悪役令嬢と鍛冶師の辺境革命 ~内政チートと知力チートで世界を変える!~

五平

第1話:錆びた村の絶望と奇妙な出会い

【ロザリンド視点】


「……嘘でしょ」

 馬車から降りた私が最初につぶやいたのは、そんな呆れた一言だった。

 『錆びた開拓村』。その名の通り、そこは村というより、巨大な機械の残骸が散らばる墓場だった。かつて王国が開拓事業に失敗し、聖王国との国境警備のために最低限の機能だけを残して放棄されたという話は聞いていたけれど、まさかここまでとは。

 錆びついたクレーンが空を掻き、崩れ落ちた製鉄所らしき建物は瓦礫の山と化している。ひび割れた大地からは痩せ細った草がまばらに生えるばかりで、土は乾ききっていた。鼻腔を突くのは、金属の錆と埃、そしてわずかな生臭さが混じった、諦めに似た匂い。

 唯一の人間らしき建造物である村長らしき男の家も、今にも崩れ落ちそうに傾いている。

 王都から同行してきた護衛は、私の顔を見るなり、ひきつった笑みを浮かべた。

「では、公爵令嬢様。ここから先は、ご自身で……」

 言い終わる前に、彼らは来た道を慌ただしく引き返していった。まるで、この場所から一秒でも早く逃げ出したいとばかりに、埃を巻き上げながら馬車を走らせていく。その背中を見送りながら、私の心には乾いた笑いが込み上げてきた。

「はは……ハハハハハハ!」

 乾いた、神経質な笑い声が、廃墟となった村に虚しく響く。

 乙女ゲームの知識では、この村は存在しない。あくまで噂話や裏設定にしか過ぎなかったのだ。だからこそ、私はここに希望を見出した。ゲームの枠に囚われない、自由な生き方。

 こんなはずじゃなかった。

 脳裏に、かつてプレイしたゲームの華やかな世界が蘇る。ドレスを身に纏い、攻略対象たちとダンスを踊るヒロイン。私が送られるはずだった辺境の領地は、せいぜい王都から少し離れた風光明媚な場所で、不遇ながらもそれなりに優雅に暮らせるはずだったのに。

 この目の前の光景は、ゲームのデータなんかじゃ測れない。

 私の『裏ルート』計画は、まさかの『超ハードモード』からスタートだった。

「こんなの、乙女ゲームどころか、サバイバルゲームじゃない……!」

 サバイバルゲームサバイバルゲームサバイバルゲームサバイバルゲームサバイバルゲームサバイバルゲームサバイバルゲームサバイバルゲームサバイバルゲームサバイバルゲーム。

 はあ、と私は大きくため息をついた。全身から力が抜け、座り込みたくなった。


 村は魔力枯渇の影響で、土壌は痩せ細り、作物は育たない。井戸水は汚染され、飲めたものではない。生きている村人も数えるほどしかおらず、彼らもまた、希望を失い、ただ朽ちるのを待つばかりの亡霊のような顔をしていた。彼らの目には、私のような身なりの人間への警戒と、諦めだけが宿っていた。

 私の【内政チート】は、確かにどんな環境でも活用できる汎用性の高いものだ。前世で学んだ統計学やマネジメント、効率化の知識は、どんな状況でも最適解を導き出す。しかし、それはあくまで『リソース』が前提だ。石炭も、鉄も、水も、食料も、人も、何もかもが不足しているこの状況では、ただの絵に描いた餅だ。

 頭の中で、あらゆる解決策をシミュレーションしてみる。だが、どのルートも、前提となるリソースがなければ実行不可能だった。まるで、無限ループに陥ったかのように、思考は堂々巡りを繰り返す。


 私は唯一の手がかりである『噂の鍛冶師』を探しに、村の奥へと足を踏み入れた。ゲームの裏設定によれば、この村の奥地には、とある辺境貴族の屋敷があり、そこに『隠れた技術者や財宝がある』という噂があった。その貴族こそが、もしかしたら『裏ルートの攻略対象』で、天才鍛冶師と繋がっているのかもしれない、という微かな希望があった。

 しかし、見つけたのは、ただの古びた屋敷跡と、そこに住まう凡庸な貴族の末裔だった。彼は私を見るなり、顔を青ざめさせ、震える声で私を追い返そうとした。

「わ、私は、ただ細々と暮らしたいだけなので…どうか、ここからお引き取りを…」

 私の頼みを、彼はあっさりと、そして怯えた様子で断った。その目に宿るのは、私のような権力者への嫌悪と、保身の感情だけ。

 がっかり、という言葉では足りない。怒りすら覚えた。

 ゲーム知識が万能ではないという「違和感」が、私の胸の中で一気に「感情の膨張」を起こした。私が信じてきた『裏設定』は、現実の前には何の役にも立たない。ただの思い込みだったのだ。

 私の『裏ルート』計画、早くも暗礁に乗り上げ…いや、完全に沈没しかけているわね。

 こんなにも無力な自分に、苛立ちが募る。私は唇を噛み締め、俯いた。


【クロウ視点】


 薄暗い工房に、カチカチ、と金属を叩く音が響く。それは、僕が集中している時にだけ鳴る、規則的なリズムだ。

 僕はクロウ。この辺境の森の奥深くで、一人、ひたすらに研究に没頭している。人付き合いは苦手だ。そもそも、人と話すこと自体が、僕にとって非効率な行為に思える。誰にも邪魔されず、ただ僕の知的好奇心を満たすためだけに、日々新しい理論を構築し、実験を繰り返す。

 僕が知っている『現代知識』は、この世界のどんな魔術や技術よりも遥かに優れている。それは、ある日突然、僕の頭の中に流れ込んできた、理解不能な情報だった。だが、その知識こそが、僕の人生の全てだった。僕の『フィルタリング型』の思考は、感情というノイズを取り除き、常に最適解と真理へと直結する。


