第50話 2万文字以上あるので気をつけてね

 ココは所詮舞台、舞台ってなんだ、ただの絵空事だろう。だったら自分で崩して良いんだ――。

さぁ……っ「美が炎のようだっ……、アナタの熱気にあてられ燃え上がるッ!」その威勢の良い言葉に驚くヴィオレッタは、それはアルフレードが歌うはずだった詩だ、引き留めるから!


「さぁ乾杯しよう……、束の間の時官能に酔いしれようっ。この愛がかきたてられる甘い震えの中、俺の心臓に突き刺さるような眼差しに乾杯! 君は神が俺に遣わせた誘惑なんだとっ――!」

「えっ……えぇ、束の間の時を……その官能に酔いしれましょうっ。愛を掻き立てられシビれに痺れ……。朝が来ても終わらない愛を楽しもう……っ!」だがすぐに反応する大女優、その詩はヴィオレッタの心に響くのだ……。


「そうよ、せめてこの高貴な人々の中で……私の時間を埋めたい。この世の全ては狂気なのよ、喜びでない物はもう楽しもうっ……。それは生まれては枯れる花よ、命よ、人生なのよっ、ならばせめてありのまま、熱烈にたのしもーーうっ!」

 突然でも変わらず張りのある声、素晴らしい伸びのある言葉。

 歌い終わり観客が拍手をすると、すると今度はすかさずアルフレードが問うのだ。


「そうだ人生は歓喜に満ちているべきっ……。でもそれは……人を愛してない時なんだ、僕は今アナタの前ではち切れそうだっ!」

 ヴィオレッタにひざまずく青年は。目移りするが、きちんと絵になるまで待って彼女は……その苦しい苦悩を湛(たた)えて「わたくしはでも……っ。えぇ。だけどアナタのそんな純粋な世界に含まれないわ、そんな人間達なのよ私は」もう愛など言わないで欲しい……。


「でもヴィオレッタっ、それがきっと僕達の運命なのだからっ、ヴィオレッタさんっ!」

 若い咆哮。そして。


「ならば俺は自らの手で切り開くよ、ヴィオレッタ、君との愛を勝ち取るっ……。この溝は必ず消えるんだ、このパリの空のように自由になるぞっ!」

 男としての意地。



 そして全ての人間が唱える、その呪いを、その饗宴の中にあって炎が燃やす色をっ!

『酒と歌を楽しもうっ! 夜を飾り、その笑い声が響くこの楽園で、さぁっ……新しい享楽を発見しようじゃないかっ。例えもしそれが尽きていても、発見しよう、――、発見しようじゃないかっ!』


「はぁ~~。アレはミックス劇か~。ただ椿姫としか書いてなかったが、あれがラダメス――?」

あの俳優の子がか? アイーダ……。

 2つの台本、大女優への包囲網を敷いている。気づいたのだろう。


「なる程、おかしいと思った――。共演の女優どもがおかしな動きするから、ワタシ……鈍って……フフフ」

 すると舞台でヴィオレッタは苦し気にし、胸を抑えて塞がってしまうのだ。宴会の席へと赴く途中、それも2度も。


 椿姫、その物語が始まる――。


「あぁいえ……、これは大丈夫ですよ、ふぅ……ふぅ……、ほら……」そう言って見せるのは胸に輝く椿の赤――。

 その言葉に紳士と淑女が察して笑みを浮かべる。

 そしてその扉の中へ入る面々を見て、やがて私も……。その憧れるような表情はまだ少女の。


 助走の1幕。上手く感情を抑えたヴィオレッタ「はァ……はァ……、でももう青白い顔ねっ、駄目よ……駄目っ……」


 薄い音楽、カヤの外の静寂。するとその鏡に男の顔が映る。それに驚きの顔をする大女優は……っ!

「やっと帰れたよ……、戦場から君の為に戻ったっ。そして忘れたフリをしても駄目だヴィオレッタ、君は一度オレに愛されたはずだっ!」


「ドゥフォール卿……。でもそんな記憶はありませんわ申し訳ない――」

「そう言って逃げるのかい、でも君は一度は望んだじゃないか、俺との爵位をな! キミが望んだ大いなる栄光を与えるぞ、愛までも与えると言ったっ、何が不満なのかっ……!?」

 唯一結婚だけで得られる爵位を何より欲しがったらしい彼女。それは幼少のころ極度に貧乏だったという原典が欲した、最も深い欲望で。


 でも……、だけど明らかに違うと。そう目が……。


「だが確かに君は言ったな……、敬虔なキリスト教徒だから俺を愛せない、この国の全てに敬意を払うとしてもっ、それでも戦争家の俺じゃってっ――。だがな……本当にそれだけだったのか、それを聞きたくて銃弾の雨を超えて来たんだぞ、俺はっ――!」

「……――そうね……、そうですわ」そういうと自然と彼女は、その追いすがる手を振りほどいてゆっくりと歩いて行くから。


「俺は従軍し、そして君の故郷となる国と戦っている、分かっているっ! でもそれでも君を愛してると言ったじゃないか……、私が死ぬのを待っても良いんだぞヴィオレッタよ……っ」

「でもそんな薄汚い事……、神がソレをお認めにならないわ……っ! 難しい事は私には分からないわよ、だって私はただの娼婦ですものっ……。ナゼ殺すのか、何故奪うのか……っ、その貴族の政治は分からないのっ!」正直な言葉だ、この椿姫に降り立ってしまった異物への言葉。見事なまでに成り立つ。ただまだ彼女の方が輪郭を拒み……。


「だが事実、君のその人生に契りを立てられるのは俺だけだろうにっ……。俺は君のその、奴隷のような魂を救って見せるぞ、本当のパリを見せてやる――」

「パリを……ですって、本当のパリ……――」

その眼を――。

――――――――――。



「あぁレディー……、だが戦友の墓参りがある、君を困らせたくないし。そしてキミの胸に輝くのがただの椿ではない事は知っているよ、今日は楽しむだけにしようか……」

 悲しい顔をし、壮太は出て行く。愛していると――。

 そして見事にアドリブで返す大女優の姿に2人の女優がうなった。アイーダまで理解している姿――。


「でも……、良いわよ、アドリブだからこそ相手の話を聞く必要があるの、あとドゥフォールとなぞった事も効いてますね……。ドゥフォール卿とは最後、決闘までする相手だもの安易にいなせないのよ……っ」

「それで次のは道井戸先輩だからぁ、まるっと流すんだよねぇ……ふふ。大根さんだもんヴィオレッタだけが輝くの、主導する。これで印象が残りやすいよ~……」

 二人の女優が覗き込む舞台。その後に入って来るアルフレードも、彼もまた……。


「あぁ……、ヴィオレッタさん。そんなに憔悴してまで夜会を……。あなたは自分の事をもっと大事にすべきですっ、ご自身を少しでも愛してっ……!」

「そんな事が私にできるのかしら……、無駄に思えますわ」

「いいえっ、でももひ……っ、もしもあなたが僕だけの物なら、アナタは救いで満ち溢れるんだ。私ならば直ぐに優しい日々を与え続けますっ」


「何を言ってますの? 私を救うだなんて……フフ、ンフフフ」その優雅な暮らし、女では誰も手に入れられないような姿は誇りで……。

「でもそれでも救われないんだっ。だって世界中の誰もがアナタの上辺を愛しているからっ」「誰も? 誰もですかっ……」「そうです、私以外はね……」

「あっ……――フフ、あはははっ。本当よねぇ……。そんな大きな愛を、彼女は忘れていたのよ、その私は本当に本当に幸せですよ、えぇえぇっっ」


「笑っているのですか、この誠意をっ、この誠実をっ……!」「誠実……? えぇ、恐らくは。だってこの場でそんな物を求めるとは……フフ」

だが彼女は――。

儚い目と仕草、切なげなその――――――――――。


「本気、なのかしら……?」「私はあなたを騙さない、誠実だ……っ。ある日あなたは私の前に現れたっ、全宇宙の神秘とすら思えたんだ! この心に刻まれた十字架と同じ歓喜なんだよっ!」かなり長い詩をばっさり切ったが、だがやはり、愛の告白だけは抜群に上手い美男子。

