先輩とデート③ 委員長と恋バナできたっ!


 助手席でゆったりする。真っ暗なあぜ道を照らして走る。スタイリッシュな箱の中では何も起きない。信頼感がマジでぱない。安心感が半端ない。

 仮に何かあってもいい。うちは受け入れ準備万端。でもこの人、鈍感だからなー。まぁそれもわざと? やってるのかもしれないけど……う~ん? このあたりは駆け引きだな……。


「あ、このあたりでいいです」


 停車。

 さすがに家の前まで行くと姉貴がうるさい……絶対先輩を家の中に招待してあれこれ失礼なこと話しまくる……。


「……気をつけて」

「はいっ。送ってくれてありがとうございます。それと……愚痴、聞いてくれて本当にありがとうございます! 失礼しました!!」

「うん。きっとまだまだ話し足りないこともあるだろうから、続きは電話でもメッセでも、また今度でもいいよ」

「いえっ。それは……」

「嫌ならそう言ってほしいけど、そうでもなかったら……僕も君のこと、もっと知りたいからね」


 えっ。それって……そ、そういうこと言うから、私も色々と甘えちゃうと言いますかぁ……!


「くっ……たぶん今日ので地雷系女と思われたので、絶対に取り返します……」

「────なんて? 別にそんなことは……」

「あります! ではまたあした!」


 深々とお辞儀! とっとと退散!

 やばいやばい。門限の時間過ぎたからママに叱られる~!




 ……ひとしきり説教を喰らって、クタクタの体でベッドに倒れる。

 あー。話しすぎた……でも話せて良かった……今まで話せる相手がいなかったんだよなぁ。


 ママに言っても、おとなりのママとのあいだで気まずいだろうし。

 姉貴に言ったら、たぶんおとなりにカチコミ入れに行くし……。

 それに私だって、もう子供じゃないんだ。自分で解決できそうなことは自分で解決する。実際に解決した。別れる際に揉めたらさすがに姉貴に頼ろうと思ったけど、あいつ素直に引き下がったし……本気で嫌がると律儀なんだよなぁ。その律儀さをもっと常に……とは言わないけど、細かいところまで……も面倒だろうけど、いやでもやっぱそのあたりは常識だぞ? まぁ中学生なら仕方ない面もあるけどさぁ。


 ハァ……喉が渇いたから麦茶ガブ呑みしたけど、ちょっと飲みすぎた。気持ち悪い。

 でも胸の奥はスッキリ爽快。眠い……久しぶりに、超安眠できるかもしれない……。




 ……その代償は重かった。朝八時に起床。確実に遅刻です。

 しかも宿題してませんでした。本当は昨日のバーガー店で終わらせる予定だったのに……わたしのばかぁ。




 ……昼下がりの学校。

 放課後のチャイムが鳴り響く。


四弓しゆみさん」

「ハイ!」


 委員長に呼びかけられる。

 たぶん今日の遅刻の件について、何か言われるか……?


「昨日は彼氏さまと会えましたか?」

「え? ああ……はい。いつもの店でだらだらと……」

「あらあらまぁまぁ。羨ましい……そのせいでですか?」

「まぁそうですね……私ががっつき過ぎたせいで、夜遅く帰っちゃって……」


 その時、委員長の後ろにいる取り巻きふたりが、なぜか見つめ合ってキャーキャー言い合う。

 なんだろう?


「とても良いお話です。もっと聞かせてください」

「はい? ……あの、委員長。もしかして恋バナ好きですか?」

「いいえ? ──それで帰りはどのように?」


 好きでもないなら、なんでそこまで聞きたがる?


「車で……」

「車!? 自家用車をお持ちなのですか!」

「あ、はい……高校の頃にバイトで貯めたお金のほとんどを使ったらしくて……そのくせ高級車じゃないんですよね。デザインはカッコイイんですけど。たぶん先輩、ロゴや値段より機能性やデザインを重視するタイプですね」

「なるほど……その手の方は、とても堅実な人柄で、世情に流されず自分を持っている、という力強いイメージがございます。根を張る大樹がごとし。将来の旦那様に選ぶ人柄としては適当でしょう」

「えー! 将来ってぇ……別にまだそんなぁ……!」


 やばい。今の私、めっちゃ照れ顔で否定しちゃった。

 だだ、だっていきなり結婚の話を持ち出されるんだもん……それは反則だってぇ。不意打ちだよぉ!


「無論、たかが車一つで全てを推し量るつもりはありませんが」

「まぁそれはそうですね。でも割と当たってると思いますよ? だって車の中で待ってたのに全然────あ、すみません。委員長、下世話な話はイケるクチですか?」

「実は割とイケるクチです」

「では失礼ながら声を潜めて────全然、手を出してこなかったんですよ……」


 ぼそぼそと話す。私と委員長は口と耳を近づけて、取り巻き二人も耳をそばだてる。


「それは……いわゆる“誘い受け”というもので?」

「はい……実は先輩、最初は私を気遣ったのか、電車で帰ろうと言ってきたんです。でも私は先輩の立ち上がる服を捕まえて、車がいいって言ったんですよ」


 また取り巻きふたりがキャーキャー言い出す。

 なんだ? 今のどこに騒ぐ要素があった。


「続けなさい。続けてください」

「それで新都から家の近くまで送ってもらったんですけど……これがもー、気配すらなくて! ちょっと傷ついちゃいますよねー! いやまぁ大切にされてるなーって気持ちもあって嬉しかったんですけど! むしろ私、そういうのちょっと怖いって思うレベルなんで、安心してもいたんですけど……でもやっぱそこは男を出してもらわないと!」


 我ながら面倒なことを言っている気がする。

 でも本心なのだから仕方がない。


「ふふ。奥手な殿方ですか……それもまた味なものでございますわ……」


 そうですか?

