潰れちゃうからあんまり見てないけど、コイツが仕事でミスってるとこ見たことないもんなあ。
暖簾をかけ、入り口横の札を『心を込めて営業中』の面にひっくり返しながら善太が言った。
「まあ入れ。日替わりで良いな? 今日は──」
「味噌カツ定食でしょ! 先週、お母さんに聞いておいたんだぁ。楽しみ!」
「……」
「えっ、なに?」
途端に動きを止めてボクを見つめる青年。長い指で顎をさすり、なんだか『じーん』みたいなSEがぴったりな顔で言った。
「フッ、『お義母さん』とは……少々気が早いのではないか?」
「勝手に誤変換するな! もう。いつもの席、座るからねっ!」
妄想男の横をずんずんと大股で通り抜けて、ボクはお気に入りのカウンター席へ向かう。調理場でランチの小鉢を並べていた善太のお母さんが、「いらっしゃい、ユノちゃん」と人が良さそうな笑顔を浮かべた。どうして受け継がれなかったんだろ。
清掃の行き届いた店内に充満する、油とお味噌の香り。たくさん声を出してさらにスリムになってしまったお腹をさすりつつ、ボクは背の高い椅子に腰掛ける。
「日替わりひとつ。味噌汁はぬるめ、サラダはドレッシングなしだ」
低くてもよく通る善太の声が、ボクの好みを完璧に反映した注文を調理場へと送った。その間も各席の調味料やメニュー表をサッと整頓していく。てきぱきと働く姿は、とても元『魔王』とは思えない。
さて、たぶんそろそろ『解説しよう!』っていう天の声が必要だよね?
ボクもコイツも、カラダは歴とした日本生まれの日本人だ(先に言ったように、ボクは海外からの血もあるけど)。けれどその魂の正体は、異世界からの『転生者』。しかもボクは『勇者』で、この善太は『魔王』っていう、そりゃもう因縁ふかーい関係だった。
前の世界でボクたちは激しく戦った。世界が割れるほどの戦い──っていうか、ホントにそうなっちゃったんだけど。そうやって発生した『理の歪み』ってヤツに巻き込まれて、ボクたちは一度は死んだはずだった。
『××××、×××ーっ!』
(なんだ……? 言葉がわからない。それに、体が縮んで……?)
けれど魂が行き着いた先は、この世界。魔族と人間の確執もなければ、お城も剣も魔法もないっていう、ヘンテコな世界だった。魔王を倒すために王都の魔術師たちから肉体改造まで施された勇者のボクは、突然『使命』を失っちゃったってわけ。しかも赤ちゃん──それも女の子の身体になってね。
しばらくは茫然自失とした毎日を送っていたボクだったけど、すぐにもうどうしようもないことを悟った。戻りたくてもこっちの世界には自然魔力が存在せず、独自の魔法や魔術の存在もなかったからだ。
『お歌がじょうずでしゅねえ、ユノちゃんは』
『なあ。さっき、目が光ったように見えなかったか?』
『何言ってるのよ? いつもユノちゃんの目はキラキラでしゅもんねえ~、エクセレントぉ♡』
唯一、歌うことで体内の魔力を増幅させることができるのはわかっていた。でもひとりで『理の歪み』レベルの変異を引き起こすのは無理だ。つまりボクは魔王成敗の悲願を果たせない鬱憤を抱えたまま、ただの女の子として生きていくしかない。
だから普通の子供と同じように言葉や数を勉強し、母の影響で英語も自然と習得し、持ち前の可愛さは常に周りに人の輪を作り、何よりも自慢の美声と演技力で、人気声優への階段を駆け上った。え、エンジョイしてるじゃないかって?
『ユノ! 帰りに駅前で「どすこいマウンテンパフェ」食べない?』
『ダイエット中じゃなかったっけ、カノンちゃん?』
『そのあとカラオケ行けば問題なし!』
そう。この世界にはボクが欲しかった何もかもがあった。平和。愛情。友情。元の世界では剣を振るい、敗れると分かっていても魔王に挑むことだけが存在価値と刷り込まれてきたボクには、あまりにも眩しすぎる世界。そこで穏やかに生きていくのは、言うまでもなく幸せだった。
それでもやっぱり、運命ってやつはボクをそっとしてはくれないらしい。
『ゆ……ゆゆ、「ユノっち」!? お待ちくだされ、拙者理解が追いつかぬでござる!』
(ボクだって、理解なんかしたくないよ)
ボクの平穏が崩れたのは、去年の冬。なんとあの最終決戦の日、魔王の配下である『ルーワイ魔王軍四天王』たちもこの世界に『転移』していたんだ。奴らは魔族のままでこちらに渡ってきたから、人間に化けて暮らしているらしい。
転移時間がズレているから、奴らが来たのは七年前。実はその瞬間から存在を感知していたけど、ボクは警戒網を敷くだけで手出しはしなかった。四天王の奴らや、どこかでボクと同じように人間として生きているかもしれない魔王に動きがなかったから……っていうのは表向きの理由。たぶんボクは本当は、できればもう関わりたくなかったんだと思う。
けれど、ボクの身体は──魔術によって受け継がれてきた勇者の『魂』はなお、疼いていた。魔王と魔族を滅しろと、いつも暗くささやくように。あるいは乞うように、ボクを戦いへと導く。そうして結局、ボクは親友であるシンガーをも利用しながら、因縁を断ち切るための死闘に身を投じた。
そこでどんなドラマがあったのか気になるよね?
そりゃあもちろん、涙なしでは語れないってものでさ──
「待たせたな、ユノよ。本日の日替わり定食だ」
「わーいっ♡ いただきまーす!」
ごめん。さすがの元勇者も、出来立てほやほや、油じゅわじゅわの味噌カツには勝てないみたい。そういうわけだから、気になる人は本編参照でよろしく。
ひとつ言えるのは、なんだかんだで今のボク──星城ユノはおかげさまで、ただの人間ライフを楽しんでるってこと。四天王たちともちゃんと、和解したしね。
ただ──厄介な問題もひとつ、残っている。
「はふ、はふっ。んんーっ、最高ぉ!」
「フ。急いで喉に詰まらせるでないぞ」
「……み、見てないで仕事しなよ」
「そなたの見事な食べっぷりは、実に爽快であるからな。頬に米粒がついていようが、一向にその可憐さは失われぬ。むしろ感謝すらある」
「んぐっ!?」
慌てて口の周りを確認するボクをじっと見つめながら、青年は切れ長の目を細めて微笑んだ。
「やはり
「~~っっ!!」
繰り返すけど、今のボクの生活はいたって平穏だ。
魔界史上最強と謳われた元魔王が、なぜかボクを溺愛していること以外は。
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