第2話:枯れた大地に注ぐ、匿名の知恵
【ロザリンド視点】
辺境貴族の屋敷跡で、私は途方に暮れていた。ゲーム知識が通用しないという「違和感」は、完全に「無力感」へと「感情の膨張」を起こしていた。
この村は、本当に何もかもが足りない。水は汚染され、作物は育たず、人々は希望を失っている。痩せこけた村人たちの顔には、生気がない。彼らの瞳は、未来への光を失っていた。私の【内政チート】は、まるで砂漠に水を撒くようなものだった。
「どうすればいいの……?」
独り言が、乾いた風に吸い込まれていく。公爵令嬢としてのプライドも、前世の知識も、この目の前の現実に何の役にも立たない。苛立ちが、焦燥が、私の心を蝕んでいく。
私は、崩れかけた屋敷の壁にもたれかかり、天を仰いだ。鉛色の空が、私の絶望を嘲笑っているかのようだった。その時、ふと、遠くから微かな金属音が聞こえた。規則的で、どこか心地よいリズム。それは、この死んだような村には似つかわしくない、生命の響きだった。
「……鍛冶?」
まさか。こんな場所に、鍛冶師がいるなんて。
私は、藁にもすがる思いで音のする方へと向かった。埃っぽい道を歩き、錆びついた機械の残骸を縫うように進むと、ひっそりと佇む小さな工房が見えてきた。
扉は閉ざされ、中からは先ほどの金属音が聞こえてくる。私は意を決して、扉を叩いた。
コンコン。
音が止まる。そして、ゆっくりと扉が開いた。
そこにいたのは、予想とは全く違う人物だった。
年齢は私と同じくらいだろうか。色素の薄い髪と瞳、そして何よりも目を引くのは、その無感情ともとれる表情だ。まるで、この世の全てに興味がないとでも言うように、彼の瞳は私を真っ直ぐに見つめていた。
「あの……もしかして、鍛冶師の方ですか?」
私の問いに、彼は無言で頷いた。その仕草は、どこか機械的で、人間離れしているように見えた。
この奇妙な出会いが、私の心に新たな「違和感」を植え付けた。しかし、それは絶望的なものではなく、どこか期待を孕んだものだった。
「私はロザリンド・ヴェルメース。この村の領主として、ここに赴任しました」
私は努めて冷静に、自分の身分を明かした。彼の反応は薄かったが、その瞳の奥に、微かな好奇心のようなものが宿ったように見えた。
私は、村の惨状を彼に訴えた。水質汚染、土壌の痩せ細り、魔力枯渇。そして、この村を救うための技術が必要だと。
彼は無言で私の話を聞いていたが、時折、私の言葉に反応するように、首を傾げたり、目を細めたりした。まるで、私の言葉をデータとして解析しているかのようだった。
「……貴方の技術で、この村を救うことはできませんか?」
私の最後の問いに、彼はゆっくりと口を開いた。
「データが、足りない」
その言葉は、まるで機械が発する音声のようだった。しかし、その声には、微かな「思考」の響きが感じられた。
「データ……?」
私は首を傾げた。すると彼は、工房の奥から一枚の水晶板を取り出した。そこには、この村の魔力変動データが鮮明に映し出されていた。
「これは、貴方が?」
彼は無言で頷いた。その水晶板には、私が知るどんな魔道具よりも高度な技術が用いられているように見えた。
この男は、ただの鍛冶師ではない。彼は、私の運命を変える人になるかもしれない……。
私の直感がそう告げていた。私の心に、新たな「期待」が「感情の助走」を始めた。彼の技術があれば、この村を救えるかもしれない。私の【内政チート】と、彼の【未知の技術】が組み合わされば、きっと。
「私に、手伝わせていただけますか?貴方の研究に、協力させてほしい」
私は彼に頭を下げた。公爵令嬢としてのプライドなど、この際どうでもよかった。目の前の絶望を打ち破るためなら、どんな手段でも使う。
彼は私の言葉に、わずかに目を見開いた。そして、ゆっくりと頷いた。
この瞬間、私の『裏ルート』計画は、新たな局面を迎えた。彼との出会いが、私の心を大きく動かした。
【クロウ視点】
工房に運び込んだ聖女リアナの『力』の解析は、僕の知的好奇心を大いに刺激した。彼女の聖なる力は、この世界の魔力とは異なる、未知のエネルギーだった。その波形は複雑で、解析には時間がかかりそうだったが、それこそが僕の望むものだ。
「あの村の人たちを……助けたいんです」
聖女リアナの言葉が、僕の『フィルタリング型』の思考に、微かな「点の膨張」を起こした。その声には、純粋な願いが込められていた。
これまで、僕はひたすらに真理の探求に没頭してきた。社会との繋がりは、僕にとってノイズでしかなかった。しかし、彼女の純粋な願いは、僕の知の探求に新たな「意味」を付与した。
僕は聖女リアナから、村の状況に関する詳細なデータを引き出した。土壌の組成、水質、魔力枯渇の歴史。それらの情報を僕の頭の中で構築された『現代知識』と照合し、最適解を導き出す。
「水質浄化装置の設計図と、土壌改良のための触媒の生成理論を構築する」
僕はそう結論付けた。聖女リアナの瞳が、希望に輝いた。
「私に、何かできることはありませんか?」
彼女はそう言った。僕は、彼女の聖なる力が、この装置の動力源として活用できる可能性に気づいた。未知のエネルギー源。それは、僕の研究にとって、新たなブレイクスルーとなるかもしれない。
「君の力を、データとして提供してほしい」
僕の言葉に、彼女は戸惑いながらも頷いた。彼女の表情には、不安と、それでも役立ちたいという健気な決意が見て取れた。
その時、工房の扉が叩かれた。
また来客か。僕は眉をひそめた。しかし、扉を開けた先にいたのは、意外な人物だった。