 上手くヴィオレッタの心が乗っていって……。

「あぁっ……、それが本当なら逃げるべきだわ、アナタに捧げれるのは快楽だけ、良くて友情――っ。私は愛し方を知らないし苦しまない。それは……そんな愛などは、英雄の行いにも思えますのよ―――」

今の言葉は心からの言葉だわ、この私の世界なのですよ

「他のワタシを探して下さい……アルフレードっ。難しい事はないわ、それは忘れれる世界よ――」


 悲し気な娼婦の言葉、その寂しさを目いっぱい秘めた美しい艶女のインパクトは胸に刺さる。

 何せココで娼婦であったヴィオレッタは最後になるのだ、しかし、この余韻はストーリー全てに刺さる命題。

 ハッキリと印象づかせる大女優は見事としか言えない。すると扉が開くのだ、木島が顔を出す。


「一体何をしているんだい? どうしたかな?」

 すると彼女は歩いた、おぼつかないまでも、まるで逃げる様に。


「ではアルフレード子爵、だからもう愛はないのよ。もしこの不埒な盟約をお気に召すなら――、えぇ」

「従います。従いましょうレディ。では私はおいとまを」

「あら……、お帰りになるの、これだけが用事だったので――?」驚いた様子のヴィオレッタは、おずおずと惑い、そして自分の胸にある花を差し出すのだ。

「あぁ、ではこの花が枯れる頃に、もう一度お願いしますわ……」


 その言葉に訳が分からないという顔、田舎のボンボンだし、彼では分からない。

 すると優しく彼女は手ほどきするように、自分がさしていた胸の赤い椿と、そこの白いのを指差すのだ。


「えぇ……フフ、この白に代わってますのよ、すると、ね? 女の月が終わるのですよ……――」

そして明日が一番危ないの、ふふふ♥

 純情な彼は驚き、事態を察して満面の笑顔を見せるのだ。


 アルフレードはそのまま消えて行くのだが……。


「アルフレード、また……っ、アナタは愛してると言ってくれますか……―っ」

「あぁもちろん、どれほど愛しているか僕はあなたに語ろうっ」「本当に……そう、帰っちゃうのね――」

 そして出て行った後、彼女は言いようの無い高揚を感じてしまう。


 独唱。

 それはかの椿の君の、心の内。花から花へ、歓喜と絶望を謳う女の……。

「不思議よ……っ、不思議、この愛なのかしら――。私の心にはあの一挙手一投足が刻まれているっ、これは喜びよ……。まだ誰もアナタを燃え立たせてくれなかったというのにっ……」苦しみに胸を撫でて語り掛ける、自分へ、そしてそこにある問題へと――。

「神に見せられない程の不誠実な生き方で穢してしまった……。この病の淵から救い出し、私を満たしてくれる、私の乙女に素直な震える欲望が走ったのよっ……。その無垢な姿に私はっ、夫婦の姿すらも見てしまっていた――!」

動きだす――。

それは魂が動き出す――――――。


「いいえっ……愚かなっ!? 狂気ね、狂気よ!? もう虚しい錯乱がやってきている……っ!そんな事ある訳ない………。1度逃げた、2度はたやすいっ……。このパリという人混みの中に捨てられたの、私は1人よッ!」

「今っ……明らかに意識した、一度逃げたとハッキリ言ったわ――っ」

「哀れな女、ひとり。人がうごめく砂漠に捨てられ、何を望めば良いの、私に何ができる? それは……――、、喜ぶ事よ。 官能の渦の中でゆっくりと滅びる事なのよっ。私はいつも縛られないわ、何にも心を動かさないっ!」

さぁ歓喜から歓喜へ飛びましょう―――――!

「私の人生はこの喜びの道に沿って行くっ。夜明けも朝もっ……いつでも次の新しい喜びへ―――!」


 苦しい内面、そして言い表せない程の幸せへの欲求。


 見事に詠い上げる大女優の姿は圧巻。誰もが一人舞台に惚れてしまう、他の役者の必要性まで疑ってしまう程に――。


「はァ……はァ……、観客が度肝抜かれてるの……っ、でも振り回されちゃダメだよっ……。2つが交差するけどあの女優に食らいつかないと、魅力がないと思われたらマルっと役ごと消されちゃうから――っ!」

 どのタイミングでも、望んだスジでなくても120%を出さねばならない。それはたった一つの役という椅子を確保する為。なんとかココで切られないように、脇役以下で終わる可能性を排除しないと。

 だって彼女は中心であり、そしてだが彼女自身もまた観客と共にある。


「だけどやれるわよ……絶対、このまま詰めないといけない、まずは扉は開かれたものね――!」

 うなずく3人。思わずもれた観客の拍手がもう止まらない、さすがの大女優か、明らかにこの先の流れを読んだ言葉すら見える。


 闇の中で静かに還る大女優の、たった1幕を仕上げたその眼は……。


「説明を求めるわ。あれは演劇プログラムにはないのよ、しかも全然時代背景が違う……―ッ」

「えぇ、そうよ。だってここからはアンタの演技力との勝負だから――っ」

 そう言って灯火が横を通り過ぎていく。

いっぱしに笑うじゃない……―。

「女の子よね……、そして男の子。ふぅ……ふぅ……私は舞台に上がるの、一度きりの女優……」

ハズレ回じゃないのかしらねぇ――。


 うなずき、その女優はその舞台へと歩き出す、アドリブだけで向かうしかないその場所へ。

 その光に立ち向かわずして何が女優かと――。


「でも踏襲はしてある……。これは恐らくはそう、さすがに無茶はしない」

最低限はあるのよ、知ってるわ――。

 彼女の記憶にある役との混合物を今、すぐに再構成してく。

 研究熱心だったのが幸いしてか、それほど鈍化しない、いやむしろ――。


「フゥ……フゥ……これ私達がケンカうっちゃって、まるっと怒ってるんだ、アレは――」

これで技量を上げた――!?

 明らかに空気が引きあがったのだ、今まではトップだったが、これからもトップだ、この舞台にはこの花しか咲いていないと叫ぶ力。

 どんなに歪んでいても、その花だけは芯として立ち続ける!


「第2幕、準備オッケーですっ、小鳥のさえずり行きます!」その言葉と共に、なんと出番じゃないハズの大女優が出て行く! 驚いた照明が彼女を急いで照らし……。

「あぁっ……、私はあの言葉に心を動かされてしまったっ、逆らえなかったわ……。こんな田舎、こんな退屈っ……。だけど華やかな持参金も名誉も、そして栄華も残したわ、託したのよ……っ」

でもこれで十分なのよ、十分――…………。

 なんともいじらしく優しい笑み、それはついぞ見せなかった、娼婦から解放された自然の笑み。

 その言葉に驚いているのは、だが道井戸先輩だ。灯火達が引っ込めてすぐ出れるように仕向ける。彼の台詞を浸食し続ける大女優、言葉が途切れた瞬間に入らなければ……。


「あの日の私はたくさんの男達に手を伸ばされた……、それは美の奴隷とさえ思えた、私の美よ、そう思えたのよ――。でも私は全てをアルフレードの為に忘れますよ、アルフレードの横で生まれ変わるわ……。ほら……この純真な姿を今はもう世界にも見て欲しいのォッ――」その言葉は強く強く響き、そして目線を……。

「あ、あぁ……、もう僕は、彼女から少し離れるだひで落ち着かないや……。あぁ僕のヴィオレッタっ……、僕の湧きたつ若さゆえの欲情を、彼女はその愛の穏やかさでやわらげたんだっ、愛の微笑みを刻んでくれたっ……!」

あぁ僕はもう、天国に住まわされているようだぞっ!

