俺がオタクなのは彼女しか知らない

天川希望

一話

 俺は自分が嫌いだ。

 なんの取り柄もなく、ただ波風を立てず、平々凡々と生きる自分が嫌いだ。


 好きなものを好きと言わず、他人からの目を気にして、今のポジションを崩さないように、都合のいい人間を演じる自分が嫌いだ。


 誰からも嫌われないようにするために、自分を嫌いになる。

 自分のために自分を犠牲にする、なんとも矛盾していて、そしてとても理にかなっている。


 だから、俺は今日も俺が嫌いな神崎かんざき祐希ゆうきを演じる。

 たとえそれが、正解じゃないと分かっていても。





「今年も同じクラスだな、祐希」

「五年もお前の顔見てると流石に飽きてくるな、大翔」


 桜の散り行く四月上旬。

 賑やかな新しい教室の窓際の席でぼーっと外の景色を眺めていた俺のもとに、一人の男がやってきた。


「なんだよその目は」


 そう言って、俺の呆れた瞳に文句を言いながら隣の席に荷物を置いたのは中学からの友人の高坂こうさか諒太りょうただ。


 綺麗に染められた金髪が特徴的なイケメンで、イメージ通りサッカー部に所属している。

 中学一年の時から高校二年になった今まで五年間ずっと同じクラスの腐れ縁だったりする。


「そりゃそんな目にもなるだろ、いくらなんでも五年も一緒にいると新鮮味がなくなる、マンネリ化だ」

「俺たちは熟年の夫婦か!」


 俺が鬱陶しそうに手で追い払うジェスチャーをすると、ノリノリで諒太がツッコミを入れる。

 流石大阪人、隙を見せればすぐにツッコミを入れてくるんだから。


 俺たちがそんなくだらないコントをしていると、少しだけ教室が騒がしくなるのを感じた。


「お、天使様のお出ましだな」


 そう言った諒太の視線の先には、正しく天使という言葉が相応しい女の子がいた。

 その人物とは、同級生の白河しらかわ雪音ゆきねだ。


 ロシア人の母譲りの綺麗な銀色の長い髪をハーフアップにまとめ、人を吸い込むような青い瞳と整った顔立ち、さらには日本人離れした典型的な出るとこはでて引っ込むところはしっかりと引き締まっている容姿はまさしく天使という表現にふさわしかった。


「おはよう、雪音」

「おはよう、葵ちゃん」


 そうして笑顔で挨拶を交わし、自分の席へと腰を下ろす雪音。

 瞬く間にその周りには人が集まっていく。


 その全てが女の子であるのがこれまた人気の高さが伺える。


 完全無欠な容姿に加え、勉強ではそれなりに偏差値の高いこの学校で学年一桁をキープするほどの実力、運動は女子の中では頭ひとつ抜けるほどの才能。

 正しく文武両道才色兼備、性格もよく欠点のない理想の女の子だ。


 あたりめにモテるのだが、その敷居の高さから直接告白する愚か者は存在せず、こうして周りにいるのは女の子だけなのだ。

 

「うん、相変わらず天使だな、白河さん」

「どこがだよ」


 彼女を見ながらうんうんと頷きそう言う諒太の声で現実に戻ってきた俺は、そうやって毒を吐きながら、彼女から視線を外した。


「中学からああだもんな、彼女」

「もっと言えば小学校からあんな感じだけどな」

「流石、元旦那」

「ただの幼馴染だよ」


 校内でもかなりの有名人ではある雪音だが、俺はそんな彼女をその辺のやつよりはそれなりに知っている。


 家が隣同士で、父親同士が中学からの友達だったこともあり俺たちは生まれた時からの付き合いだった。


 彼女の容姿の良さは小学校高学年になる頃には世間に知れ渡るようになっていた。

 同級生や上級生が興味を持つのはもちろんのこと、地域の人や同級生の親や先生までもがその人間離れした容姿に目を奪われていた。


 昔は一緒にいることが多くよく喋っていたのだが、中学に入った頃からあまり喋らなくなった。

 ま、世間一般の幼馴染とは案外そんなものだろう。


 それに、仲がいいと思っていたのは俺だけだったみたいだし。


 中学の、それも初めのころのことを思い出す。

 制服に身を包んだ初々しい彼女が、夕日の差し込む教室で放った言葉、表情、その全てを、今でも鮮明に思い出せる。


「でも、あんな子が幼馴染なんて羨ましいぜほんと」

「ただ昔から付き合いがあるだけの隣人だ」


 俺が思考に耽っていると諒太は気楽そうにそう呟いた。


 俺は諒太を軽く睨みながらため息をつく。


「それに、お前だって中学一緒なんだから幼馴染みたいなもんだろ」

「それだと俺とお前も幼馴染になるな」

「残念、俺とお前は親友だ」

「祐希……!」


 俺がフッと笑いながらそういうと、諒太が目をキラキラさせてコチラを上目遣いで見てくる。


 一部の女子から妙な視線を感じるが、きっとイケメンな諒太を見ているだけだろう。

 間違っても俺たち二人セットではないだろう。


 脳天に手刀をぶち込み、ようやく元に戻った諒太は、改めて雪音の方を見た。


「でもさ、やっぱりクラスの奴らが知ったら羨ましがるぞ?」

「別にいいもんでもないよ、ほんと」


 俺はボソッとそう呟き、一瞬だけ彼女の方を見た。

 するとたまたま視線が合ってしまい、俺に気がついた彼女はすぐに視線をそらした。


 俺もすぐに視線を外して、窓の外をただ意味もなく眺めるのだった。

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