破章・先輩と冬デート編
先輩と冬デート① ヤリ部屋に招待された!?
曇り空の新都に雪が降り始めた。
コートを着ていても肌寒い。手袋とマフラーと耳当てで防寒対策はバッチリなのに。
店の窓ガラスの反射を姿見にして、いつ先輩が来てもいいように前髪を整える。
すると反射越しに、私の後ろで、だれか立っているような……?
「やあ」
「っ!? 先輩……!」
「今日もバッチリ決まってるね。あと、女の子にこう言うのはあんま良くないと分かってるけど……コート着てるとまんまるで可愛いね!」
「むっ!」
太っていると? ただの着太りです!
「このコート、先輩が選んでくれたものじゃないですかー!」
「だって君、痩せ着を意識しすぎて、全然あったかくなさそうなコートばかり選ぶからさぁ……!」
お、オシャレは我慢なんだよーっ!
なのに先輩ときたら、私が我慢してるのが嫌なのか、あれこれ理由つけて、このコート着せてきて……。
まぁあったかいけど? めちゃくちゃ楽だけど?
こんな太って見える私のところに、こうしてスタイリッシュな先輩が来てくれるのは、スゴく気分いいけど?
「でも大丈夫。知ってるよ。コート脱いだら綺麗だって」
「……セクハラですよ」
「えー?」
もう。先輩といると寒さなんて忘れるから、厚着なんてしなくていいんですよ。
ああ暑い暑い。耳当て要らないマフラーも要らない。手袋も要らない。胸から上が暑い暑い!
「……まった。なんか顔が赤いよ。まさか、しもやけ?」
「っ!! ち、ちがいますーっ! わかれ、ばかっ!」
「えぇ……?」
なにドン引きしてんだ。したいのはこっちだ!
顔を見せるだけで、私をドキドキさせて、身も心もホットにさせて……!
ずるいぞ、あんた! なんかもう、色々とずるいっ!
「……で? 今日は先輩の家に招待してくれるんですよね……?」
「うん。クリスマス直前の休日だからね」
クリスマスは家族と過ごす予定だった。だから先輩からの誘いは断った。
するとどうだ。クリスマスの三日四日前の土日で、ちょっと早い聖夜を祝おう。と誘いを受けた。
それならまぁ……予定も空いてるし? 行かない理由もないし。こうして来たわけですけど。
「……」
「警戒してる?」
それはもう。でもバッチこいな自分もいます。
我ながら軽いトラウマのせいで面倒な性格になっちまってるんで、もう先輩のご随意になさってください……。
「ここだよ」
「……え?」
もう着いたの? 路地裏に入っただけだよ?
駐車場付きのアパート。とっても安くてスゴく狭そう。ボロいし、誰も買わなさそうだ。駐車場も先輩の車しかない。でも自転車は置かれていた。
敷地に入ってすぐの扉を開ける。中に入ると、目の前に台所が出現。なんと。上がり框を越えてすぐだ。めっちゃ狭い。一歩でも後ろに下がったら靴を踏んづけてしまいそうだ。
台所の右には扉があるけど開けっ放し。洗濯機が見える。ちらっと覗き込むと、奥にトイレとシャワー付き浴槽があった。浴槽の周囲はカーテンで囲めるらしい。あ、トイレ手前の壁に洗面台が取り付けてある。キッツキツの間取りだなぁ……。
台所の左にはリビングが広がっている。あったかい。暖房が効いている。広さは四畳半程度だろうか? そして驚いたことに、家具は冷蔵庫とその上に電子レンジ、マットレスの寝台の三種のみ。それ以外の家具は存在しない。複数のゴミ袋は部屋の壁に寄せてあるけど。
待てよ。そういえば台所にも食器や匙が最低限しかなかった。でもマグカップは六つ以上あった。IHとフライパンは置いてあったけど……全然使ってなさげ。焦げてなかったのだ。
あ、収納見っけ。台所の壁を越えた先にある。でもマットレスを敷いてあるせいで扉が開けられない。つまり全然使ってない……?