 演技はクソだが愛の言葉は本当に上手い、真に役柄にもあっている先輩。歌い続ける。


 その言葉に、しかし……マズイのだ、何せここは即落ち2コマたる2幕の頭で。


「ここでアルフレードだけに愛を謳われるとマズいです……、もう確定したような印象を与えますよっ、話つけたみたいになるじゃないのよぉ!」「そうだよそうっ……、しかもまるっと2人しか壇上に乗って無いならもう――」

「あぁでも……っ――、でもアナタはまだだろう……、ヴィオレッタァっ! 見つけ出したよ、君はまだパリを望んでいるのだろうっ。じゃないとすぐ目と鼻の先に行くというのかよ、俺のヴィオレッタよ――!」

 驚く女優達!壮太が前に出たのだっ!

 しかしこのままでは確かに……「良いわよ、良い――! そうよこの舞台を壊しに来てるのよ、今から形を変えるのっ。それは冒涜であっても良いからっ――」


「君が本当に望んだのは、それは俺なら花は花のまま、結婚すらも考えれるっ。俺は何度でもキミを誘いに来るよ、キミが欲しかった姿を知っているんだぞっ!」

 二人しかいない花園、その木漏れ日を踏みにじる影に「あぁそれは………、その願いはでも……禁忌よ――。私にはアナタを愛する準備がないっ」この子……、舞台で私を見る事はできるのね、しっかりと話できるようには仕上げてる、調教されて――。

 その真っ直ぐな瞳に、観客はこの男が少なくとも、恋のお邪魔虫ではないと知る。遠い距離、語りかけ続ける。


 その観客の熱に圧されヴィオレッタも、その大女優もが顔を変えるのかは。情の片鱗を……。


「じゃあ、君との障害をただ葬ろうじゃないか……っ、俺はただただ葬ろうっ。俺は軍をやめても良い、君の為に会社を設立したっ。ヴィオレッタ……、なぁすみれよっ、その短い君の為に全てを捨てれるさっ!」

何度でも何度でも何度でも、待ち続けるぞ……

「だって恐怖があるんだろうっ、君はかの青年の……っ、その御父上に会うのを恐れているのだろうっ!?」

「ふぅ……フゥ……!? ヤメて……おやめになって、それは――っ!?」最低限はヤルのね。それなら誘導したいのは恐らく結末の――。

 女優が笑う。


 そして再度、もう一度、自分が最も得意な椿姫へと……――。

 彼女は舞台中央に一気に駆けて悶えて、踏み鳴らし、力強い言葉っ!


「あぁぁ……でも……、私は一途にならねばならないわっ。これが最後なの、例え全ての財を葬っても良いっ、今はその薄汚い過去から解き放つのよぉおっ!」

 その絶叫、灯火が壮太を戻さざるをえない! ヴィオレッタにはまだ罪の意識があるのだ。それを逆手に取って……。


「さぁ……っ、アンニーナ、アンニーナっ……。私の全てを今この時の為に、一番愛した彼の為に――! さぁ取り戻させてちょうだいよ……っ」

 呼び出されたメイドの灯火が出る。ヴィオレッタはそう言って愛を理由に、全ての財産をアルフレードへとつぎ込む。その顔は少しの少女と、そして希望だ……。希望なんだ。

 この愛は美しくて、そして永遠よ、分かるわね……――。その戒めの言葉と誠実な顔にメイドの灯火は――。

「分かりました、お嬢様。ではよろしいのですね――」


 ヴィオレッタは見事な顔、青春がなかった惨めな家庭環境を滲ませたその表情。静かに向き合うしかない。

 そしてメイドの彼女はだが、険しい顔でその能天気な男に向きあうのだ。


「やぁ、アンニーナ、アンニーナ、どこから帰ったんだいっ、ふふふ♥」「パリから」

「えぇ?誰が遣わせたの、そんなところに、なにかあったのなら言ってくれよっ、ねぇっ」「レディからです」「それはどうしてだい、あぁ、どうして……ですか?」

 立ち止まる。

「馬やらを売り払う為です、彼女がまだ所有している物全てを――」「えっ!? なぜだいっ、それはあの……っ、聞いても……っ」

 険しいカオ。アンニーナたる灯火は明らかに地味でお掃除少女だ、得意分野なのだろう。そのメイド服も可愛らしくもないし。でも……、その印象に残る瞳は。最後までヴィオレッタと付き添うメイドとしての誇りもあり。

「お嬢様は全ての財を売り払ってなさいますよ……、それで2000万もの大金を得ている……っ。だってお金がかかるのですよ、とてもとてもこの暮らしには――」


「にっ、2000万円だってぇっ!? な、なんでそんな事をっ、黙ってたのか僕にまでぇ――っ」その大げさも良い所の彼の演技、あえて乗って見せる灯火。

「そういうのですよ―――エェ――」それは異物を見る目。

 言葉遣いも不当だ、ボンボン子爵は明らかにメイドに良く思われていない。

 何せ彼女は賢く、気高く、都会的で洗練され、幾つもの男と情事を渡り歩いた主人であるヴィオレッタの給仕。真逆のような男には屈したくない。

 見事に憤慨した男は、一人パリへと向かうが……。


「ここの独唱、切ろうかと思ったけども……。思った以上に上手いのよね、あの先輩――」

「あぁ、僕だけが蚊帳の外か、外されたっ! でも僕は償いをするよ、絶対に悪名の僕になるなよっ。そして汚らわしい夢はきっと醒めて……、名誉の叫びが響き続けるんだ。ヴィオレッタ、愛してるっ、ヴィオレッタぁあっ、待ってておくれぇっ!」

「良いわ、良いわよ、アナタの顔ぞくぞくするのよ、フフフフ……♥ ほら………、でもやっぱりおかしいじゃない、言ったでしょうに……っ。あの女優どもは何か考えてるって――」

 自問自答しながらも、しっかりと集中するヴィオレッタ。


「あぁあの……、スゴイ睨まれるんですけど、オレ……僕、とにかくヤバい位に眼が――」

「怖いねぇやっぱり、フゥ……フゥ……、でもねぇ、見ておいた方が良いよ。まるっとあの女優の目はね……フフ、慣れると快感に」チュッ……。じゃね……壮太君。

 マイチが壮太の頬にキスをし、堂々と舞台に上がる。彼女は見事に恐ろしい、男役ができている、あの美貌を以てしてだ。

 そしてやってくる悲劇。ヴィオレッタがその財産放棄する書類を渡され、地味で働き者のアンニーナ(灯火)といると……。



「アルフレードは……?」「パリに行く所だそうです、お嬢様」「あら? 彼はいつ戻って?」「日が暮れる前に、彼はアナタにそう言えと」

「あら……不思議だわ――」この言葉は常に、3幕共に出てくる言葉、転機となるセリフ。

 嫌な胸騒ぎにヴィオレッタが動揺するのだ。


「そしてレディ……、ラダメス・ドゥフォール卿からの手紙ですよ」「あら……ふふ、そう――。夜会へのお誘いね、フローラまでも私を見つけてくれたの」

私は無駄だと言ったのに……。

 困り顔だ、しかし通常の台詞は行かないとハッキリ言うだが、彼女は濁した。まだやれる――。


 手紙を投げ出し考えるヴィオレッタ、そして登場するは……。

 それは玄関と言わずズカズカと家にまで入り、押しのけ「すまないがっ……、通してもらおう。私はジョルジョ・アモナズロ、かの息子の父親だっ! お前のような者に魅せられた愚かな息子の――、破滅に走り不心得をなす かの者全ての財産を守りに来たぁっ!」

 ドンッ、ドンッ!

