第2話 その夜、私の人生は奪われた②

お礼を口にした私に、叔父は少し笑った。けれどその目元には、涙がにじんでいた。


「いや……いいんだ。似合うよ、そのドレス。」


いつも通りの調子で言ったはずのその言葉も、どこか苦しげだった。


──その時は、まだ信じていた。


私はただ祝われているのだと。


心が少しだけ温まったのも事実だった。


けれど、ふと脳裏をかすめたのは、叶わなかった“もしも”の未来だった。


本当だったら、私は今ごろ婚約者がいて、来年には結婚していたはず。


そうすればきっと、家の財政も安定し、叔父が困った時には資金援助だってできただろう。


でも……現実は違った。


私は、もう誰にも選ばれない“落ちぶれた伯爵令嬢”。


社交界では忘れられた存在で、今では婚約相手の一人も現れない女だった。


だから──私には何もない。


ただ今日、この日を「祝ってくれた」という事実に、すがりたかった。


私はルビーのネックレスを指先でなぞりながら、微笑んで見せた。


たとえそれが、哀れな笑みだったとしても──叔父の目をこれ以上曇らせたくなかった。


「今度の舞踏会で、必ず婚約相手を見つけて──育てていただいた恩に報います」


食事を終えたあと、私はそう口にした。


まっすぐに叔父を見つめ、胸を張って言ったのに、どこか声が震えていたのは自分でもわかっていた。


叔父は何も言わなかった。


ただ静かに目を伏せ、ワイングラスを手に取っただけだった。


限られた令嬢しか出席できない舞踏会。


それに出られること自体が、今の私には奇跡に近かった。


──これが、最後のチャンスかもしれない。


聞けば、舞踏会への招待は年齢が上がるごとに自然と来なくなるらしい。


二十歳を過ぎれば、大抵の令嬢はもう婚約者がいて、社交界での“役目”を終えるという。


その次に注目されるのは、新たに社交界にデビューする十六、十七の若い娘たち。


私は……すでに限界だった。


落ちぶれた伯爵家の名にすがり、必死で礼儀作法を学び、着飾って笑って──それでも、まだ誰の目にも留まらない。


だけど、それでも──私は“金持ちの家の子息”に見初められ、結婚しなければならなかった。


それは自分のためではない。


育ててくれた叔父のため。


誰にも知られないように、質屋に通い、食事を切り詰めてでも私を大学に通わせてくれた人。


だから、私は“幸せな結婚”を目指しているのではない。


恩返しのために、誰かの“妻”になろうとしているのだ。


──ああ、もしこの想いが報われる日が来るのなら、私だって、ただ“恋”がしたかった。

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