3話「地獄の特訓」(3)
「うーん......こ、ここは?」
目が覚めると俺は家の中のベッドで寝ていた。すると部屋のドアを開けて師匠の妻であるマネラさんが入ってきた。
「あ、目覚めたのね。良かった」
マネラさんは笑顔でそう言った。そして帽子を脱いで、ベッドの脇にある木製の椅子に座った。
「修行中に倒れたって聞いてね。私の旦那がおぶって帰ってきたの」
「そうだったんですね。迷惑ばかりかけて本当に申し訳ないです」
「そんな事ないわ。むしろこっちこそごめんなさいね。あの人、毎回無茶な修行ばかりやらせるから」
マネラさんは、ドログ師匠とは正反対に優しい。まるで天使のような性格だった。しかも笑顔でそう言われた。
「て、天使かよ」
「ん?天使?」
ドログさんと性格が正反対過ぎて咄嗟にそう言ってしまった。マネラさんは俺の発言に疑問を感じて、キョトンとした顔を見せた。
「いや、別になんでもないです。それよりドログさんは?」
「旦那なら自分の部屋に引きこもって貴方の修行の事を考えていると思うわ」
俺はそれを聞いて少し背筋が凍った。辛い修行の事を考えたらブルブルと体が震えた。その様子を見たからか、マネラさんは俺の右手を優しく握ってくれた。
「無責任な発言かもしれないけど、怖いなら諦めても良いのよ。無理に剣士になる必要はないからね」
俺の身体の震えはその一言で止まった。やっぱりこの人は天使なのかもしれない。
「お気遣いありがとうございます。でも俺は剣士になります」
俺はマネラさんの顔を見てはっきりそう言った。
「どうしてそこまで?何か理由があるの?お金目的とか?」
俺は少し俯いたままマネラさんに自分の意志を伝える。
「俺は......ドラゴンに家族を奪われました。だから復讐する為に必ず剣士になると自分に誓いました」
自分がそう告げると、マネラさんの顔が固まっていた。
「そ、そうだったのね、余計に深入りしてごめんなさい」
「いや、良いんです。今の自分に迷いはないので。不思議な感覚ですけど、むしろ家族の事を考えると前向きになります」
自分の気持ちを聞いたマネラさんも真剣な顔になる。
「アナタは他の志願者とはちょっと違う」
「え?ここに来てまだすぐですよ?どうしてそう思うんですか?」
「大体の志願者はみんなあの人の無理な修行に耐えられずに1日で、剣士になる事を諦めちゃってたから。どんなに強い信念があってもみんなすぐに心が折れちゃうの。あの人が厳しすぎるから。あと雰囲気も結構怖いからね。ははは。でも根は優しいのよ」
「そうなんですね...」
「でもまだ1日目だからね。2日目には嫌になるかもよ。旦那の特訓は地獄だから」
「ははは...」
俺は苦笑いで言葉に詰まる。
(ドログさんはまるで悪魔みたいだな)
するといきなり自分の両手を握ってマネラさんはこう言ってきた。
「私の勝手なお願いだけど、無理だけは絶対にしないでね。特訓が辛かったら逃げ出していいから」
「俺、帰る場所がないから絶対に逃げませんよ」
「だったらここで一緒に暮らしましょう」
マネラさんは俺の頭を優しく撫でてきた。俺はちょっと困惑した。
「どうしてマネラさんは、そこまで優しいんですか?」
「それが私の性格だからかな?」
(やっぱり天使だった!!)
「あと、死んだ息子にはあまり優しくしてあげられなかったからそれもあるかな。はははは」
少しだけ悲しそうな表情を見せたマネラさんだが、いきなりマネラさんは真面目な顔に切り替わり、自分の目を強く見つめる。まるで何かを決心したかのようなそんな雰囲気。
「唐突だけど、良かったら旦那と私の話を聞いてくれる?」
「は、はい。もちろん」
「ドログ、あの人はね。剣士だった頃に、仲間も沢山ドラゴンにやられて、自分も片目と片腕を失ったの。それで剣士を引退しちゃった。その後、故郷に帰ってきて落ち込んでいたドログと私は結婚したの」
マネラさんはちょっと鈍感らしい。優しすぎるせいかもしれないけどそう感じる。
「なんか、唐突ですね......ははは」
「そうかな?私ちょっと天然だって言われるからごめんね。でもあのままだとドログは自害しちゃいそうだったし、私しか助けてあげられないって思ってね。側で心を支えてあげたいって思ったの」
「どうしてドログさんの肩をそこまで?」
「私達、幼馴染だったから。小さい頃から仲良しなのよ」
「その後、私達に息子が産まれた。でも息子は旦那にそっくりでね。ジャックと同じ歳くらいに父に憧れて剣士になるって言い始めたの」
「俺と同じ歳でですか...?」
「そしたら旦那と息子が大喧嘩しちゃってね。私も息子に剣士になるのはやめるように伝えたけど父親似のせいか耳をまったく貸してくれなかった。そして息子は私達の反対を押し切って、剣士になったのよ」
「息子さんは?今はどうしてるんですか?」
「......天国に行っちゃった」
「っ.....」
マネラさんは苦笑いでそう答えた。同時に俺は言葉を失った。
「こっちも深入りしてすいません」
「別に良いのよ。そして息子は無惨な姿になって帰ってきた。それからドログの性格はどんどん暗くなっていったの。まるで悪魔にでも取り憑かれたかのように。昔よりまったく喋らなくなっちゃった。息子が亡くなったショックでね」
俺はそれを聞いて知らぬ間に涙を流していた。両手の拳も無意識に強く握っていた。
「だからあの人は他の志願者が息子みたいにならないようにする為に、厳しい特訓を受けさせようとしているの。あの人は剣士になる子達の為に今も沢山の事を考えてくれている。でもみんなにそれを伝えてもダメだった。みんな途中でいなくなっちゃった」
マネラさんの声がどんどん小さくなってきていた。さっきまで明るい声だったのに。そして。
「ジャックは、ジャックなら、あの人の為に頑張ってくれる?」
涙を流すマネラさんはそう尋ねてきた。その顔を見て、俺は迷いなく答えた。真面目な顔で。
「もちろんです」
すると、マネラさんは涙を流しながら笑顔になった。そして首に巻いていた青い布で涙を拭き始めた。
「ありがとう、貴方は私達の誇りよ。でも何度も言うけど無理だけは絶対ダメだからね」
「わかってます。任せてください」
「苦しかったらいつでも私に頼ってね。怪我をしたらすぐに治療してあげるから。辛い話だってたくさん聞いてあげる」
「ありがとうございます」
「あ、あと旦那には過去の話を聞いた事は内緒にしてね。あの人、結構落ち込みやすいから」
「はい、もちろんです」
するとマネラさんの背後の扉が開いた。
「マネラ、ジャックはどうだ?」
ドログさんが部屋に入ってきた。マネラさんは何事もなかったかのように、ゆっくりと背後を振り向く。
「目を覚ましたよ。今さっきね」
「お前、なんで泣いてるんだ?」
「いや、ジャックがあまりにも息子にそっくりだったから...ついね」
マネラさんは俺とした会話を咄嗟に隠すようにドログさんにそう言った。
「目が覚めれば問題はない。さぁジャック。鍛錬の再開だ」
「はい!」
俺は、下半身に被さっていた布団を弾いて、勢いよくベッドから立ち上がる。
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