 杖で床を叩く、存在感の大きさをアピールする。ジョルジュ(変調器を使っているマイチ)の登場、少し太らせて顔を特殊なメイクし、ムサい茶色の服で風化させて帽子とパイプでごまかして。ここからはこの物語の全てだ、アニメで言う所の8話。

 それは終わりの宣告――。



「何という無礼を……。私は見くびられる謂れはありません、何も……。何もだわ。ここは私の家、そして私の財産です、こんなの侮辱よっ……! アナタと話したくありません、お引き取りを……。それは私の為ではないわ、アナタの為です男爵どのっ!」

「それはそれは……。こんなにも贅沢なのにか――。娼婦の、これがアナタが持ち物だと……?」ジョルジュ(マイチ)が周りを見渡すが、まだ信じられない様子。だが優雅にヴィオレッタが返すのだ。

「えぇっ、彼からの好意は1度としてお断りしておりますよ。確かにそれは全ての人間にとっては謎かもしれない……、だけどその真意をアナタだけには証明しなければならないっ……」


 すると堂々とその証書を広げて見せるヴィオレッタ、助走が始まる、2人の女優は上手く近づく、テンポを上げていく。


「おぉ……なんという驚愕っ、貴女は持ち物の全てを、今から身ぐるみ剥ぐというのかっ? あぁ……背負った罪よ、娼婦の意地と贖罪なのか、ここまでアナタはっ――!?」

「私はもうアルフレードを愛していないのです、愛という次元などではないのですっ。神は悔い改めたと共に、その薄汚い昔話を、その苦悩を取り除いてくれたのですよっ」

「実に高貴なっ!」「あぁ……なんと甘美なっ。あなたの言葉はなんと甘美に聞こえる事かっ、お義父さまと呼んでっ!?」

 見事な程の協調、声のトーンも揃えていき互いの親和を高めて、怒涛に和睦へと演出するっ!


 だがジョルジュ(マイチ)がその時ヴィオレッタを突き放し、舞台を踏み鳴らし、それはイカヅチのような音を響かせ――!


「そのような感動っ、私は火をくべるのか、生贄を捧げようとしているっ!」

「あぁ………―――、やめて、黙って、恐ろしいことを聞くのね――。予見していた……、あなたを待っていたのよ運命はっ」

「そうだ……っ。我が最愛のムスメはアルフレードにも愛され育った……、天使のように無垢で、それは神から与えられた光! そして今っ……そんな彼女にはイバラが待つ、花嫁としての資格を失いかけているのだっ! それはこのアルフレードと娼婦の隠遁がっ……、このおかげで縁談は破滅へと導かれつつあるのだよっ」

 彼はその愛の巣を、ヴィオレッタの守った平穏を叩き、吟味して首を振り舞台から掲げ「このままアナタが意地を張れば、娘に大きな悲劇が舞い降りるのだぁ!」


 ここからは急転直下だ。2人は激しく言いあう、それは卑しいヴィオレッタに課される審問のように……。


「少し離れなければならないと……、それはそれは辛い事っ、私にとってそれはっ」「いや、それでは足りぬのだ」「これ以上を求めるのっ、まさか……永遠に彼を捨てろと!?」「だが必要な事だっ!」

「あぁぁ……、そんな事ないわ。私の胸に……、この燃えたぎる愛をご存じかっ。友人も親もいない、私は社会へとすがれる者の中にすら数えられないのっ……。しかも私の命はもう病に瀕して既に倒れているのですよッ!」

 彼女は高級であっても娼婦、その存在は社会の暗幕、沈黙と黙認によって生きている。

 そして病はもう――。


「だが犠牲は重大だ、冷静に聞いてくれ、君は若く美しい……っ。だがやがてその美貌は……」「やめて……―っ!」「気まぐれな物だ。愛を崇拝し続け時はすぎて、やがて退屈はやってくる――。アナタには何も残らないだろう、最も甘い愛情すら消えるのだよ!」

「鞭打つのか、神よっ! その通りよ――!」それは日々衰える自分の顔、それを嘆いた毎日――。

 震える体を止めようとするが、止まらない。もう既に病魔が始まっている。


「はぁ……はぁ……だが、アルフレードと離れ離れになれと……? 苦悩と哀れ等はもう散々に舐めて来ましたっ。もうこの期に及んでは死んだ方がましだっ!」その時、マイチの顔が歪む。

「そう、それか……、レディー? あのにっくきラダメスを追い落とすか――」「――!?」「そうだ、何せ君はっ……、そしてワタシも戦争を望んでいないのだよッ――!」

 その言葉に眼を開く。それは運命か……、それとも社会的な弱者が背負う業かという目を即座に――。

「私に……裏切れと――。2人になるのですよっ、ドゥフォール卿とアルフレード2人っ! もう既にうんざりなのですよっ」


「だが我が町にも戦火が忍び寄っているぞっ、たくさんの徴兵要請が来ているんだっ! だが中央で戦果を吸っているのは一握りだよ、君には義務があるはずだろう!? そのキリスト教徒としての信心、そして平和への祈りがっ――」

「私だけにソレを求めるのですかっ――ッ」

 上手いよ、さすがに上手い―――。

 叫ぶ声、うなるマイチ。その悲哀と苦しみ、明らかに芯をブレさせない女優。渡した台本を彼女は捨てていて……。それでもその目で分かっていた。

「でもこの国は変わらなかったじゃない……、社交界も同じだったっ……。私は全てに眼をつむって踊り、我慢して来たわっ。私が祈ったとて何も変わらないと、もぅ――!」


「だが私がオマエを認めるにはそうするしかない、私は必ず愛しい息子を守らねばならぬのだから。だがこうすれば2人を守れる……、そして私はアナタを認めようっ!」

 そのジョルジュの大きく広げる腕の前、大女優はうなずき、その言葉にうなずいてしまう。そう来るのね――。「私は……犠牲を払います。こうして倒れた者には、いつも希望は遠く……、ぐすっ。でももし少しでも裕福な家の出ならきっと、神は私に甘い顔をなさるのに……」

だけど私はここがきっと……―。


 彼女の元となった娼婦は、幼い頃から貧しく、家庭で暴力を振るう父から貴族の爺へと売られたという。

 貴族になる事を夢見た娼婦の、その最後の人生は――。


「そうだレディー……、魅惑的な夢よりも、大きな家族としての幸せを考えれば良い。さすればアナタに慰めの天使が舞い降りる、若者よっ……、さぁ泣けっ! 神が認めるのは優しさなのだよ、哀れな者よっ、泣けッッ!」

