第11話

「ねぇ、まるっと本当に大丈夫かなぁ……? ずっとって……ソレ、ずっとだよ? もし唇を奪って、その心から愛したキスはきっとね……、この世には存在しないキスになる。キミの愛がずっと無いんだよ、消えるよ……。初めてであっても100人目でもね」

丸っとその子はいない――。


 その言葉に慟哭した。それを、その熱を伝える事もできない相手。


「そうです……。それで、あの子は女優だからもう何度かあるの。でもアナタは記憶にも記録にすら残してもらえない、だってソレは録画なんてもの絶対させないものね。これからの義臣 年輪の芸能の道、役者人生の為にはいない事にされるわよ……」


 その言葉に心から落胆した、こんな無意味な恋があるものかと。


 今からは、生贄になるしか選べないのだ。忘れられる為の恋人になる、それがこの恋の条件。


「あの子は男の心を壊すよ、本当に。丸っと駄目にするの、覚悟してても壊すから」

 悲しそうにするマイチと灯火。それはあの大女優の重みを、演技に生きる事と引き換えに失う連鎖を、その無力感を秘めている。


「まぁね……、ヒドイ恋愛破綻だよねぇ~って……。だって同性とは違うもん、まるっとリンちゃんと男性が子供育てられるか~って、そう考えるのね。それ以外なら友達で良いよ、大事のベクトルが違うんだ」

 家も別々で、お隣に住んでて、なんだったらセックスもやれるし飲みにもついていく。遊園地だって一緒だ。でもそれは夫婦じゃない、人生を割くのじゃないのだ、お互いがエンターテインメントだと思っている。だが結婚とはリアルの分割で――。


「でも割く物はないのよ、恋愛において一番大事な物を消すんですよ……、あの子。このまま2人でって、寄り添って行きたいって気持ちを完全に無くさせるんだ。あの子はずっと無垢なまま。それって最高の幻想ですよねって……」

そうだ、もう既に最高の女優なんだ――。


 ウソ偽りない幻。それに立ち向かう勇気を問われ、ただただすくんだ。ひたすらに迷った。

「でも……、だけどその幻想に殺され始めてるのは輪廻じゃないのか――」

「んぅ―――――――――」その時、目線が泳ぐ。


「義臣 輪廻は遊園地も知らなかったんだぞ、彼女はそのままで良いのかって思うんだ……っ。ねぇ………、彼女は誰かがいないとさ、コッチから踏み出さない限り、ずっとずっと一緒だよね……同じ所をさ迷うんだよねっ。それは可愛そうじゃないのかな、それは……っ」「そう、だね、そう……。確か戸北 壮太君……、だよね」

 彼は振り向く、そこにいた義臣 輪廻に。罪悪感と恐怖に迷う彼女へと。


「そうだよ……その通りなのかも、私は………―。うん。でもソレで良いんだってね……、だって大女優だもん私」

その笑顔は「でも義臣 輪廻は……、輪廻さんは恋をいつするんだ――。アナタはいつかは恋に落ちる、落ちれるんだ、そうだろうっ。だってそれだけは分かったんだぞ、俺でもさ……っ!」


 キスの次の次、もしかしたら肉体関係を結ぶかもしれない。


 でもその記憶はきっとないんだ、そしてその男との関係も思い出せない。それをずっとずっと続ける事になる。女優の仕事を志す限りは繰り返す、彼女自身の闇。


「じゃあ俺はココから逃げないって約束するから。もしかしたらそれだけが取り柄かもだけどっ、だけどずっと君といるからっ……! 俺は消えないよ、輪廻……っ!」輪廻さん。


――。

――――――――。


 その言葉に驚き、後ずさる輪廻。義臣 年輪。

 予想外だったのだろう、はにかみ眼を逸らしながらも、だが……、笑顔を作るんだ、その笑顔はやっぱり……。



「あのね、もうね………、始まってるって……うん」

言わなきゃだったね、ごめん。



 その女優の手に持たれていたのは、一つの台本だった。


 たったそれだけ、その一冊の本を見ただけで絶望的な気持ちが押し寄せた。その二人が諦めた表情に膝が震える、もう消える運命だと――。


「プロだから私。いつか突然配役されるよ……、明日現場に来いって言われる、1つの光をもらう為に必死になる……っ。それで役をもらえるっていう話でね、ロミオとジュリエットを送ったんだよ、ごめんね……。ごめんなさい、戸北君」

素敵な言葉をありがとうね……。


 彼が残した役を握りしめる女優。

 オーディションで真価を発揮しにくい彼女が使える、配役を覆すプレゼンだった。これが義臣 年輪で。

「だからもしも待っててくれるならね……、もう一度お願いできるかな? それしかできないよ私……」


――。

――――――――。


「いや、1度しか言わない――。次はまた、考えるよ……」

だって俺の中ではその言葉はもう、残っちゃったから……――。

「そうですね~……ふふふ♥ 何度来てもまたそれを笑ったげますよ、じゃあね……戸北 壮太」

次はじゃあもっとキザなのお願いしますからね……。


「ねぇ、壮太君? お姉さんはあんまりお勧めしないなぁ~って……。まるっと逃げた方が良いの、大変だよぉ……?」

あとね、簡単には寝取らせないからって――、、、ん……ちゅ♥


 投げキッスを残して3人は帰っていくのだ、ただ灯火が最後に……。


「それじゃ、一応メールをいただきたいかと。これはうちら同好会に入るかどうかにもなるわ、ただ………―、その震えた手で打てたらですが……フフフ♥」

そしてもし加入したなら、その時から君は男優です

「この世で一番幸せで、そして報われない、甘くて辛い幻想の独り舞台を送る俳優ですから――」



 意地悪な顔で笑うのが見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る