公爵令嬢。ロザリンドと名乗った彼女は、この村の領主だという。
彼女は、村の惨状を私に訴えた。その言葉は、聖女リアナの言葉とほぼ一致していた。
そして、彼女は私の技術に協力を求めてきた。
「私に、手伝わせていただけますか?貴方の研究に、協力させてほしい」
その言葉に、僕の『フィルタリング型』の思考は、新たなデータとして彼女の存在を認識した。彼女は、僕の知の探求を社会に接続するための、新たな「インターフェース」となるかもしれない。彼女の瞳には、強い意志と、諦めない光が宿っている。それは、僕がこれまで出会ったどんな人間とも異なる輝きだった。
僕の頭の中で、新たなシミュレーションが始まった。彼女の【内政チート】と、僕の【現代知識】。そして、聖女リアナの【聖なる力】。これらが組み合わされば、この村を、そしてこの世界を、根本から変革できる可能性がある。
僕は彼女の申し出を受け入れた。それは、僕の知的好奇心と、聖女リアナの願いを叶えるための、合理的な判断だった。そして、ロザリンドという女性の存在が、僕の思考に新たな「興味」というデータを与えたのだ。
【聖女リアナ視点】
目を覚ますと、そこは薄暗い工房だった。
見慣れない天井、そして目の前に立つ、感情の読めない青年。
「……ここは、どこ?」
不安が、私の心を支配した。聖王国から逃げ出し、森の中を彷徨い、力尽きて倒れたはず。
青年は、私に水晶板を見せた。そこには、私の聖なる力が発する波形が映し出されていた。
「これは……私の力……?」
聖王国の教義では、聖なる力は神聖なものであり、解析など許されない。しかし、彼の目の前にあるのは、私の力が『データ』として可視化されたものだった。
聖王国の教えと、目の前の現実との間に「微細な違和感」が生まれた。その小さな違和感は、私の心の奥底に、静かに波紋を広げ始めた。
彼は言葉少なに、この工房で研究をしていること、そして、私の力を解析していることを告げた。その言葉に、私は戸惑いを覚えた。しかし、彼の瞳には、悪意のようなものは感じられなかった。ただ、純粋な探求心だけが宿っているように見えた。
私は、彼に聖王国から逃げてきた経緯を語った。そして、その道中で通り過ぎた『錆びた開拓村』の惨状を。
「あの村、ひどい状態でした。魔力が枯渇して、みんな苦しんでいて……」
私の言葉に、彼の瞳に微かな変化が生まれたように見えた。
そして、彼は私の力を、村を救うための装置に活用できるかもしれない、と言った。
私の聖なる力は、これまで神に捧げるためのものだと教えられてきた。しかし、彼の言葉は、私の力が『人々のために使える』可能性を示唆していた。
「真の救済とは何か?」
私の心の中で、聖王国の教義と、目の前の現実が激しく衝突した。長年信じてきた聖なる教えが、まるで薄氷のように、少しずつひび割れていくのを感じた。
その時、工房の扉が開き、一人の女性が入ってきた。公爵令嬢と名乗った彼女は、この村の領主だという。
彼女は、村を救うために彼の技術に協力を求めていた。彼女の瞳には、強い意志と、諦めない光が宿っている。
二人のやり取りを見ていると、私の心に新たな感情が芽生えた。それは、聖王国では決して教えられなかった、「共存と理解」という「価値観の発動」だった。彼らは、それぞれの知識と力を持ち寄り、村を救おうとしている。それは、聖王国が説く「聖なる力こそが全て」という教えとは、全く異なるものだった。
私の心の中で、長年信じてきた教義が、音を立てて崩れていくような感覚を覚えた。しかし、それは恐怖ではなく、新しい世界への扉が開かれるような、微かな期待だった。
私は、彼らの隣で、この村を救う手伝いをしたい。私の力が、本当に人々の役に立つなら。
それが、私の新しい『真の救済』への一歩となるだろう。私は彼らの姿に、真の希望を見た気がした。
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第2話:枯れた大地に注ぐ、匿名の知恵
「ゲーム知識が通用しない現実に苛立ちと無力感を覚える中、奇妙な鍛冶師クロウとの出会いが、私の心に新たな希望の光を灯した。彼は、私の運命を変える人になるかもしれない……。彼の未知の技術と私の内政チートが組み合わされば、この絶望的な村を救えるかもしれない。公爵令嬢としてのプライドを捨て、彼の研究に協力を申し出た時、私の『裏ルート』計画は、新たな局面を迎えたのだ。この世界は、ゲームの外側で、もっと面白いことが起こりそうだわ!」
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次回予告
(ロザリンドがクロウの工房で、村の復興計画を熱弁する)
ロザリンド: 「この村を、必ず蘇らせるわ!見ててね、クロウ!」
(クロウが聖女リアナの力を解析し、新たな装置を開発する)
クロウ: 「聖なる力……興味深いデータだ。だが、それだけじゃない。」
(聖女リアナが、村人たちの笑顔を見て、自身の力の意味を問い直す)
聖女リアナ: 「私の力は、本当に人々のためにあるのか……?聖王国だけが正しいの……?」
枯れた大地に、希望の種が芽吹き始める。悪役令嬢の行動力と、天才鍛冶師の知恵、そして聖女の秘めたる力が、辺境の運命を動かし始める!次回、『甦る開拓の灯火、謎深き協力者の影』。
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