「家族………――。ではその妹さんに伝えて、私が戦った事実を。アナタの為に不幸に身をやつした者の正体をッ――!!」

 そう言うと静寂が訪れる。


 女優は静寂を恐れない、むしろその余韻こそが奮い立たせるのだ。まるで洗礼のようにひざまずくヴィオレッタ。


「さぁ、お望みの罰を」

「彼に言いなさい、愛していないと」「信じないわ……。手段は任せてもらいます、さぁもう一度……、私を、私」一瞬止まるが、だが、すぐに抱きしめて顔を隠す大女優。

「戸北 壮太……。今から最後の仕上げですよ。何せあの女優様は我が娘としてって……、そう言わなかったんです。2人のどちらにつくかを迷ってるのよ――」


 好みの男性像ならばアルフレードだ、間違いない。

 だがここからは隙が生まれる、もしラダメスがいると、彼が彼女の望みに肉薄できればあるいは――。


「では生贄の意味を知りなさい……。私が愛に捧げた心を、私の心の最後のため息を――っ」

 それは、ヴィオレッタが観客に話しているようだ。それがあまりに無表情で怖い、苦しみのラストを連想させる。最前列でまるで彫刻のように固まる娼婦は。

 そのまま彼女の死の病を信じなかった老いた男は、退出していく。そしてヴィオレッタもまた暗幕へ。

 観客を訝しがらせる事は絶対にしない、それが女優。やっぱり女優同士はしっかり目を見れていた。闇の中で幾人かの演劇通は理解しているが、だが未だ一般人はそう言うストーリーだと考えていて……。



「フゥ……っフゥ……っ、カットインしてくるのを模索もしてるの、そう……――っ」

「ねぇ今、アナタ声が被ってたわよっ……、絶対に絶対に、私の台詞を切らないで頂戴ッッ――!」「あとねぇ、この私が何故にロシアンになってるのよ、Fuck! 二度とあんなクソと一緒にしないで、絶対ヨ――ッ!」

 後ろではもうひっちゃかめっちゃかだ。

 そして再開、アンニーナ(灯火)を呼び出すヴィオレッタ。


「お呼びですか、お嬢様」「これを持って行って、この手紙をね」「これは……ドゥフォール卿への――」

 ヴィオレッタに別れがやってくる、その1枚は、ラダメス・ドゥフォール卿へ。そしてもう一枚はアルフレードへと……。


 賽は投げられた。


「そして今、あなたに手紙を書くのよ。アルフレードになんと書けばいいのかしら? 誰か私に勇気を……」

 ヴィオレッタが述懐に埋もれる中、アルフレードが入って来るから、すぐにその手紙を隠すのだ。

「やぁヴィオレッタ、遅くなったよ。何を書いていたの?」「えぇ、はい……いいえっ」「なんて混乱。誰に書いてた……また何を――。ヴィオレッタその紙を渡してっ!」

 その言葉に首を振るのだ。

 すると幼い割に紳士な顔で、アルフレードは落ち着いて……。


「ごめん、心配なんだ。ほら……、コレを。父が来たんだって」「あぁ……―。もう中を見たかしら?」「いや? でもなんか機嫌が悪そうだ。ただきっとヴィオレッタの聡明さを知ればさ、父も愛してくれるよっ、はははっ」

 そのあっけらかんとした顔にヴィオレッタはうなずく。

「そうね……。ではアナタはお父様を落ち着かせる事に専念して、まずは会ってきて下さいな、一人で。私が身を投げ出してひざまづけば、もう私を問い詰めたりしない。こんな娼婦でもきっと――」

「なんて程に泣いているの……っ、どうしたヴィオレッタっ……」


 その心配そうな美男子の、ナチュラルな仕草にドキリと眼を背けるレディ、その顔はやはり、愛している顔。

 後ろ髪引かれるのだ。間違いないと観客も思うが、ただ、一瞬だが先輩の台詞が止まった。早く……――1言で良いわよ早く――――――ッッ。私のアルフレードを壊さないでッ!


「さすがだわ……。全ての言葉を覚えている、舞台を掌握してる――」

 彼が漏らした台詞にかぶせる様に女優が出て、包み隠していく。アドリブでさらりさらりと喋り、立つはずなかった観客の目の前で笑いかけて魅せる。


「えぇ、今までの苦労には涙が必要だったの……、この雫は努力なのよっ。私はいつもそばにいるわアルフレード……っ、私を愛してアルフレードっ。それは私が愛しているのと同じ位に――」見事雰囲気を充満させながら、そのセリフを、椿姫の代表する哀しい言葉を劇場に響かせるのだった。


 目の端、舞台から帰って来た先輩が何度も何度も読み返してる。


 マイチが次の部分だけを読むようにしむけた、それしかできない。もう舞台の悪魔は開いていて――。


「では……、ぐす、さようならアルフレード……――」

 ヴィオレッタが掃け、ほぼ同時に木島が入っていく。「あぁ子爵様~っ! はァ……はァ……レディは突然パリに行かれました、アンニーナまで姿を消してしまったんだっ、これは……いったいっ」急いでいる姿の木島が、わざと先輩の台詞を飛ばす。

「おやおやオヤぁぁ……、これは……!? アルフレード様ーっ、どうやら馬車に乗ったご婦人が先程、アナタ宛てにとっ、こちら手紙ですと言われましたようですが……」

 呼ばれたアルフレードは、その手紙を見て直感する。

 そして手紙を開いて見て驚き、数行読んで目を背けたところで、すぐにジョルジュ(マイチ)が後ろから抱き……!


「息子よ……っ、なんと嘆かわしい事だろうな! ではお前はあのプロヴァンスに帰るべきだろう、誰があの海と大地をお前から奪えるのかっ……。あぁ哀しみの中でこそ思い出せっ、そこで輝いた喜びをぉっ!」

 嘆きを独唱するジョルジュ(マイチ)は舞台に響かせ、そして重厚に詠う。

 抜群に声が通る姿は悪役となって存在感を――。


「神のご加護をっ! 私は導かれたよ……、どれほどこの時を待ったか分からないのだ――。もう年老いた父なのだよ、さぁアルフレードよ戻ってきておくれ……っ。父の愛情に応えないのかっ、さぁぁ、アルフレードぉ!」

 あぁ……、あぁこれはヴィオレッタが、ドゥフォール卿だ……。「聞こえているのか息子よっ」「聞こえないよ……聞こえないんだっ! チクショウっ!」

 アルフレードは無言で走って行く、すぐに退場したのだ。


「私を拒むというのかアルフレードっ、だが……しかしっ」

 ジョルジュ(マイチ)も退場。破滅の雰囲気を持って幕間になる、観客を押し流すように流転する。

 その終わりの幕へと願う観客を導いて……。



「ちょっとっ……なぜアイーダを流すのっ、あのタイミングなら椿姫のハズだわ!? 椿姫が誤解されちゃうのよっ、センスがないっ……、今すぐヤメなさい!」

「いいえ違うわねぇっ! もう繋がりなのよ、アンタだけの劇じゃないわっ。椿姫みたいに適当にオジサン出ないわよ、今から暗躍するの、間違ってないっ!」

 滅茶苦茶に罵り合っている灯火と大女優。

 非常に心配な表情になる2人だが、怒りのままに突進してきて……。


「良いわよ良いわっ、気にしないでッ……。舞台に上がれば処女ですよ、純粋な娘なの、女優ってそんな物ヨッ!!」

ふん……ッッ。

 そう言ってすぐに次の舞台へと向かう灯火、そして当然のように大女優も、巻き上げた風でぶち殺すように……。

アナタ達のせいで神聖な舞台がムチャクチャよォッッ―――。

 吐き捨てるように出て行くが、その数舜先には泣きそうな顔なのだ。観客が息を飲む程に哀れで悲しい話の始まり。




 そして第3幕の少し前、以前の娼館、存在しないドゥフォール卿との会話。

「そうかい……。俺の元に戻ることを了承してくれるのかヴィオレッタ! あぁなんという日だよ今日はぁっ――!」

「そう、あのね……お久しぶりだわ。ずっと気にかけて下さってたのね。それで……、私がアナタといれるとするならばきっと、自由になる事よ、そう考えたの、えぇ。本当に……」

