第5話 その夜、私の人生は奪われた⑤

その時だった。


先ほど900を提示した中央の男が、ふいに手を上げた。


「異議あり。……転売の恐れがある」


──……え?


一瞬、何を言われたのか理解できなかった。

“転売”? 人を? 私を……?


脳裏に浮かぶのは、さっきからニヤついている男たちの顔。


そして今この場で、値を付けられている自分。


──私はまた……誰かに、売られるの……?


「この女は、二十歳だろ。オーセント公爵には若すぎる。」


若すぎる……

つまり、抱けない? 老いた身体では──?


「……いくつの女でも、金を出すんだ。いいだろう。」


淡々と返すその声に、場の空気がピリッと緊張した。


言葉に詰まる男たち。


誰も、1000より高い札を出す者はいない。


「ええ……他の旦那様は、1000よりも高い値段は……?」


進行役の声も、どこか歯切れが悪い。


場の雰囲気が、明らかにざわついている。


年老いた男が女を買う──その事実に、皆が一歩引いているのだ。


──でも、誰も止めてはくれない。


そして。


誰かが、無責任に放った。


「だったら……試しに、この女を抱けるか、見せてみろよ」


静まり返った空間に、その言葉は異様なほどはっきり響いた。


空気が凍る。


私は息を呑み、目を見開いた。


身体の震えが止まらない。


──“試す”?

この場で?

今すぐ、ここで? 見られながら──?


ぞくりと背中を這う冷気。


私は、ベッドのシーツを掴み、口を開こうとしたが──声が出なかった。


このまま、この地獄のような場で、私は“試される”の……?


助けて。

誰か。

お願い……誰か……。


そんな祈りにも似た願いが、胸の奥に溜まりかけたとき──


一人の男が、静かに立ち上がった。


その目は、鋭く、どこまでも冷ややかで。


けれど──ほんのわずかに、私を見つめていた。


「──俺が、試そう。」


低く、けれど確かな声が、ざわつく空間を切り裂いた。


全員の視線が、その声の主へと集まる。


年老いた男──オーセント公爵の後ろから、一人の男がゆっくりと歩み出てきた。


背筋を真っ直ぐに伸ばし、黒のスーツに身を包んだその男は、静かにベッドへと近づいてくる。


私は、身をこわばらせた。


けれど、その瞳がこちらを見つめた瞬間、ほんのわずかに胸が震えた。


「……俺は、オーセント公爵の息子──クライブ・オーセント。歳は三十五。まだ二十歳の女を抱いても、おかしくはないだろう。」


場内がどよめいた。


誰もが知っている名。


けれど、それ以上に驚きを生んだのは、彼の次の言葉だった。


「……俺が、父親に“1000”を払おう。金は同額。だが、所有者は俺だ。」


中央の男が歯を食いしばる。


「……父親の女を横取りする気か……?」


「だったら、倍にしてやってもいい。だが──俺が買う。」

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