1話「家族との約束」(2)
妹は毎日笑みを浮かべて、手を振りながら俺を見送ってくれる。
そして俺はとなり町へと続く山道へと歩いて向かう。
「ん? あれは……」
村の中を歩いていると、同じ村に住むお婆さんが前の方から、杖を突きながら歩いてきた。
「あらジャック、おはよう」
お婆さんが俺に優しく声をかけて来た。
「おはよう、おばあちゃん」
お婆ちゃんはゆとりある笑顔を毎日見せている。
「今日も朝から早いのね」
「うん、最近は仕事が忙しいからね」
このお婆さんとは幼い頃からの付き合いであり、昔はよくお世話になった恩人だ。
「できるだけ無理をしないように頑張るのよ。それにしてもお母さんの体調は大丈夫かい?」
「うん、最近は凄く調子が良いよ。以前よりも笑う回数が多くなったしね」
「それなら安心したわ。なんなら私も看病のお手伝いに行ってあげようかしら?」
俺は首を横に傾げて考える。
「うーん……母さんの面倒はメイに任せているけど、そうしてくれると助かるよ。でも本当に良いの?」
そう自分が尋ねると、お婆さんは笑顔のまま頷いた。
「困った時はお互い様よ。それにメイちゃん一人だと心細いでしょ?」
「うん、ありがとう。それじゃあお言葉に甘えて……」
「おーい、ジャック!」
すると、背後から幼い子供達の無邪気な声が聞こえた。
背後を振り向くと男の子二人と女の子二人、合計四人の子供達が俺の背後に立っていた。
「どうした? 朝からみんなで集まって……」
この子達はメイの友達でいつもメイと仲良くしてくれている。
「これからみんなで駆けっこするから、メイの事も誘いに行くんだよ!」
「今日はメイちゃん、遊べそう?」
「ごめんよ、メイは今日お母さんの面倒を見なくちゃいけないから遊べないんだ」
俺がそう言うと四人は同時に暗い表情を見せた。
「そんなぁ……メイもくればもっと楽しくなるのに。残念だなぁ……」
「それなら今からメイちゃんの所に行ってみんなでお手伝いしてあげようよ!」
「えぇ!? お手伝いなんかめんどくさいよぅ!」
「メイなんか放っておいて、俺達だけで遊ぼうぜ!」
面倒くさがる男児二人を隣にいる女児二人が眉間にシワを寄せて睨みつける。
「アンタ達も男の子でしょ。つべこべ言わないの!」
「そうよ! 友達を助けてあげないなんて最低だわ!」
「うぅ...」
俺は無邪気に話す四人を見て、つい頬がゆるむ。
「そうしてくれるときっとメイも喜ぶよ。いつもメイと仲良くしてくれてありがとう」
その後、おばあちゃんと子供達は一緒にメイの家に向かって行った。
みんなと別れ、俺は再び仕事場を目指して村の中を歩いて行く。
歩いている最中、他の住民達にも声をかけられた。
「ジャック、今日も頑張って来てね」
「うん、行って来るよ」
今の人は昔から仲良くしてくれている近所の優しくて九つ上の美人なお姉さん。
「ジャック、気を付けて行けよ」
「うん、ありがとう」
あの人はこの村で大工をしているいつも元気の良い、黒髭を生やした親切なおじさん。
(今日も村は平和だな)
いつも俺は毎朝、村の住民達と挨拶を交わしながら、となりの町に出かける。
貧相な場所だけど、俺は穏やかで人情味もあるこの村の住民達がとても大好きだ。
村の人達はみんな良い人達ばかりだし、
それに犯罪などもここ数年間、まったく起きていない。
俺はこんなにも素晴らしい住民達と自然豊かな故郷に産まれる事が出来て、本当に幸せだ。
この村の周りを取り囲む大きな山を越えると北側の方角に少し栄えた大きな港町が一つある。
働きに行くにはそこまで毎日、山道を徒歩で歩いて行かなければならない。
当然、日々の労働で全身に疲労が溜まる。
でも母さんとメイの事を思えば、その苦労も幸せに感じられる。
特に今日は二人から心のこもったプレゼントを貰えてとても嬉しいし、とても励みに繋がる。
今の俺は、足腰に溜まっていた疲労や眠気なんかも全て吹き飛ぶぐらい幸せだ。
でも本当は、家族の温もりと笑顔さえあれば、他の幸せなんか一つもいらない。
俺は毎朝山の頂上までくると、故郷の村を囲む緑豊かな自然を一人で見つめている。
山頂から麓の光景を眺めるのが幼い頃からずっと大好きだ。
そして今も仕事に向かう最中に毎朝見下ろして心癒されている。
(今日もよく晴れていて、良い天気だなぁ)
天気は良いが、昨日の夜に暖炉がないと眠れないほど気温が冷え込んだせいか、山や村全体にキリが立ち込めている。
そして山頂を下り、一時間ほど歩いてようやく、隣の町に辿り着く。
毎日2時間ぐらいかけてとなりの町に行っているが、疲れたのは働き始めた最初の頃だけ。
今は体力がついたお陰で、職場まで行くのに疲れを感じなくなった。
そして俺は街外れの港にある、とある倉庫へと向かう。
赤色のレンガで建築された巨大な倉庫がズラリと立ち並んでいる。
倉庫の前には毎日数えきれない程の馬車が、遠い地域などから沢山やって来る。
馬車の荷台には大量の食料品や農具の荷物が積まれていて、倉庫に入れる為に停車している。
そこが俺の職場だ。
「おいジャック、こっちの倉庫にはもう置けない! だから西の倉庫の方に持っていってくれ」
「はい、わかりました!」
俺は八歳の頃から麦の入った重い袋を運ぶ仕事をしている。
両肩に馬車の荷台から降ろされた数十キロの袋を二袋ずつ持ち、大きな倉庫の中に移す事。
それが労働の日課だ。
社員は俺を含めて数百名ほど。
社長はこの仕事は誰でも出来るという単純な理由でまだ幼かった俺をすぐに雇ってくれた。
でも最初の頃は重い袋を一つすらまともに運ぶ事が出来ず、職場のおじさん達から笑われていた。
そんな俺が何故、幼い頃にこの仕事に就いたかというと、廃棄されるパンが貰えるからだ。
それで給料も貰える上に、食費も浮くからとても助かっている。
家や服が無くてもなんとか生きてはいけるだろうけど、食事に恵まれなければ間違いなく家族共々飢死してしまう。だから今の仕事は本当に身に染みてありがたいと思える。
俺が麦を運んでいる最中、見知らぬ男二人が休憩中に、道の端で木の椅子に座りながら「ある会話」をしていた。
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