嬉しいわ……―。

 どこか余所余所しいが、それはでも、壮太を騙そうという姿。何度も何度も息を飲みツバをも……。


「そうだ、自由になれるぞっ。俺は例え相手が娼婦だとしても何も言われない、何せ強きこの国の将軍だからなぁっ。社交界であろうと政治界であろうと、どんな陰口も通用しないんだぞ、俺にはっ、ハハハ――っ!」

 自信のある目で見て来る壮太に、ヴィオレッタが言い表せない顔になる。

 ドゥフォール卿とはそもそも、ケンカっ早い乱暴者という話で、ヴィオレッタが恐れている様子だった。ただ、最後に帰ったのは彼の元なのだ。


 ふと窓際……。


「だがなぁ……、ヴィオレッタ、逃げようか。全てからだよ、俺が色んな世界を見せてやるぞっ――」

「パリから……逃げる。アナタ本気でそんな……、どうして?」

「あぁ、何せもう軍での功績も最後なんだ、俺は戦争で色々回って来た……。キミが望む戦争のない国は難しいがな、それでも世界はすごいんだぞ。最後は世界に自由に行こう、自由だ……っ! 自由だよ! なぁでも君は……、そう、このパリに恋していて、そして憎んでいるのだろう」硬く手をつないだ。その時……。

 その言葉に明らかに止まる、詰まる。


 華やかさだけを求めた椿姫、それは、それしか得られない人生だったからだ、幸せを求めたのではない。


「で、では……、持って行く物の用意をしなくてはねっ、ラダメスっ――。アナタの家には資料がいっぱいあるでしょう、大事な大事な資料がっ」呼んでしまった名前、顔を隠す、心臓の音を必死に隠して見せる女。

「もちろんだともさ、そうだ、嬉しいよヴィオレッタっ。それにもうすぐお金が入るんだぞ、ふふふっ! 実はさぁ……、もうすぐ植民地の――」

 その歓喜するドゥフォール卿に、大女優は哀しみの顔を見せてしまう。アイーダの如く。


 そしてその後ろのジョルジュ・アモナズロはほくそ笑むのだ、早速彼はその……。

 いや、だがその時、不肖の息子が乗り込んで来るぞ。


 その間にも娼館では様々な快楽が消費されていて……。

「トピックスだ! 今日はなんとっ……あのアルフレードとヴィオレッタが来るらしいよ!」「あらぁ……、ご存じないので、彼らは別れたらしいと」「いや? いやいやっ……。つい昨日までは世界を謳歌していたハズだが……。分からんものだなぁ、フフフっ♥」気の早い事で――。あぁ全くだっ!

 木島と灯火で上手く回す、その他の笑い声や落胆漏れるその宴会場。バイオリンを弾く者も。

 するとそのままアルフレードが入って来てしまうのだ。


「社交界の友人達よ、僕は帰ったよっ」「あらアルフレード……、もしかしてヴィオレッタの事で?」「いや、そういうんじゃない、知らないさ……あんなちっぽけな女っ」

 その言葉に笑顔で迎え入れる仲間達。そこにヴィオレッタが壮太の腕に絡まり登場。

 するとフローラ(早着替えマイチ)がすぐに駆け寄り、胸をボインボインさせ笑顔で……。


「あらぁ~♥ ようこそ、お久しぶりねヴィオレッタぁ」女2人は仲良く手を合わせ、優雅に会釈。「ラダメス伯爵、ヴィオレッタを迎えて下さりありがとうございますわ」

 陽気な雰囲気。この子やっぱりすごいわね――。知らずに2人で入っていく。

 だが天から重いピアノ音がすると同時に、ラダメスがアルフレードを見つけてしまうのだ。


「なんと……、ジェルモン卿が来ているのか」「なんてことなの……っ、彼の事は分かる、何をしようというのかも分かるわっ」「良いかい、あのアルフレードにはならないよ、あのアルフレードにはっ!」

 ドゥフォール卿が彼女に忠告する中、だが、ヴィオレッタが大いなる嘆きは止まらない。


「あぁ何故来てしまったの、そうね……不注意だったわよっ。あの招待状を見てしまったのよ、あぁ憐れんで下さいっ……大いなる神よっ!?」

「あら、どうしたのかしら……、この会場の雰囲気は」

 フローラが訝しがる中、そのままアルフレードとヴィオレッタ、そしてドゥフォール卿との緊迫が続く場面。


 だがしかし、この日のアルフレードは強かった。


「ほらっ、また勝ったぞぉっ! 狙って勝てる、何せ恋の大不運があったんだよっ……。だがその分神がお目こぼししてくれるんだ、きっと今夜は田舎で勝利宣言さぁっ!」

「お一人で、という事? それとも新しい伴侶は……――」フローラは興味深々だ、酒を大いにあおる。


「いやいやぁ、1人じゃなかったさ。だが僕を騙して、大いに見捨てたっ。その愚かで姑息な者はいたがねっ」「私は……、私なのねっ、何てことっ!」「おぃおぃ、アルフレードぉ。彼女が泣いているじゃないか、可愛そうに……」ガストン(木島)がアルフレードを止めるが、それに最も怒りを覚えるのは当然に……。

「そうだぞ子爵っ! 貴様は曲がりなりにも貴族だろうっ、良い加減に」「ラダメス卿! 駄目よ、ここで引かなければ私は一緒に行かないわっ」

 必死に止める彼女の前には、だが、嫌がらせのようにアルフレードが歩いて来る。まるで素知らぬ顔で……。


「何か僕の名前が聞こえましたが? ラダメス卿?」「き、君は……とても幸運だなぁ……、ふっ、ふふふ。何せ賭けの試合へと俺をかき立てたのだから、死にはしないしな……っ」

「あぁそんな、どうなるのかしら、もう死にたいわ――ッッ!?」

 胸を抑えうずくまるヴィオレッタ、だが男2人は意気揚々と賭けへと赴く。

 その熱気のある戦いは、だが、一瞬。それでもマイチと灯火が、そして木島が上手く乗せて……!

「右に200万円!」「では左に200万」「勝った……っまたアルフレードが勝ったぞっ!」「ならば売掛けだっ!」「ご自由にどうぞ」声の上がるその度に札束が舞う舞台っ!


 信じられない賭けが続くと、フローラ(マイチ)の酒の量が増える、そしてあおる度にほくそ笑むのだ。

「あぁァ~……ぁ、ラダメス卿は放心して過ごす。私には見えるわ、ウフフフっ♥」


「なんとまただ……っまた勝ったぞ、あのアルフレードがぁ!」「運命はアルフレードの物だぁあ!」

「あぁあぁ、申し訳ないくらいだ、しかしラダメス卿? どうやら食事の用意ができたようだよ。ふふっ。ここまで負けてもまだお気に召すようなら、じゃあ、後で離れて……」

「当然だッ……、後で再戦だぞキサマっ!」「くくくっ、良いぞ、もっと汚名を得るが良いさ……」

 その言葉にヴィオレッタが首を振る、そして一人別の部屋に入って行くのだ。

 それを追いかけるようにアルフレード。


「私を呼んだかい……、ヴィオレッタ! あぁなんだいそんな眼を、そんなに私が無作法に見えるのかっ……」

「いいえ、全く……―。でも私はラダメス卿を恐れているのよ、彼は軍人よアルフレードっ!」「だが我らには命懸けの争いがあるっ、仕方ないだろうよっ。あぁ……だが? 男爵が僕の手にかかればアナタは苦しむのだろうねぇ……っ、すまないなぁ……」


「良いわ、聞かないのねっ……。ではもうこの館から出て行ってっ」「出ては行くよ。だがあらかじめ念を押すが……。その時はずっとずっと一緒だ、僕と一緒っ」「それはNOよっ、決してNOっ」

 上手くは乗れない先輩。「ならばNOだよ、決してNOだっ――!」見合う2人、沈痛な面持ちで、片頭痛のように苦しみをあらわにする大女優。


「行きなさい……、哀れな人。悪名高い私の名前は忘れるの、もう逃げるのよ――。私はそう誓ったの」

「誰に誓った……? そこまで誓ったのか、一体誰が言ったっ。ヴィオレッタ、誰に誓ったんだ!?」


 アルフレードの言葉に困った顔で彼女は、決めきれないその苦しい内情を見せながら……。「ドゥフォール卿、そうなるかもしれない……」


――。

―――――――。


「おぃ……、皆聞いてくれぇっ!」そのまま聴衆を呼んだ彼は、たくさんの札束を彼女に投げつけのだ、怒りに震えて……!