あれ、なんかちょっとビビってきたぞ。怖いぞ。なんて言えばいいんだろう。
そう……全然、生活感がないんだ。先輩、本当にここに住んでるの……?
「せ……先輩?」
「──ははっ! やっぱりそういう顔になるよね。安心して。実はここ別荘なんだ」
……はい?
今なんか、私とは無縁な高級ワードが出てきたような気が……。
「本当の家は別にある。この別荘は寝るとき用でね。……色々な意味で。バイトで夜遅くなって家に帰るのが面倒だったり、君みたいな女の子と二人きりになりたいとき連れ込む場所だったり?」
……それって、つまり。
「ぇ……えぇぇっ……!?」
お、お噂にかねがね聞く……ヤリ部屋ってやつですかぁーーーーーー!?
「そ、そんな……先輩、そんなアクティブでいらっしゃって!? お、お金持ちの遊び!」
「あはは! あ、そうだ、あらかじめ断っておくけど、ここ使ってる男は僕しかいないから。まぁ信用ないなら……どうする? 本邸のほうはシェアハウスみたいなもんだからね。みんなでパーティーすることになるかもだけど」
「シェアハウス……みたいなもの? ──で、その方々の性別は?」
「全員女性」
は?
まって。なんか混乱してきた。
いま私は何かを試されているのか?
「さーて、この断片的な情報で、君はどういう道を選ぶのか……」
先輩は腕を組んでのんきに笑ってる。明らかに怪しい。
今までこうして女の子を連れ込んで、私みたいな子の反応を見て楽しんできた感じだ。
「……ヤリチン?」
「んー。どうだろ? だれかれ構わず致すわけじゃないよ? たまには一人の空間が欲しいという意味でも購入した、第二の秘密基地なんです。……そう、第一の秘密基地は、もう秘密基地じゃなくなったんだっ……」
先輩は悔しそうに拳を震わせる。ちょっと泣きそうだ。なんでだろう? ただ辛いことがあったのは分かる。
でもまぁ……先輩のことは信じてる。ヤリたいのならヤればいいさ。
「私もふたりっきりがいいので……ここでいいです」
「そうか。では冷蔵庫の中を開けたまえ。今日のために準備してたんだ」
言われた通り開けてみる。
おおう、小さな七面鳥にカラフルなホールケーキ、グラタンにリゾット、色々なジュース。スゴい。なんでも揃ってる!
「え、でもこれ……私が本邸? を選んでたら……?」
「ほかの子が食べてたよ」
「────ほかの子って? 本邸の女性……?」
「んー。ひみつ!」
あ、別の子、いるんだ。
ふーん? へぇー?
「つまり私が本邸を選んでたら、明日は別の子をここに連れてきてたってことです?」
「さあ?」
…………こなくそっ。知らなかったっ。
先輩が、こんな……こんな人だったなんて!
計画に狂いが生じた。私が甘かった……!
もっと踏み込んで確かめるべきだった。どうしよう。縁を切るか? いやだ好きだもん諦めたくない! ならまだ私にチャンスはあるのか……?
「あの……身を固めるつもりは?」
「あるよ。結婚式も開きたいなら、形だけでも全員と開くつもりだ」
「────ハァ!?」
め、目が回る……なんだ、なんなんだこれは……!?
急に先輩が別人に見える……ど、どういうことだ……返してくれ! 私の理想の先輩をぉ……!
「どうしてこうなった……」
「君が今日に至るまで、僕と曖昧な関係を楽しんでたからじゃないかなぁ?」
ぐっ……!
いや、今はいい。今はよそう。気が狂って刺すのは後だ。
魅力的な人であることに、か、か、変わりはない、はず……だから。
クリスマスの前祝いを、しようじゃないか……ここで決着、付けてやるぜ……!
本当にこの人を狙うか! さっぱり諦めるか!
こんな予定じゃなかったけど、品定めの時間だ……!!
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