第32話 工場の中
建物の中は、社会科の教科書か何かで見たことのあるような中世の工場のようだった。大きな空間によくわからない機械のようなものが並んでいて、魔魂石らしきものが加工されている。加工されて魔力電池っぽくなったものが奥へと運ばれていく。その一角に異様な場所があることにユウトは気付いた。
「あれは……、なにをやっているんだ?」
思わずユウトは小さく呟く。
貧しい服を着た人たちが、椅子に座っている。というか、座らされている。その人たちは、なにかチューブのようなものにつながれてただ座っているだけだ。それだけなのに、なんだかとても苦しそうに見えた。
(まるで、マンガとかアニメなんかによく出てくる実験体にでもされている人のようだ……)
思わずユウトは目を背けたくなった。そう思ってしまうくらい、その人たちは辛そうな顔をしているのだ。
「あの人たちはなにをしているんだ? アレも仕事なのか?」
ミオも不思議に思ったようで、エレノアに尋ねていた。
「ここでは君たちも知っているものを作っているのはわかるね?」
「ああ、魔力電池だろう?」
「あの人たちは魔力電池に注入するための魔力を供給しているんだよ」
「!」
エレノアの言葉に、ユウトは息をのんだ。
確かに、魔力電池を作るには魔力が必要だという話は聞いていた。だが、それはユウトの中ではぼんやりとしかイメージできていなかった。こんな工場の中で作っているのだから、もっと機械的な作業なのだと勝手に想像していた。
だが、目の前にあるのは想像していたのとは全く違う光景だった。
「あの人たち、大丈夫なんですか?」
「大丈夫、ではないだろうね」
「え、それって……」
「とりあえず行こう。こっちだ」
エレノアが先を急ぐので、ユウトは魔力を供給している人たちが気になったものの後に続くことにした。
通されたのは工具や図面などが置かれている小さな部屋だった。どうやら、工場の中でエレノアに与えられている部屋のようだ。
「で、二人はハンスさんの知り合いなのかい?」
「はい」
ユウトは頷く。
「一応、大切な話だったら困ると思って連れてきたけど、つまらない話だったらすぐに出ていってね。それと、嘘だったらすぐに叩き出すから」
「あ、はい」
「嘘じゃないぞ。これを見てくれ」
ミオがハンスからの手紙をエレノアに差し出す。
「確かに、ハンスさんの字だね」
エレノアが(レンズが分厚すぎる眼鏡をしているのでどこを見ているのかよくわからないが)ユウトとミオのことをじっと見る。
「どういう知り合いなんだい?」
「ハンス爺さんは、私たちの村で鍛冶場を任されているんだ。それで」
「もしかして、ルミネ村の?」
「そうだ」
ミオが答えると、エレノアがハンスからの手紙を開いた。ふむふむと頷きながら、エレノアはハンスの手紙を読んでいる。
「え! 嘘!? 本当に?」
最初は静かに読んでいたエレノアだったが、急に声を上げる。それから、慌てたように自分の口を手で塞いだ。
「これ、すごい大発見じゃないのかい? 実際に見てみないとわからないけど……。というか、手に取ってみないとね」
エレノアはぶつぶつと何かを呟いている。
「あの、エレノアさん?」
ハンスがなにを書いてくれたのかはわからないが、手紙を読みながらエレノアにはどうやら違う世界が見えているようだ。完全にユウトたちの存在は忘れてられている気がする。
「あ、ごめんよ。でも、こんなところで話していたらガルドが来るかもしれないし、危険だからね。ん? そういえば、君はどこかで?」
手紙から顔を上げたエレノアがユウトの顔をじっと見る。
「俺、サラさんの食堂で働いているときにエレノアさんに会いました」
「あのときの子か。そういえば、ルミネ鉱山の話もしていたような……」
ようやく思い出してくれたようだ。酔っていてぼんやりとしか覚えていないのか、エレノアは首をひねっている。ただ、子などと言われるのは本気で子ども扱いされているようで心外なユウトだった。だが、今はそんなことに突っ込んでいる雰囲気ではない。
「なら、ここは一旦出てもらってサラさんのところで話した方がよさそうだね。これも、もし誰かの目につくと困るから持っていってくれるかい?」
エレノアに言われてユウトはハンスの手紙を受け取る。エレノアの口ぶりに、ユウトはここに来て話してよかったのかと少し不安になった。
「この部屋は、大丈夫。部屋の中から声が漏れないことを私が確認しているからね。誰も入らせないようにもしているしね。でも、ガルドは別なんだ。アイツはいつ来るかわからないからね」
ユウトの不安を感じ取ったのか、エレノアが笑った。隣でミオも安心したようにほっと息を吐いていた。だが、さっきからミオはそわそわしている。今、エレノアが言ったとおり、いつガルドが来るか不安に思っているに違いない。
「サラさんのところで話せるなら、その方がいいですよね」
そうして、ユウトたちは今日の夜に再びサラの食堂で会う約束をした。ミオのためにも、すぐにこの場を去った方がいいと思った。ミオの事情は知らなくても、エレノアもそう思ってくれたようだ。そもそも、エレノアとしてもあまりガルドにこのことを知られたくないと思っているに違いない。
工場から出るには再び、魔力電池のために魔力を搾り取られている人たちの前を通らなくてはならなかった。どうしても、目を背けたくなってしまう。
だが、ユウトは思った。
(新しいエネルギーが作れるのなら、この人たちが苦しむこともなくなるのか? というか、貴族たちは庶民にこんな苦しい思いをさせて魔力電池を平気で使っているっていうのかよ……。クリスタルタブレットで使ってるっていう点では俺も同じか……)
そして、ユウトは魔力電池を使わなければ動かないクリスタルタブレットを生み出したクリスタリス通信に投資している。
(だけど、俺は……)
気付けばミオも辛そうな目で、その人たちのことを見ていた。
「くっ」
悔しそうに歯がみするような声がミオから漏れる。もしかしたら、彼らをルミネ鉱山で働く人たちと重ねているのかもしれない。
(だから、俺は……)
ユウトはぐっと拳を握りしめる。
こんなものを見せられて、何もできないなんて、できることがあるかもしれないのに何もしないなんて、ユウトには無理だ。
前の世界では引きこもりだったが、株の知識はあった。今も、ユウトにはそれしかない。
だったら、自分の知識がある分野で戦えばいい。今考えていることは、株の取引の知識があっても前の世界ではやろうとは絶対に思わなかったことだ。特に必要がなかったからだ。
だが、今はユウトが口にしないといけない。
周りにピースは揃っている。
(あとは資金と、エレノアさんが本当に開発できるかどうか、か)
工場を出る。
隣でミオがほっとしたように息を吐いている。ガルドに出会わなかったことでほっとしているのだろう。
「じゃあ、また夜に」
そう言って、エレノアは再び工場の中に戻っていった。ユウトとミオはおかしな動きでもして疑われては困ると、守衛に軽く頭を下げてさっさとその場を後にした。守衛は特にユウトたちを気にしている様子はなかった。
「酷いな……」
ヴァルクロウ商会の工場から離れて、しばらくしてからミオがぽつりと呟いた。
「知らなかった。私は魔魂石が運ばれていくまでしか、知らなかった。ここでもこんな酷いことが行われていたんだな。許せない……」
名前は言わなかったが、怒りの言葉はガルドに向けられているものだとすぐに理解できた。ユウトも同じ気持ちだったからだ。
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