先輩とデート① バーガー屋でだらける


 空が暗くなった新都のバーガー店。二階からネオンライトの大通りを見渡す。

 視線を前に向けると、先輩と目が合った。しばらく見つめ合う。我慢できない。うつむく。


 机には、半分くらい減ったポテトと食べかけのバーガー。

 ジュースの水滴で濡れた紙ナプキンとオシャレなおぼん。


「あ……えっと、先輩。ごめんなさい」

「ん? 急にどうしたの」

「えと、この前、ほら……『もし告られたら彼氏いるって嘘ついて追い払いたい』って言ったじゃないですか……それで『その時に先輩の名前をお借りしたい』って……」

「ああ、実践した?」

「いえっ。無理やり迫られた時の断り文句だったので……その時は全然イイ人だったので、使う機会はありませんでした」

「……へえ。告白されたんだ」


 え? ……あっ!


「い、いえ! あ、いや、たしかにされましたけどっそのっ……! お、お断り、しました……!」

「どうして? イイ人だったんでしょ?」

「そ、それは……っ!?」

「あはは!」


 先輩は愉快に、余裕そうに笑う。

 ううっ……こっちの気持ちを知っておいてぇ……! くっそう……悔しい。でも特に仕返しはしないっ! だって思いつかない!


「っ……ちょっと、やりたいことがあって。でもそれをすると村八分にされそうで……でも彼氏がいるって明かしたら村八分が避けられそうだったので、先輩の写真を見せて……彼氏いるって(嘘)言って難を逃れましたぁっ!」

「いやどういう状況?」


 女社会ならあるあるの状況だよぅっ!

 そして絶対になっちゃいけない状況で、デッドエンド間違いなしの地獄ゾーンだったぁよぉ!


「……私のお姉ちゃんが言ってたんです。受験勉強より人間関係を大切にしろって」

「ああ。その話は覚えてるよ。なかなか興味深い話だった。僕も基本的には同意する。もちろん────」

「受験勉強はおろそかにしませんよ?」

「────そんなに言っていたかな?」

「耳にタコツボができるくらい言われました」


 まぁ、何度も言われちゃうくらいには、先輩と会うたびにはしゃぎすぎってことなんだろうけど……それも仕方ない。だって私が悪い。自分から『おろそかにしないように、なまけないように、家庭教師もお願いしますっ!』って頼んでおきながら、あの手この手で先輩との勉強デートを避けて、こうしてバーガー屋デートに入り浸ってる。


 ででででも、家の中ではちゃんとたくさん勉強してるもん! むしろ家の中じゃないと勉強できないんだよっ! だってとなりに、毎日も会えない先輩がいるのに、なんで勉強せにゃならん! もっと話したいっ! いっぱいお話したいっ! 会えない時は勉強する! そうやってメリハリつけてるんだからいいでしょ!? ……ならそれを言えって話か。


 でもそれは無理ィ! だってぇ! それってなんか……あなたのことめちゃくちゃ好きって言ってるようなもんじゃない!? ハズすぎて無理ィ!!


「……あのさ。そろそろ僕のこと、名前で呼んでくれないかな」

「────えっ」

「先輩って呼ばれるのも嬉しいけど。もう学校違うわけだし」

「……先輩は、先輩ですから……」

「あー分かる。分かるよ。でも一回くらいは呼んでよ。ね? じゃないと……僕、ちょっとすねちゃうよ?」


 えっ。す、すねるって……そんな……でも……そんなに呼ばれたいの? なんで? いやまぁ呼ばれたいならそうしてあげるべきだろう。別に嫌じゃないし。

 ああでも心の準備が……や、やっぱり名前は無理です……苗字で勘弁してください……。


「っ……躄谷いざや先輩……」

「もっと柔らかく。先輩付けなしで呼んでみて」

「そんな注文付けます!? なんかヘンタイみたいですよ!」

「いいから」


 やっばい。なんか顔が熱くなってきた。視線を注がれている。

 胸が締め上げられるようだ。とんでもないことだよこれはぁ。


「っ……いざや……」


 躄谷先輩は腕を組みながらうんうんとうなずく。


「満足。ありがとう」

「は、はぁ……さいですか……」


 こっちは一気に疲れましたよ……なんかもうため息ものですよ……ハァ。


「それで? 人間関係の構築は順調なのかな」

「あ、はい……田中くんとは、告白されても友達のままで居続けることに成功しましたし……憧れの委員長とも恋バナできたし……カネナくんともおしゃべりできたし……三人とも、なんかあればちょこちょこスタンプを送り合うくらいにはなったんですよ?」

「田中くんかぁ」

「!」


 あれ。もしかして……先輩がすねちゃうって……そういうこと?


「……先輩のほうも、なんかそういうのないんですか……」

「色事? もちろんたくさんあるよ」


 っ!? た、たくさん~~~~~~っ!?

 なんだぁその自分モテまくりでーすみたいな言い方は!


「先輩そんなモテるんですぅ? ぶっちゃけカネナくんと田中くんの中間くらいの見た目ですよぉ?」

「ははは。言うなぁ。その二人の顔はまったく知らないけど、自分が上の下から中の上あたり、ということは自覚してるよ」


 ……的確な自己診断じゃん。

 え、なに? もしかしてそういう話題を女性から出されたってこと? うわああああ考えたくねぇええ!


「せ、先輩は……お付き合いしてるんですか?」

「今はしてないかな」


 !? “今は”ときましたか!! つまり昔は交際経験があるとぉ!?


「ど……どぉちらさまと、付き合ってたんです……?」

「幼馴染」


 ────え?


「でもうまく行かなくてね」


 ……うそ。

 …………先輩も?


 あ、やばい。

 これ、ポロポロ言っちゃう時の気持ちだ……。


「あ、あのっ先輩……私の話、聞いてくれますか……」 

「もちろん。君と話すために、ここにいるわけだからね」


 じゃあ、実を言うとって話を、しますけど……。

 実は、その────私も、クソな幼馴染と交際した経験が、ありまして……。


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