「このような低俗な女の財産を僕は使っていたっ……、私は愚かで、盲目でっ、そして惨めだよっ! だが受け入れてしまっていたんだ……、この汚れた身を今僕は綺麗にしているっ、お前たちが証人になってくれよっ!」


 舞い振る札束、侮辱だろう、結局は高級でもただの娼婦なのだと……――。

 偽りの仮面に2000万もをつぎ込んだのだとあざ笑って突き放すのだ。そしてドゥフォール卿から勝ち取ったその金をすべて、ヴィオレッタにぶちまけてみせるっ!


「あぁぁぁ……――」あまりの我慢、心の苦しみに失神するヴィオレッタっ!

「キサマ剣を取レェ――ッ!」2人の男の、命と名誉と女をかけた戦いが始まる。

 そして出てくるのは可愛い灯火とマイチ、2人の踊り子だッ!

 滑る滑る、可愛く直し「さぁさぁ、始まるのですよ決闘がっ……。我らはジプシー、どうなるのでしょうどうなるのでしょうっ」灯火が早着替えで一気に颯爽とその舞台に乗り出すっ! マイチは非常に目を惹く肉を躍らせて。

「なんと無粋な……、剣での決闘ですってぇっ。だけどそうでしょうかぁ?まるっとそうでしょうかぁっ!? さぁ占って差し上げますよ、さぁさぁさぁ~~っ♥」


 勇ましく戦うような仕草をする、可愛い2人の女優が、前面に出てダンスを踊る。

 それは2人の男の演技のなさを消す為、殺陣なんぞできる訳がない、そして何より……――。


「フゥ……フゥ……、あの2人、本当に意地が悪い……――」

 でも苦手なのよねぇ、この娘。ダンスは……。

 緊張で体が震える。

 だが彼女がここで2人を止める芝居は難しい、何せどちらにも加勢ができない。そして2人の男は大根とカイワレ――。


「お、お願い、ヤメて欲しいのよぉっ……。私は選べないわ、本当はいるべきではなかったっ。でもいつかこの愛を知る日が来る……、きっとそうに違いないのよぉっ!」

「振り切るんだ、スゴイ……、すごすぎるのよ、アナタ……――」

 出来ないは出来ないで良い、だって私は女優、その出来ないを見越しても全ての中心――!

 ほとんど練習してないハズだし、見ただけの動き、ジプシーの中で十分に踊って見せる大女優。


 剣と剣がぶつかり合う音、男達の声、聴衆の歓声っ!

 そして壮太が叫ぶ―――ッ!


