中学三年生千尋の社会冒険

すどう零

第1話 由梨先輩のママがクラブの雇われママになる予定

「フウッ、世の中には麻薬中毒や、それに取り組む沢崎牧師のような人もいるんだなあ。まあ、沢崎牧師は元反社で、自らもひどい麻薬中毒だったから、自分の体験を活かして取り組んでるんだなあ。

 聖書の御言葉の「すべてのことは、主イエスキリストに働いて益となる」

(ローマ8:28)を最大限に生かしてるということね。

 沢崎牧師との出会いは、私にとってはいい社会勉強になった」

 中学三年生の千尋は、現在受験勉強真っ最中である。

 千尋は、平凡な容姿のどこにでもいそうな中学三年生。

 ただし身長は160㎝で、身長順にいうとクラスで後ろから二番目か三番目。

 服装は、防犯意識もあり黒や紺色のキュロットスカートかパンツルックが多いが、ピンク系統が多い。

 当面の目標は、世話になった由梨先輩と同じ進学校に入学することである。


 千尋は、いつも寄っていた本屋にきたつもりだったが、いつの間にか閉店し、なんとスーパーマーケットに店舗替えしていた。

 デパートの系列のブランドスーパーである。

 入口には、観葉植物が行儀よく整列され、高級感を醸し出している。

 

「千尋ちゃんだっけ。久しぶりだね。うちの由梨がいつもお世話になっています」

 背後から、声をかけてきたのは、由梨先輩の母親ー彩奈である。

 知り合ったばかりの二年前とは、すっかり印象が変わり、派手で垢ぬけている。

 二年前から10キロは痩せたと思われる体形と、薄化粧と大柄な花柄の派手なブラウスのせいだろうか。

「あれっ、たしか二年ぶりですね。お買い物ですか?」

 由梨先輩の母親ー彩奈は気さくに答えた。

「まあね。ねえ、お茶でも飲まない? おごるわよといっても、ファーストフードだけどね」

 そう言って、彩奈はスーパーに隣接するファーストフード店に入っていく。

 この頃は、あさ黒い肌の外国人が目立つが、窓際の席に座った。

 陽ざしが樹木に反射して、木漏れ日のような平和な光景を感じさせる。

 値上げラッシュ、人手不足、高齢化が進む日本であるが、ここだけは休息の場所である。

 由梨の母親彩奈は、なんだかうきうきしている。

「千尋ちゃん、聞いてよ。私、曽根崎新地のクラブのママになるかもしれないの」

 千尋は思わず反論した。

「でも今は、不景気でクラブも閑古鳥状態だといいますし、なんだか難しそうな世界ですね」

 千尋の憂慮するようなもの言いと反して彩奈は、

「まあ、雇われママなんだけどね、銀座のクラブふたば屋って聞いたことあるでしょう」

「ええ、ときどきメディアで取り上げられていますね。

 ママさんの書いた本が、一時話題になりましたし、私も読みましたよ」

「そうよ。私できたら、そのふたば屋の大阪店の雇われママになる話が来てるの。

 私も出世したものよ」

 千尋は一瞬、うまいインチキ話だと思った。

 以前、極道もののDVDで、無知な中年男がロシアンクラブの雇われオーナーにならないか、月百万円払うからという誘いに乗り、契約金一千万円支払ったという。

 実はそのロシアンクラブはクラブ外では、キャストと客が自由恋愛といった形で売春が黙認されてあった。

 中年男がオーナーになって一か月後、警察の手入れがあって売春管理法で逮捕されてしまったが、その男は、契約金一千万円を返却してくれと申し出た。

 すると相手側の答えは「契約書の下側に、小さな字(ルーペで読むのがやっとというほどの細かい字)で

一、このクラブが売春など違法行為で使用された場合は、損害賠償、慰謝料といった形で契約金を返却しない。

一、このクラブが警察沙汰になった場合も、損害賠償、慰謝料といった形で契約金を返却しない

の二点が明記されているだろう。

 あなたはその二点を破ったので、契約金は一円たりとも払いません」

という極めて冷酷な返事であった。

 中年男は、初めてそのことを知らされ、青天の霹靂の如く

「えっ、こんな細かい字を読むことができませんでした。

 それに、損害賠償や慰謝料のことも、話としては一言も聞いてません」と反論すると、相手は「契約を締結する際、商品販売と同じ、あまり都合の悪い話をすると、契約してもらえないでしょう。契約成立する前に、確認しなかったあなたに、スキがあったのです」と逆にたしなめられた。

 その後、男は心身ともに狂ってしまう行動に出てしまった。

 実はこの話には、裏があり、調査中の警官と元ロシアンクラブのオーナーが悪意の癒着していて、警察の情報を元ロシアンクラブオーナーに漏らす代償として、悪事の一部を調査中の警官に売り渡す。

 すると、警官は警察からは優秀な捜査をする警官として表彰され、悪事の一部を売り渡した雇われオーナーは代償として逮捕されるというカラクリがすでに存在していたのである。

 その中年男は、なにも知らずにそのカラクリにまんまとひっかかり、犯罪者として利用いや悪用され、売春管理法で逮捕された挙句の果て、契約金一千万円のうち、一円たりとも返却されないままに終わったという。


