夏霞の蜃気楼

@yamakuro

第1話

強い日差しが照りつける、今年も例年の如く異常気象らしい。地下鉄の出口から出て額の汗を拭いながら悪態をつく。


「ここも変わらないな」


周囲を見渡すと懐かしい風景が視界の中を埋め尽くす。学生時代、牛丼一杯の為に何度も通っていた松屋、面接に応募してないのに飛び込みで受かったセブンイレブン、日除けの為に何時間も入り浸った挙句アイス一個買って帰ったライフ。


たった一年前の事なのに遠い昔の様に思える。

心は郷愁に浸りながら、頭はここに来た目的を思い出した。これが良くなかった弛緩した脳は記憶の奥底にしまっていた嫌な思い出も目的と共に引き摺り出してしまった。記憶の戸棚から引き出されたそれは回顧するたびに身を置き所のない感覚にさせる。


何故と自問する。そして幾度となく辿り着いた答えにまた行き着く


あの時は何も酷い事をされた訳でも言われた訳でもない。逆だ。青臭く甘い夢見がちな理想とそんな物を守る為のちっぽけなプライドが冷酷で愚劣な言葉を吐いた。

まだ若く身勝手で社会も出た事もない若造が吐いたそれは相手を酷く傷つけた事は想像に難くない。


そんな罰の悪さから1年も逃げ続けていたのだから自分に呆れ返る、だが逃亡生活もここで終わりだ今日は心のしこりに決着をつけに来たのだから。


思案に暮れながら夏休みで閑古鳥の鳴く小学校の脇道を抜けた先に目的地はあった。


住宅街の景観をぶち壊すような違法駐輪をする軽車両、建築基準法ギリギリの居間を台所とユニットバスでかさ増した部屋で建物の内部を埋め尽くし外からでもそれがわかる程、敷き詰められた窓も景観の破壊に一役買っいる。そんな山吹色の古臭いアパートが俺の実家だ。


廂の下にある郵便受けを見る。水道局のステッカーが貼ってある物や何日も放置されてチラシや封筒が剥き出しになっている物が散見される。


郵便受けの部屋番号を確認し南京錠のロックを外す。まだ番号を替えていなかった事に安堵した、そして中を確認すると鍵が置いてある、キティちゃんのぬいぐるみがついた鍵だ、それを使い玄関扉を開けると共用洗濯機で洗濯している住人に鉢合わせた。


眼鏡を掛けていて神経質そうな男だが見た事がない、挨拶をするが一瞥もしない。そんな奴は放って置いて鞄からライフで買ったサンダルを出して履き、脱いだadidasのスニーカーを埃の積もった靴箱に放り込む。

 

薄い壁の向こうから聞こえて来る雑音を気にも止めずに2階へと続く急な階段を登り切る。目的の扉は直ぐに見つかった。所々金具が錆びている扉の前で一呼吸を入れる。気を引き締め灰色のドアノブに手を掛けた。少し捻って見ると空いている事が分かる。


おかしい、母は戸締まりには人一倍敏感で一緒に出かける時はよく玄関に出た頃になって鍵を閉めたか確認して欲しいと頼まれた物だ。怪訝になりながら扉を開くとむわっとした熱気と共に台所に倒れる母の姿が視界に入った。


脇目も振らず駆け寄る、怪我や血が出ている様な感じでは無かったが脂汗が吹き出し苦しそうに息をする様子は尋常では無かった。直ぐに汗を拭き取り額に手を当てて熱を測る。


熱中症だ、タオルを水で冷やし額に当てクーラーを付け、扇風機の向きを変える。念の為、救急車を呼ぶ一通りの処置を取った事で落ち着きを取り戻し周囲を見渡すとテーブルの上に湯呑みが置かれている事に気が付いた。俺が小さい頃使っていたアンパンマンの湯呑みと母が愛用していた水玉模様の湯呑みだ。その両方ともが飲みかけのお茶が入っていた


何かがおかしいそう思った矢先、電話の着信音が鳴った。母の携帯だ、携帯を覗くと非通知からだ電話に出るーーーーーーーーーーー


「ようこそデスゲームへ」


通話越しに聞こえるボイスチェンジャーの声は束の間のされど残酷で濃厚な夏休みの始まりを告げた

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