 コンコン、と工房の扉が叩かれた。

 珍しい来客だ。僕は眉をひそめた。誰か道に迷ったのだろうか。不快感と、微かな「予測不能な事態」への好奇心が僕の頭を支配する。

 扉を開けると、そこに一人の女性が倒れていた。

 純白の衣をまとい、まるで光のような女性。その肌は土で汚れ、呼吸は浅い。

 彼女の身につけていた装飾品から、すぐに分かった。聖王国の聖女だ。この辺境で、なぜ。

 疑問は尽きないが、僕の興味は別のところにあった。

 彼女から放たれる、聖なる力。それは、この世界の魔力とは明らかに異なる、高密度なエネルギー反応を示していた。まるで、物理法則を無視したかのような、不可解な現象。僕の知的好奇心が、データ解析への衝動を呼び起こす。

 僕は彼女を工房に運び入れた。治療は最低限。僕の目的は、彼女の『力』を解析することだ。身体の構造、力の放出パターン、全てが未知のデータだ。


「……ここは、どこ?」

 翌日、目を覚ました聖女は、不安そうに僕を見つめた。その瞳は、まるで迷子の子どものように揺れていた。

 僕は無言で、彼女が持つ力の『観測データ』を見せた。僕が開発した簡易モニターには、彼女の聖なる力が発する波形が鮮明に映し出されていた。

「これは…私の力…?」

 彼女は驚いたように、水晶板を見つめた。僕が言葉少なに説明すると、聖女は次第に落ち着きを取り戻した。彼女の混乱した感情のデータが、僕の思考から徐々にフィルタリングされていく。

 そして、彼女は語り始めた。聖王国から逃げてきたこと、そして、その道中で通り過ぎた『錆びた開拓村』のこと。

「あの村、ひどい状態でした。魔力が枯渇して、みんな苦しんでいて…」

 彼女は悲痛な声で語った。その声は、僕の『フィルタリング型』の思考にも、微かな「点の膨張」を起こした。

 聖女が語る村の状況と、僕が観測したその村の魔力変動データが一致した。

 聖なる力。錆びた開拓村。

 僕の知的好奇心が疼き出した。これは、新たな研究テーマになるかもしれない。

 僕は聖女に、いくつかの質問をした。村の土壌の状態、水の状況、魔力枯渇の度合い。

 彼女は懸命に答えた。その瞳には、僕の技術が役立つことへの期待が宿っている。

 「あの村の人たちを…助けたいんです」

 その言葉が、僕の心に微かに響いた。純粋な知的好奇心。そして、人を助けるという、僕には馴染みの薄い感情。

 それが、僕の次の研究の動機となった。彼女の願いを叶えることが、僕の知の探求にとって、新たな意味を付与したのだ。


【聖王国情勢】


 聖王国の総本山に、激震が走っていた。

 唯一の聖女、精糖高家者の娘、リアナが失踪したのだ。

「何故だ!?聖女は、聖なる力の象徴!失踪など、あってはならぬ!」

 最高司祭の怒号が、大広間に響き渡る。その顔には、隠しきれない焦燥が浮かんでいた。聖女の魔力は、この数年、微細ながらも減少傾向にあった。その事実は、彼らが民衆にひた隠しにしてきた、聖王国の最大の秘密だった。

 彼らは聖女の捜索を最優先事項としつつ、もう一つの報告に眉をひそめていた。

 「錆びた開拓村」での、不穏な動き。

 かつて聖王国が莫大な費用を投じて開拓に失敗した、魔力枯渇の不毛な地。そこに、何らかの活動が始まったという斥候の報告があったのだ。

 「あそこは失敗した土地。聖女の力がなければ、何もできぬはず…」

 最高司祭の口から、「納得できない沈黙」が漏れた。彼らは、聖女の力がなければ、どんな技術も無力だと信じていた。聖なる力に頼りきった聖王国の技術力は、他国に比べて著しく停滞しており、その自覚すらなかった。

 最高司祭は、聖なる力の減少を肌で感じていた。だからこそ、聖女の存在が何よりも重要だったのだ。

 「聖女を必ず連れ戻せ。そして、あの穢れた村から、不穏な動きの芽を摘み取れ!」

 彼の目には、聖なる力への盲信と、失われゆく権威への恐怖が入り混じっていた。


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第1話:錆びた村の絶望と奇妙な出会い


「まさか、ここまでとはね。ゲーム知識が全く役に立たないなんて、想定外だったわ。期待していた辺境貴族も期待外れで、私の計画は早くも暗礁に乗り上げちゃった。でも、希望が全くないわけじゃない。聖女が持ってきたあの『錆びた開拓村』のデータ…噂の天才鍛冶師が関係してるみたいだし。まだ見ぬ協力者の存在に、一縷の望みをかけるしかないわね。この世界、本当にゲームの外側みたいで、ゾクゾクするわ!」


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次回予告


(ゲーム知識が万能ではないと悟ったロザリンドが、村の惨状を前に苛立つ)

ロザリンド: 「ゲーム知識は万能じゃない!この村、どうすればいいの!?」


(クロウの工房で、聖女リアナが村の窮状を伝える)

聖女リアナ: 「村の人たちが、とても苦しんでいます…」

クロウ: 「その情報、有用だ。」


(聖王国、辺境からの報告に眉をひそめる最高司祭)

最高司祭: 「聖女の力が、穢れた村に…?」


枯れた大地に希望の光は差すのか?悪役令嬢の決意と、天才鍛冶師の知恵が、見えない糸で結ばれていく!次回、『枯れた大地に注ぐ、匿名の知恵』。

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