「ぎゃあああああ!?」「イヤぁああああっ!?」

 見事にヴィオレッタも叫んで、そのまま暗転。




「ここまで来てしまったわね、ハァ……フゥ……、まぁ良いわよ、ストーリーは存外に案外――」

フフフ――。

 その彼を見やる。

 そして病床、ほぼ独演、ここからは最後だ。


 暗い世界、もうあの華やかな世界は行ってしまった、そして残ったのは……。


「アンニーナ……アンニーナ」「はぃ……、ご命令でしょうか奥様」アンニーナ(灯火)はソファーで必死に眼鏡を探してつける。

「あらごめんなさい、可愛そうに……、寝ていたのね」ごほっ……ぐぅ――「はい、申し訳ありませんレディ」

 苦し気に肺を抑えるヴィオレッタに、アンニーナ(灯火)は水を与え、そして薄暗い部屋に一筋の陽光を差す。

 すると……。


「あら、グレンヴィル様がおいでですよ、奥様の唯一の親友のっ……」メイドは嬉しそうに、されど声を震わせ言うのだ、誰も彼もがいなくなった……。

 狭い部屋、色のない世界。

 すると、なんとしてでも立ち上がろうとするヴィオレッタに、若き医師としたグレンヴィル(マイチ)が優しく抱きとめる。


 その3人の女優の顔は、印象に残る物だった。


「レディ、気分はどうですか奥様?」優し気だが少しだけ頼りない、メガネをかけた青年が笑う。

「身体は苦しいですが、魂は落ち着いています……はァ……はァ……、昨日、敬虔な牧師さんが慰めてくれたの……」

教えは痛みを和らげてくれます。

「そうですか、良かった……。勇気を出して、まだ時間はあるんだ」「あら……フフ、哀しいウソ、医者には向かないのねぇ……アナタ」

「そうかもしれませんな、そうだろう。それでは奇跡が見たい――。では……」

さようなら。


 彼女の手を強く握った。その後のピアノが2人へ、アンニーナとグレンヴィルの裏の会話。


「状態は……?」「もう残った時間は少ない、私を忘れないでと、そう言って欲しい――」

 その言葉にアンニーナ(灯火)が涙を流し、上を必死に向き、ドクターは消えて行く。

 そしてメイドはヴィオレッタの元へ行き、ベッドを綺麗にして……。


「今日は……お祭りかしら」「謝肉祭ですレディ、大騒ぎですよ」

「そう……。楽し気な中で、何人が苦しむのでしょうね……。アンニーナ……、そこの戸棚の全てのお金の、その半分を貧しいアナタに」その言葉にアンニーナは金を数える。

「レディ、40万円しかありませんわ。そんなにしたらアナタに何も残らない」「十分でしょう、だから……、私宛ての手紙はしっかり探して欲しいの……、ね?」


 アンニーナは金を握りしめて震え、深く頭を垂れて出て行く。

 ヴィオレッタの独唱の始まり、鏡を見て……。


「私が映るわ……私が映る」

これがワタシよ―――――――――――――。

 まだ24の彼女、それが自分の青白い顔を見て、泣いてわめいて心から落胆するのだ。

 昔の栄華を――、たった数ヶ月の実り有る人生を思い出して狂う。

 輪廻のその、剥がれ落ちる事への恐怖の表情、全てが全てを……―、もう栄光も挫折も孤独もその愛もが――。


「まだ来ないの……まだ来ない――っ。ねぇ、遅いじゃないのよぉォオっ!?」ひたすらに一通の手紙を握って、何度も何度も読み続ける彼女は。

「はァ……はァ……真実が明らかになったと……私に会いに来ると言っているの。でも私は変わってしまった……、全ての希望が死んでいくのよっ、寂しいわ、寂しい――――」

「さらばっ……、あの昔の美しい夢が笑っているっ、さらばッ――、私の顔のバラは青いっ! 喜びも悲しみも全てが終わるっ、終わるのよぉおっ!」

 もうそろそろ狂気とも向き合えなくなる、そんな女性の最期の声。


 そして窓の外、誰よりも美しかった牛は、首をはねられる。


 苦しみもがく声に、その迫る死への演出に観客が身じろぎした、すると入って来るメイド。

「奥様……っレディっ!」「どうしたの……はァ……はァ……アンニーナ」「落ち着いて下さいね、落ち着いてっ!」

 その言葉に一瞬だが、生気が戻るのだ。

 急かすヴィオレッタ、だがアンニーナが少し戸惑った顔をする。だがそれでも急がせると、ゆっくりとドアを開ければ……。


「来たよ……ヴィオレッタ、あぁ……ヴィオレッタ」

 足を引きずり、傷を受けたのだろう、そして軍令違反を理由に閉じ込められた男。その軍人はだがヴィオレッタを探し出した、ラダメス。

 それを見た淑女の顔はだが、思った以上に優しくて、それはもう一つの希望だ、決してウソ偽りのない顔。


「きっとラダメス……なのね、そうなのね」もうはっきりとは見えない女。

「ヴィオレッタ、僕もいる……」「まさか……、まさかアルフレードまでもっ――。あぁなんて良い日なの、なんて最良の日、最良の最後――っ」

ふふ……アハハ、あーーーはっは、グス……うぅぅ――。

 それは涙を流して、子供のように抱きつくのだ。

 ビックリするほどの本気だった、彼女はもう動かない足で崩れ落ちながらも、絶対に2人を離さない。

 その女性にひざまずき……。


「ヴィオレッタ……、じゃあ僕らから選ぶんだよ、死出の舞踏会に伴う恋人をね……。残念だが3人ってのはきっと、神様は認めてくれないからなぁ、ふふふ♥」

「なぁ……そうだな。もうこの死に瀕して話し合ったんだ。一緒に行こうかヴィオレッタ……。君と一緒の墓に入るよ、その証明を誓いにきたんだ」

 2人の男性がしっかりと指を掴む、もうその支えなしにはヴィオレッタは立つことすらもできない。

 だが嬉し気に叫ぶのだ。


「ねぇっ……グレンヴィルさんを呼んできてアンニーナっ、私まだ死にたくない――ッ!」

「なぁ………、どうするんだコレ……――」

 演劇に理解ある観客がうろたえる、無理もないだろう、何せ勝ち名乗りが存在しない。

 それは決闘で勝って、それで決まったような演出が入るが、突然のラダメスを放置しっぱなし。

 そして2人の男が、その紳士達が、椿を抱いた娼婦へと笑い今までを……。


「もう父も捕まってしまったよ……、国家反逆罪に問われた。自業自得か――。でも妹は逃した、そして爵位は守った。まぁ……子供だったな、フフフ」でも2人の天国には上々かも。

「どうやら……軍人の癖に俺は傷が悪いらしいな、このままじゃ持たないだろうって……フフフ。墓穴に埋まるのは近い、はァ……はァ……、だが君を最後に見つけ出せてよかった――、ヴィオレッタ」


 そこに急いで入って来るグレンヴィル(マイチ)、そしてアンニーナ(灯火)。


「あぁ……、遅いじゃないグレンヴィルにアンニーナ、見えるっ……? 世界で最も愛する者達の、その腕の中で私……、私は今――」

 その涙の言葉にマイチと灯火が水を滴らせる。

 必死に身なりを整えたがる淑女だが、もうカラダが全くいう事を聞かない。そしてその時が来る前に、命の前、幕の前に2人を――。


「ヴィオレッタ……、僕と結婚しよう。君が得られる物は全て用意したよ、キミがいなければ僕はもう存在できないよ、田舎で暮らそう――。さぁ詩を歌おうよ、愛を紡ごうっ。人であろうと悪魔であろうと、もう僕たちを引き裂く事はないんだっ!」

「そう、嬉しいわ。あなたの優しい顔がはっきり浮かぶものね、アルフレード……」

 愛おし気に撫でる顔。詩的で若く、朗らかで、そして身なりが優れたアルフレード。ヴィオレッタが望む恋人。


 そしてドゥフォール卿は割って入るのだ。

 壮太は見つめ、その存在しない役には彼の……。


「君は幻想を望むなら……、俺の力の限りで良い、いくらでも与え続けよう。パリのジェンヌも良い、エジプトの女でも良いよ、他のでも良いさ! 例え100回生まれ変わっても俺は君を見つけ出すよ、君を愛し続けるからッ……」

ねぇ俺は変われないけどさ……、だったら君への気持ちも変わらない

「キミは何度でも生まれ変わって良いと思うっ、愛してる……好きなんだ!」

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――。

「そう――そうなのね、嬉しいわ」

 辿り着いたのね、そこに――



「愛してるわ……」

 そして観客が集中する眼の前。

 彼の横、隣でのキスシーンを見る羽目になる――。

「ンゥ……――。アルフレード、あなたを離さないのよっ……私はアナタと一緒よっ! アルフレードぉおっ!」

 観客は荒く息を吐く、涙を流す、その後はもう入り込む余地などありはしない、情熱的な言葉っ!


「パリよっ、愛する人よ、私達は旅立つっ! 人生を共にしましょう、私達は災難のような人生を挽回するのよっ。さぁっ……教会へ行きましょうっ、アルフレードぉお!」

「あぁだがヴィオレッタ……、君は青白いよ、教会までは無理だよヴィオレッタっ」「はァ……はァ……!? それは私の病よ、身体はなんとかするもの、だってほら……私、こんなに微笑んでいるのっ――」

 大女優の必死の笑顔はもう、見ていられないかもしれない、誰かを看取った人間には耐えられなかった。

 神に祈るアルフレード、悲し気に首を振るしかない。ヴィオレッタは倒れ伏してもその眼は、その腕は……。


「でも……、あなたが帰って来てもし私を救わなかったら、この世の誰も私を救う事ができないっ……、はァ……はァ……こんなに苦しんだのよ……、それを癒す涙が一瞬でほんの夢うつつなんて――うぅ――――――」

「あぁでも大丈夫よッ――ッ、アルフレード、私生きれるわ、不思議よね不思議ッッ――!」ドタドタ――ドタン!

 ヴィオレッタが突然立ち上がるその姿に観客は驚く。まるで本当に万全のようだ、いや、本当に突然立ち上がるのだっ!そそり立つ!


「止まった……痛みも痙攣も全てっ! 体にチカラが湧いて来るのよ、私は生に戻って行くのッ――!」

 そうしてペンダントを必死に掲げるヴィオレッタっ!

 それを愛しいアルフレードに……、いや、だが、それは一歩あるくごとに奪われる姿だ、それは圧巻。

 まるで一生を描くように死へと――それでも今は必死に……。


「ねぇ、お願い、聞いてアルフレード……。これは私よ、美しい私なの。アナタを愛した私を思いだす、そしてアナタを思い出す為の。ねぇ………、、はぁ……はぁ……」最後だ、最後に彼の胸で倒れるはずの、すみれの君は……。

「もしアナタにはいつか誰か、その処女の、淑女で控え目な少女が、その続く年月の中で愛を捧げるならねっ……」

私はまたアナタの妻になります

「送って下さい。天が祝福してくれるはず、また生きれるのよ、嬉しいわ、嬉しい―――」


 そのたった一つの生きた証、呪いを誰かに与えれた高級娼婦は、その天涯孤独だった女は微笑む。


「あぁぁぁぁっ……、ヴィオレッタぁぁあ――――」

照明が消え――――。

――――――――――――――。

――――――――――――――――――――。




 大喝采だ、情熱的な高校生の躍動に、特に女優陣の力強さに全員が心打たれた、中には泣いて足が震えている者もいる。

 闇、息をもつかせぬ大喝采。

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