というストーリーであったが、もしかして由梨の母親ー彩奈はそういった悪事に利用いや悪用するワナにひっかかりかけているのではないか。

 飛んで火にいる夏の虫というが、蜘蛛の巣にいったんひっかかった蝶々が、いくらジタバタしても、いやジタバタすればするほど、身動きが取れなくなってしまう。

 由梨の母親彩奈も、世間のワナに堕ちてしまう古今東西の悲劇的定例パターンなのではないかという危惧感を、千尋は感じ取っていた。


 それにしても、あまりにも話がうますぎる。

 なぜならふたば屋のママーますだ あやめの著書には

「私ども、銀座のクラブは六本木のキャバクラと一緒にしてもらっては困ります。

 ましてや歌舞伎町の喧騒のなかの風俗など、私どもとは縁のない別世界でございます。ただし価格はリーズナブルで、紳士方が気兼ねなく、ゆったりとお楽しみいただけるやさしい値段に設定していますので、つけはご遠慮下さい」

などという、ひたすらプライドの高さを誇示し、不況に見合った商売の仕方をしているところに、個性を感じさせる。

 今までだと、客からのつけを回収できなくなってしまったキャスト(ホステス)が、自腹を切った挙句の果てに、風俗行きなんていうホストクラブまがいのことが、当然のように通用していたが、ふたば屋に限ってそのような危険性はないとうたっている。


 来店する客も、医者、弁護士、会社社長、役員、有名タレントがおしのびで来店するという。

 紹介者が必要と名乗っているが、それでも「テレビ見ましたよ。ママのファンになっちゃいました」と褒め殺しにするか、紹介者の名刺を見せれば入店OKである。


 その上キャストも勉強家で、政治経済、株や競馬に関する話題まで研究し、客と話題を合わせる以上に、客に新しい知識を提供している。

 今までは、銀座のクラブで「君は頭がいい子だね」と言われると嫌われた証拠だというが、ふたば屋に限っては、それも通用しない。

 キャスト自身も、妙に客に合わせるという従属的なスタンスをとるのではなく、一人の人間として認められることを願っているという。

 キャストは、水商売出身の女性もいるが、多くは昼間は専門学生や看護師の仕事をもっているケースも多い。

 銀座で初めて誕生した、リーズナブルかつ全く新しいタイプのクラブ登場である。  

 開店以来二十年近くたつが、ふたば屋が開店してから、同じフロアのクラブが潰れ、なんとその潰れたクラブをそのままそっくり買い取るという、合理的かつ少々えぐい商売の仕方を続行中であるという。


 ますだ あやめ、つばめの双子姉妹は、ときどきマスメディアにも登場しているが、ピンクとブルーの和服姿が似合う女優一歩手前の美形である。

 特に、ますだ あやめは若い頃、売れないモデルをしていたという。

 黒地に桜模様の和服を着こなし、さすがに気品がある。

 なかば騙されるようなかたちで、関係をもった家庭持ちの男性の間には一人娘がいるが、小学校入学以来、イギリスに留学させている。

 原因は、幼稚園のとき、ますだ あやめの娘だということで、いじめに近いものを受けたからである。

 ムリもなかろう。やりくりに苦労している主婦にとっては、旦那がクラブで大金を使われるのは、天敵に等しいことであると噂されているが、事実は定かではない。

 年に一度は、ますだ あやめはイギリスに留学させている娘を思っては、シャンパン片手に大泣きするという。


 失礼ながら、クラブという場所は、由梨ママとは縁のない世界のようである。

 大金がからむので、裏切りも多い。

 また水商売の女性ほど、結婚を望んでいるが、クラブのママクラスだというと、結婚は至難の業ー雪山をロープなしでよじ登るようなものだという。

 現実に、水商売の女性を狙った専門の詐欺もいて、同棲に持ち込まれた挙句の果て、全財産をだまし取られ、残ったのは雑巾にもならない和服だけになり、自殺未遂をはかったクラブママも枚挙にいとまがない。


 山口洋子ママは十九歳で、銀座のクラブ「姫」のママになった。

 きっかけは小さなスナックを経営していたとき、男性に見込まれ借金をしながらも、クラブママを任されるようになったという。

 「姫」の十九歳の最年少ママというので、さっそく銀座中の話題となり、経営も順調で有名作家や芸能人も訪れるので有名になったという。


 そんなある日、祇園出身のクラブママが、銀座に出店したいというので、挨拶になってきた。

 将棋の駒ほどもある大きなヒスイの指輪をつけた女性は、土下座をしながら

「うちはなにも知りませんのえ。いろいろ教えてもらわんと」

 その言葉にほだされ、山口洋子はなんと来店客を話してしまったという。

「このことは、秘密ですので、お互い約束します」と条件だったが、祇園出身のママは約束を破り、なんと「姫」の客を奪ってしまったという。

 このことを、祇園出身のママに電話で言うと

「お宅、何を言うてはりますの。生き馬の目を抜く銀座の夜のど真ん中で。

 お約束、ようお言いやすわ。じゃあ、うちがお約束をしたとして、うちの店長はそんなお約束などしてませんで。これでよろしおまっしゃろ」

 オッホッホと高笑いする銀座のママを、山口洋子は裏切られたというショックよりも、最初から騙されてたんだなということを認識した。

 のちに、祇園のママはホストクラブにはまっていたという。

 金のため甘言で人を惑わし利用した人は、自分もまた同じように甘言で人を惑わす相手に利用されることを望むのだろうか?

 同じ水商売同志、互いに手のうちは見え透いているのに、類は友を呼ぶの如く、同じ匂いの男性に魅かれていくのだろうか?


 最終的には、山口洋子のクラブでさえも、三千万円のもの借金を抱え、閉店したというが、水商売の顛末とはこのようなものとあきらめ顔でいた。

 彩奈ママもそのパターンを辿るのであろうか。


 千尋は騙されてるんじゃないかと思うが、中学生の私がそこまで口をだす権利はないし、第一、彩奈ママの紅潮した頬を見ていると、口をつぐんでしまって無口にならざるをえなかった。

 


 

 



 

 


 


 

 

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