 それはそうかも!


「お引き止めしてしまってすみません。とても楽しい会話でした」

「! こ、こちらこそどうも……私も委員長と話せて嬉しいですっ!」

「──!」


 委員長はびっくりしたような顔で見てくる。なんだろう。

 まさか委員長は嬉しくなかったとか? いやそれはネガティブすぎる。もっと自信を持て。


「ではまた!」


 明るく気さくに立ち去る。

 昇降口に入ると、バッタリあいつと出くわした。


『あっ』


 鈴木崎ぃ……んだテメェ。なに鳩が豆鉄砲食ったような顔してんだ……ああ?

 なんてメンチを切ると、となりにいる田中くんがびっくりするかもなので我慢しておく。


 でも助かった。田中くんがいるなら喧嘩にはならないかも。ちょっと前髪を整える。

 外靴に履き替えて、三人で正門に向かう。


「四弓さん。今日帰ったら何するの? 俺は部活のあとゲーセンかな」

「宿題してから新都に行く~。ゲーセンってすぐそこの?」

「うん。でも新都かぁ~。遠くない?」

「遠いけどぉ……お金さえあれば楽しいよ?」

「お金かぁ。去年バイトしてたけど、少しは貯金しておくべきだったなぁ~」


 まぁ私は全部先輩が奢ってくれるから、バイトしなくても美味しい思いをしてますけど。あ、これが女の力か?

 この時ばかりは、自分が女として生まれて良かったと思うわァ。まぁ馬鹿な猿から性的に求められまくった時は、完全に幼馴染の関係性が崩壊したと思って、自分が女として生まれたことを呪ったけどねぇ~?


 ──男同士だったら、こんなことにはならなかったのに……って。


 そう思わせた鈴木崎は何も喋らない。私が声をかけることは普通にあるけど、こいつから私用で声をかけてくることはない。変な意地を張っているのか、どう声をかければいいか分からないのか、もう定かではないけど……あと半年で卒業。時間はないぞ? がんばれ。まぁ時間が経てば、こいつが感じてる気まずさも消えるかもしれない。それを助けるためにも、私は声をかけ続けるべきか、それが逆効果だった時のことも考えて、気まぐれに声をかけない時もある。

 今回は後者だ。


「またね、四弓さん」

「うん! 話せて良かった!」


 田中くんと手を振って別れる。

 すると鈴木崎がガン見してきた。


「え──あ……」

「……ん?」

「…………」


 あ。意地張った時の顔だ。馬鹿な子猿は、そっぽを向いてゲーセンに向かう。

 一方の田中くんは……あれ? 来た道を戻っていった。あ、そうか。部活があるんだ! やっば……じゃあそっちの方向に歩いてればよかった……だって部活棟は裏門のほうなのに! 真逆だよ! また私は自分のことばっかりぃ……ごめん田中くん!


 ……いやでも待てよ? 友達ならそれが普通でも、これが男女なら……そこまでして良いものか? むむむ。なんか難しい塩梅が始まった気がする……うーん。どうしよう……? 今の私は彼氏いるって思われてるから、あまり田中くんと話してると変な噂とか流れちゃうかもだし……それは田中くんにとって迷惑だよね。

 とりあえず今追いかけるのはアウトだ。次から裏門に行こう。別にお話する程度ならそういうアレじゃないし。……だ、だよね……?


「あ、四弓さん」


 ────この声は!

 つい前髪を整えて振り返る。自分から脈なしアピールしておいて何を。でもこれはもうクセになってんだ。なぜってお姉ちゃんが『人前では常に身だしなみを意識しろ』ってウルッセぇから……。


「カネナくん」

「またね~」

「うん! また~」


 それだけの掛け合い。でも嬉しい。

 でもちょっと周囲から女々しい視線が刺さる。それはつらい。


 町を抜ける。あとはずぅっと、あぜ道が続く。


「あれ、四弓さん」

「────えっ!?」


 背後からカネナくんの声。

 な、何用だ……?


「君もこっちだったの?」

「え……うん……あれ?」

「あはは。全然知らなかった。まぁそこの十字路を左に行ってすぐなんだけど」

「あ、私はずっとまっすぐで……」

「そうなんだ! それなら互いに知らなくて無理ないか」

「え、でも、さっき違う道に行ったよね?」

「町を出るまでは色々な道を通るのが好きなんだ。だってあぜ道は一本道でつまらないでしょ? 小さな町だから、もう全部の路地は踏破してるんだけど……あぜ道よりはマシだからさ。せめて見た目に彩りが欲しくてね」


 なるほど。それは分かる気がする。

 私も小学生の頃は、よく色々な道を通って、最後にこのあぜ道に出ていた。


 でも私は好きだな。

 小さな町から広大な景色に踏み出すと、故郷に帰ってきたって感じがする。田んぼや小川、石の小橋や小さな沼、あちこち点在するそれを見るだけで、幼少期の思い出が鮮明によみがえる。


「そうこう話してたら、もう分かれ道だ。じゃあ今度こそまたね。二学期から受験勉強が忙しくなるけど、一緒に頑張ろうね」

「……うんっ!」


 やばい。すっごい爽やか。夏の暑さも吹っ飛んだよ。

 いや暑いけど。


「──……大学受験かぁ……それが終わる手前ごろで……先輩とは勝負だなぁ」


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